第4章 1mと高等学校③
メアドを無事交換し終えた俺達は、学校前の緩やかな坂を下っていた。
工口の機嫌もいつの間にか回復してるし。
「あーあ。春だなー、紅空」
「そうだな」
因みに、『俺達』と言うのは俺と工口の二人だ。
鈴梨は新しく出来た友達とカラオケだそうだ。友達出来るの早すぎだろ。
「彼女が欲しいぜこの野郎ッ!」
そして、工口は全くの完全に脈絡も無く、唐突に、天に叫んだ。
「誰に言ってんだお前は」
神にでも言っているのか?
「お前もそう思うだろう?」
何故か(無駄に)良い顔で言われた。
「別に」
欲しくない訳ではないが、天に向かって叫ぶ程では無いな。
「やっぱりお前……、」
ん?
「三次元に、興味無いのか?」
「馬鹿言うな」
何が『やっぱり』なんだ。お前じゃあるまいし。
「……あぁ。そういやぁお前、前に『許婚が居る』って言ってたっけ?」
「……」
百パーセントの間違いでは無い。九十九パーセント位の間違いだ。
工口の言う事なのに、一パーセントは当たっていると言う奇跡。イッツミラクル。
「許婚じゃねぇよ」
コイツと鈴梨にだけは話している、俺の昔話。
小学四年生の頃、一人のクラスメイトの転校の前に告白し、また会おう、ってなった。
ただ、それだけの話だ。
「もう向こうも、俺の事なんか忘れているんだろうなー」
俺は学ランの前のボタンを上から二つ開け、その隙間から一つの指輪を取り出した。
真紅よりも紅い色をした、透明感のある指輪を。
指輪は、昼の日差しを受けて眩く光っていた。
「これって、やっぱ見つかったらマズいんだろうか、工口?」
指輪なんて物は、学校に持っていっているのがバレたら没収されても文句は言えない。
仮にも不要物だしな。
「かもなー」
だから俺は指輪に紐を通して、ペンダントとしていつも首にかけている。
指輪本体は学ランの中に隠れる様に。
「指輪を指輪として使えない、って言うのはちょっとなー」
「だからそんなセコい隠し方をしてるのか?」
「セコいとか言うな」
これを俺に渡した奴の台詞の通り、『お守り代わり』だ。
「綺麗な指輪だよなー。婚約指輪か?」
「そんな訳無いだろ。第一、小学生が婚約指輪なんて持ってないだろうし」
俺は学ランの中に指輪を戻しながら答えた。
少し見たかっただけだから、すぐに仕舞っても問題は無い。
「まぁ、小学生は婚約指輪じゃない指輪も持っていないんだがな」
「……そうだな」
本当にその通りだ。工口の言った事なのに。イッツミラク以下略。
「なんか俺に失礼な事、思ってなかったか?」
「気のせいだ」
これはもしかして母親の形見とかなのだろうか。
いや、違うか。アイツはコレを『二個』持っていた。
「お前の『気のせいだ』はアテにならねぇんだよなー」
この仮説を成立させるには父親も死んでいないといけない。
でも、アイツの転校の理由は父親の転勤。仮説不成立。
QED。証明完了。『QED』って何の略だっけ?
「にしても、良いなー。許婚。まるでギャルゲの世界だぜ!」
指輪の出所を考察中の俺を完全に無視して、工口はこう言った。
気楽だな。お前。
「許婚じゃ無い、って、少し前に言わなかったか?」
五分も経ってないだろ。
「いやいや。そういう約束はギャルゲーでは許婚として扱うんですよ」
「知るか」
やった事無ぇよギャルゲーなんて。やろうと思った事は何回かあるがな。
「……確かソイツ、親の仕事の都合で海外に行ってんだっけ?」
「急に話変えてきたな」
今も居れば、だが。
「そんな場合、二人は高校で運命の再会をする。……って、相場が決まっているんだよ」
「二次元ではな」
本当にそうだったら、良いんだが、ココは三次元だ。
しかも俺は主人公じゃない。
「ま、せいぜい頑張って、そのフラグへし折りやがれ」
「……へ?」
今、何か変なワードが聞こえて来た様な気がした。
「そんなギャルゲーみたいな展開が三次元で待っているお前はリア充だッ!」
憎しみが篭った声を放つ工口。
「お前は俺の敵だ! 消えろモテ男! 俺は一生、二次元を嫁にして生きてやんよォ!」
突然変な事を叫んだ工口は、その勢いのままどこかへ走り去った。
家の方向違うだろ。百八十度も違うだろ。
「……よくも真昼間から変な事叫べるな……」
夜なら良い、って訳でも無いが。
「に、しても。……許婚、かぁ」
俺と彼女は、そんな羨ましい関係じゃない。
多分。
『どうせもう会わないのだから断っても断らなくても同じ。なら、傷付ける必要が無い』
とかなんとか思ったのだろう。
で、俺を傷付けない為に『OK』に聞こえる返事をした、と考えるのが妥当だろう。
ナイス妥当。何だよ『ナイス妥当』って。
「……ん?」
いや、待てよ?
「じゃあ、コレは何なんだ?」
俺は、さっき学ランの中に戻したばかりの指輪を再び取り出しながら呟いた。
今はペンダントみたいにしているが、コレは指輪。
本来、嫌いな人に渡す物では無い。
「見るからに高級品だよなぁ、コレ」
変に装飾をせず、誤魔化さず、素材の美しさを際立たせる様なデザインの、紅蓮色をした指輪。俺が歩く度に、胸の前でその指輪が踊る。
「コレに、何の意味が……?」
主人公に憧れていると、何となくこういうアイテムには秘密がある様に思えてしまう。
「バトル展開とか、あったら面白そうだけどなー」
「さっきから何ブツブツ呟いているの?」
そんな時。唐突に後ろから、透き通った氷の様な声が響いた。
「蓮宮……、さん?」
振り返ると、そこには蓮宮さんが居た。
「ッ!」
二人の目が合ったかと思った次の瞬間、蓮宮さんは俺の胸に目線を移した。
「?」
そしてその次の瞬間には、一瞬、その綺麗な顔を驚いた様な表情に変えた。
「……どうか、しま、したか?」
何で俺、敬語なんだろう。
「あんた、紅空翔……、よね?」
あれ? 俺、蓮宮さんに名前知られていたんだ。なんか嬉しい。
有名人に名前を知られている、って言うのは、結構な名誉だろ。多分。
「は、はい」
だから、なんで俺、敬語なの?
そりゃあ、目上の人に敬語を使うのは当たり前だが、だからって何かおかしいだろ。
「……何で、こんな時に……」
「へ?」
蓮宮さんは表情を悔しそうに歪めた。どういう意味だ?
って言うか『へ?』って何だよ。何語だよ『へ?』とか。日本語だけど。
そんな敬語は世界の何処をにも無いよ。『へ?』なんて敬語。多分。
「それ」
と、蓮宮さんは、俺の胸の前にある指輪を指差しながら言った。
「それ、絶対に無くさないでね」
と。今の台詞は『忠告』と言う意味以外に捉えられないと思う。
「……なんで、蓮宮さんが、これの心配を?」
もしかして、この指輪は高級品なのだろうか。
「蓮宮で良い。……近い内、貴方はソレを誰かに奪われる」
「……何で、ですか?」
俺達は歩きながら話していた。いや、『話』と呼べる程成立しているかは知らないが。
「「……」」
って言うか、さりげなく俺は呼び捨て許可されてないか?
それって、もの凄くラッキーな事なんじゃないか?
俺がこの先どれ位生きるかは知らないが、そんなに長くは無いだろう俺の人生で使うはずの運を、たった今、全て使い切った気がした。
まぁ、呼び捨てなんてする訳無いが。
「……敬語もやめてくれない?」
「え」
畏れ多くてそんな事出来ない。
もしうっかり馴れ馴れしくした暁には、俺は夜道を歩けなくなる。歩いたら殺される。
絶対、と言っても良い。俺は誰かに殺される。断言出来る。
「まぁ良いや。……それ、もの凄く価値のある物だから」
「……は、はぁ」
なんで、一目見ただけで分かるんだろう。
って言うか、やっぱりコレ、高級品なんだ。
「……幾ら位で売れるんだろう」
俺は小声で呟いた。いや、売らないけど。
「……なんか言った?」
「何でも無いです」
「そう」
俺にとってこれは、六年前と今を繋ぐたった一つのアイテム。手放す訳にはいかない。
……って言うと、なんか、今の一行が主人公の誓いの台詞に聞こえる。不思議。
「約束は守りなさいよ」
「約、束?」
俺と蓮宮さんの間の、約束?
そんな物あったっけ?
「そう、約束」
今日、って言うか、今始めて会話したのに、約束?
「あ」
今の指輪を失くすな、って言うのが約束か。確かに今のは『約束』と言えなくも無い。
「それじゃ、気をつけてね」
そう告げて、蓮宮さんは早足で去った。
あっさりと、俺の疑問は解決しないまま。
「何なんだ……?」
どこかでフラグ立て、失敗したかな……。
「『どこか』ってどこだよ……」
フラグがどうこうなんて事より、一つ、どうしても気になる事がある。
「なんで俺の名前、知ってたんだろう……?」
俺は自分自身を振り返ってみた。
入学式の日の放課後にやる事では無い気もするが、まぁ、それはどうでも良い。
Q1、過去に何か事件を起こしたか?
「前科なんて無い、よなぁ……?」
多分無い。警察の人とは話した事も無いし。
Q2、頭は良いか?
「中の上、とでも言うべきレベルなんじゃ無いか……?」
これって、自分を上に見すぎだろうか。ま、良いか。
Q3、顔は良いか?
「むしろ悪い、よなぁ……」
今まで一度も告白された試しが無い。
Q4、『事件』と言う程でも無い何かを過去に起こしたか?
「無いんじゃないか? ……まだ一日目だけど」
強いて言うなら、さっきの工口の
『目指せモテ男! 俺の未来は明るいぜェ!』
宣言の時に俺が近くに居た事。
Q5、欠点は?
「独り言が多いのは欠点、だよな」
さっきから独り言言いまくってる気がするが、まぁ、気のせいだろう。
Q6、自分にチャームポイント(?)はあるか?
「眼鏡かな。眼鏡」
深夜アニメを暗い部屋で見続けたら視力が下がりまくった。そのせいで俺は常に眼鏡。
コンタクトレンズは嫌だ。目に異物を入れるとか怖い。今の僕には理解出来ない。
「……さて、と」
以上の考察を元にした結論。
「俺、何で有名人に知られてるんだ……?」
結論が出ない、と言う結論が出た。
自分でも何言ってるか全く分からない。
指輪を学ランの中に戻す時も考えたが、全く思いつかない。
しかも、気付いたらもう自宅の前まで来ていた。
「考察、後回しで良っか」
そう言えば、『今日やらない人は明日もやらない』って、昔、親が言っていた。
そんなの俺の知った事じゃない。
「ま、なんとかなるだろうしな」
俺は自宅を見上げた。
二階建ての一軒家、それが俺の自宅だ。『俺の自宅』って、日本語おかしくないか?
日本人なのにな。学生なのにな。もっと勉強するか。うん嫌だ。
「ま、下に下が居る、ってね」
俺は鍵穴に鍵を挿し、九十度右に回した。
そして、家に入って鍵を閉めて手を洗ってうがいして着替えて飯を食べてゲームして飯を食ってゲームして風呂に入って寝た。
今の一文の中で何一つ嘘を言ってないのだから困る。
「入学式の日の夜とか、もう少しイベントがある物じゃないか?」
物語の導入部分、と言う見方から見れば、『入学式』と言うのはかなりポピュラーだ。
幾らココが三次元とは言え、何かしらのイベントはあるべきだと思う。
「つまんねーなー……」
とかなんとか考えていたら、俺はいつの間にか夢の世界にダイブしていた訳だが。