海へ
「掴まってて」
自転車のペダルに足を置いて、漕ぎ始める前に秋が私に言う。
(掴まっててって…一体どこに!?)
私は、あのまま秋の家に二人きりが気まずくて「海に行く」という選択肢を選んだ。
でも、これはこれで気まずい。
後ろに乗せてもらったけれど、重くないか不安で、今すぐ降りたかった。
どこかに掴まっていないと確かに怖い。
私はバレないように、秋の背中の服をぎゅっと握った。
「ねぇっ、海ってここからどのくらいなのっ?」
風と行き交う車の騒音で消されてしまうと思って、私は声を大きめに秋に尋ねた。
「30分ぐらい」
と秋が答えた。
(さ、30分?どうしよう、絶対秋に負担だわ…ーーーー)
「降りるよ私っ」
「は?なんで?」
「だって…っ、重いし…ーーー」
後ろに乗っていたってペダルの重さぐらい、漕いでるのを見れば分かる。
「大丈夫だから乗ってろよ」
秋はそう言って、ペダルを漕ぐ。
私は、そんな秋の後ろ姿にドキンと胸が高鳴った。
「あ、遅かったなお二人さん」
海につくと、金子と柚希がニヤニヤして迎えてくれた。
「二人きりで一体何をしてたのかなー?」
(何もしてませんけどっ!?)
私はからかう金子を睨み付ける。
「なんでお前急に海なんだよ!」
秋が金子に怒ったように言う。
「だってせっかく柚希ちゃんがうちの地元に来てくれたし、見せてあげようかなってさ」
金子がそう言って、柚希に微笑むと、柚希が照れたように笑った。
「悠莉!」
秋と金子が仲良く話し出したのを少し離れたところで見ていると、柚希が私のところにやって来た。
「私、謙介くんと付き合うことになったから!」
耳元でコソッと、柚希が言う。
「えっ!?」
驚いて柚希の方を向くと、
「実はさっき告られて、チューもしちゃった!」
柚希が頬に手を当てて幸せそうに、恥ずかしいーっと言った。
(す、凄過ぎる…ーーー)
色々と先を越されて、私は呆然としてしまった。