ある夏の日の朝。
……暑い。
おぼろげながらも意識が覚醒し始めて最初に感じたことがそれだった。
季節は夏。
ぐっすり眠れた感覚はあるから今は朝なのだろうけど、すでに部屋の中はかなり暑い状態だ。
もちろん寝る前にはエアコンを付けていたが僕は一度寝ればそのままぐっすり眠れる体質なのでエアコンはタイマーで1時間で切れるようにしていた。
だから目覚めてすぐ、暑いと感じても別に不思議なことではない。
それからうっすらと目を開けてみればどういうわけか部屋は暗い。
「あれ? 思ったより早く起きたのかな?」
意外な光景にはっきりと目を開けて再度部屋を見渡すが暗いままだ。
暗いというか黒い。
壁も天井も床も全部黒くて薄水色の僕のベッドだけがその色を主張している。
朝には強いほうだけどそれでも寝起きだからかいまいち頭が回らない状況で携帯を見てみれば時間は朝7時。当然夏も真っ盛りなのですでに太陽は昇っているはずだから、部屋が暗いのはおかしい。
「雨戸は……閉めてないはずだけど」
台風が来れば雨戸は閉めるが普段は閉めない。
昨日台風が来たなんてこともないからやっぱり雨戸も閉めていないはずだった。
なのに部屋は黒い。
正直なところこの時すでに気づいていて、僕は嫌な汗が止まらなかった。
だけど必死に目を逸らしていたんだと思う。
「灯りを……灯りをつ、つけてみよう……」
必死に目を逸らして気のせいなのだと言い聞かせて僕は部屋を詳しく見るために部屋の灯りを点けるためぶら下がっている紐を引っ張った。
カッと天井の一部が白く切り取られたかのように光る。
同時に部屋の壁や天井や床が照らされ、黒く反射する。
灯りをつけても壁や床などは黒いままだった。
よく見ればその黒はどこか水に流した油のように虹色めいた光を見せる。
ざわざわ……と不快な音がする。
もぞもぞと黒い壁が動く……いや、蠢いている。
もはや目を逸らすことは許されない。
目の前の光景から、現実から逃避することはできない。
光を灯してなお、黒いその部屋を見て。
その黒い何かが蠢く様を見て尚、逃避することなど不可能だった。
それは多くの日本人が恐れる存在。
「うっ……」
影から影へ、素早く動き時に姿を現して見た人に恐怖を植え付ける。
「うわっ……」
一匹見つけたら三十匹と言われる通称G。
「あぁああぁあああああぁあああああああああああああァアアアアアァ――――!?!?!?」
黒い悪魔が部屋の壁や天井や床を埋め尽くす程の数でそこに存在していたのだ。
これに僕は叫ばずにはいられなかった。
だけどそれがまずかったのか。
蠢くそれは一瞬ぴたりと動きを止めやがて……その背の翼を解放した。
「――――あああああああああああああああああああ!!??」
慌てて跳ね起きる。
息を荒げ、大量の汗を流しながら周囲を見渡して何の変哲もない普通の自分の部屋を見てホッと息を吐く。
「はあぁ……最悪な夢だ……」
先ほど見ていたのが夢だと気づき安心するが、同時になんてひどい夢を見たのかと嘆く。
もちろんアレが現実でなくて本当によかった。
けどあんなモノ夢でも見たくないというのが普通だろう。
ふと時計を見れば朝の8時。
今日は休みだから特に問題もない。
まあ今日はこのまま起きて遊ぶとしよう。
「……とりあえず着替えて、何か飲もう」
寝間着は汗でびっしょりだし、ひどく喉が渇いている。
とりあえずちゃちゃっと着替えて僕は飲み物を求めて部屋から出ようとする。
「っ!」
その瞬間視界の隅にカサカサっと動く影を見たような気がして慌てて振り返る。
だが、そこには何の異常も見られない僕の部屋があるだけだった。
「気のせい……か。そうだよな……そうに決まってる」
今度こそ僕は部屋から出ていった。
その姿を部屋の中から見られているとも知らずに。