宮廷画家と竜舎番の奮闘:2
竜騎士団団長クロード・オスマンは王城一の堅物として名高い人物である。ロワルメル王国では珍しい黒髪に黒い瞳の彼は立っているだけで人目を惹くが、大抵の者はすぐに目を逸らし、彼の横を素通りしていく。
端的に言ってしまえばクロードという男から放たれる威圧感に凡人は耐えられないのである。もっと噛み砕いて表現すると怖い。とても怖い。
クロードはいつも眉間にしわを寄せ、唇を真一文字に結び、不機嫌そうにしている。彼の笑顔を見た者は誰もいないというのだから驚きだ。
不正の類は決して許さず清濁併せのむという芸当ができない彼は上層部からかなり煙たがられているらしい。
しかし数年前に城下町で起こった反乱を三日の内に鎮圧してしまったり、国境付近で侵入と略奪を繰り返していた蛮族を一網打尽にしたり、魔物の大群を討伐したりと彼が打ち立てた功績には目覚ましいものがある。
上層部に疎まれながらも彼は着々と出世の階段を上がっていき、ついには竜騎士団団長という地位を手に入れてしまった。
クロードの眼光は氷柱のように鋭く温度がない。彼の視線を真っ向から受け止めたジミグは「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。まさに蛇に睨まれた蛙の気分である。
しかしクロードと正面から対峙しているアプティカは臆する様子もなく、切々とヴィオレッタの件を訴えている。
「おい、おい、よそ見すんなよな」
「…………」
クロードの視線がアプティカに移る。ジミグはほっと胸を撫で下ろした。
ここは竜騎士団の訓練所である。昼食の時間になるやいなや、アプティカは矢のように竜舎を飛び出していった。ジミグは少し悩んでアプティカを追いかけた。一人で行かせるのは非常に心配だった。主に彼女が何かやらかすのではないかという点で。
朝一で先触れを出していたので二人はすんなりとクロードの執務室に通された。クロードは自分たちが入室した際に「――用件を伺おう」という一言を発したのみで、そのあとは沈黙を保っている。
「ヴィオレッタはいい竜だ。賢いしすばしっこい。小さいけど持久力もそこそこある。ヴィオレッタを乗りこなせない奴が問題なんだ。乗り手が無能なら騎竜を変えたって同じことが起きるに決まってる。一度ミューゼルって奴に会わせてくれ。話がしたい。あんたからも一言言ってやってくれないか」
アプティカが言葉を切る。沈黙が重くのしかかってきた。クロードがゆっくりと唇を開く。
「貴様の言い分はあながち間違っていない」
「じゃあっ!」
「だが本人が理解しなければ、他人がいくら諭したところで意味がない」
「それは……そうかもしれないけど」
アプティカの勢いが弱まる。ジミグはクロードとアプティカの顔を交互に見比べた。胃がきりきりと痛む。
「――役立たず、と言ったそうだ」
「……え?」
「墜落後、奴は自身の騎竜に対してひどい罵倒を浴びせたらしい。私はその場にいなかったが、一度崩れた信頼関係を元に戻せると思うか?」
ジミグはとっさに口元を押さえた。そうでもしないと言葉が口を衝いて出てしまいそうだった。ひどいのはどちらなのか、と。
竜たちはおおむね自身の主人に対して揺るぎない信頼と愛情を向けている。主人が竜舎に顔を出すとどの竜も嬉しそうに目を細めて喉を鳴らす。主人に甘えている竜は無防備でとてもかわいらしい。
ヴィオレッタを飛べなくしたのは、ミューゼルだ。ミューゼルの未熟さがこのような事態を招いた。
どちらに非があるわけでもない。強いていうならどちらにも悪いところがあり、見直すべき点がある。それなのにミューゼルは自分が悪いとは微塵も思っていないに違いない。
アプティカがわなわなと震えている。これはまずい。ジミグは一歩前に進み出た。
「不躾ながら申し上げます」
「許可する」
「ミューゼルさんが騎竜を変えたとして、戦場で戦えるようになるまでどれだけの日数が必要となるでしょう」
「……ふむ」
「調教済みの竜は全て主人が決まっています。ということはミューゼルさんは商人から買ったばかりの竜を騎竜に選ばなければなりません。しかしそういった竜はまだ人を乗せるのも難しいです。無理に騎乗しようとすれば――死亡事故が起きる可能性も。費用と日数のみを考えるとヴィオレッタを飛行できる状態に戻し、再びミューゼルさんと組ませたほうがよっぽど手っ取り早いと思うのですが」
「お前たちにそれができるとでも?」
ジミグはちらりとアプティカを一瞥した。アプティカが高速で首を縦に振る。必死な様子が微笑ましくて、ジミグは口元をゆるませた。
「そもそも、あなた方竜騎士団は彼女に対して借りがあるはず。僕たちの我がままを聞き入れてくださるなら、その借りも帳消しになるのでは?」
それが決定打だった。クロードがふんと鼻を鳴らす。
「忌々しいことだが、清々しいほどの正論だな。いいだろう。ヴィオレッタは貴様らの好きにしろ。ミューゼルには私から伝えておく。実際、短期間といえど戦力が減るのは見過ごせない事態でもある」
「ありがとうございます。行きましょう、アプティカさん」
ぽけっと突っ立っているアプティカの背中を押して退室を促す。彼女はぎこちない動作で高貴な人に対する礼をするとのろのろと歩き出した。
ジミグも部屋を出る。再度目礼をし、執務室の扉を閉める。と。
「お前、なかなかやるじゃん。おれ全然駄目だった。萎縮して言いたいことの半分も言えやしなかった」
「あの人が相手では無理がないと思いますよ。正直びっくりしてます」
ジミグの言葉に嘘はなかった。彼は本当に自身の言動に驚いていた。あの冷酷無比と謳われるクロード・オスマンに対して、あんな物言いができたなんて夢でも見ていたのではないかと疑ってしまう。
「全然怖くなかったのはアプティカさんが一緒だったからかもしれません」
「あん?」
「アプティカさんが暴れるのだけは回避しようと思って。そしたら、勝手に言葉が出てきました。アプティカさんが僕に勇気をくれたんです」
破天荒なアプティカと行動を共にしているとなんでもできるような気がしてくるのだ。
こんなクサい台詞を言ったらきっと殴られる。ジミグはぎゅっと目をつむった。しかしいつまで経っても痛みはやってこない。
「……?」
ジミグがおそるおそる目を開けると、アプティカが戸惑いの表情を浮かべてこちらを見上げていた。
「あの、さ」
「はい」
「そういうの、やめろ」
「はい?」
「なんか、むずむずする」
ジミグはあっと目を瞠った。アプティカの尖っている耳がほんのり赤く染まっている。指摘するかしまいか迷って、ジミグは沈黙を選んだ。
(僕たちは変わっていける。気が遠くなるような時間がかかっても)
彼女と出会ってから数週間が経った。アプティカのジミグへの接し方は当初よりだいぶやわらかくなっている。色々な表情を見せてくれるようにもなった。
(焦る必要はない)
アプティカが段々と心を開いてくれている。ジミグにとってとても喜ばしい出来事だった。




