第3章 1mと高等学校②
数週間後に行われる予定の席替えまでは、出席番号順の座席で授業を受けるらしい。
この教室には縦六列、横六列の計三十六個机がある。
一番廊下側の列に前から出席番号六までが座り、次の列には前から十二までが座る。
と言った具合に座っていくと、一番窓に近い列には三十一番から三十六番が座る。
俺は出席番号が九だから、廊下側から二列目、前から三番目の席に座る事になる。
授業中に別の事をするなら、悪く無い位置だと思う。
因みに、工口は俺の前。鈴梨は俺の左斜め前だ。
「それでハー、皆さんニー、自己紹介をしてもらいまース!」
と、一年A組担任の外国人風教師(男。身長約百八十センチ)が高らかに宣言した。
言っている内容はありがちだが、口調はありがちじゃない。
あのカタコトって地なのか? それとも演技なのか?
……冷静に考えたら、自己紹介って入学式の日にはあまりやらないだろ。
どっちもありがちじゃあ無いな。
「それでハ、出席番号一番のユーから自己紹介をして下さーイ!」
「へ? は、はい!」
その言葉に驚愕した出席番号一番の女子が椅子を倒しながら立ち上がった。
そりゃ驚くよね。あんなのにいきなり呼ばれたら。
頑張れ、一番さん。
一番さん(朝菱梓と言う名前だと言う事がついさっき分かった)と二番から七番の自己紹介も終わった。次は工口の番で、その次が俺の番だ。
「それでハー、次ノ……えーっト、、エロ尋君、どうゾー!」
「「「あ」」」
俺、鈴梨、工口が同時に声を漏らした
今、『くぐち』じゃなくて『えろ』って言いませんでした?
「……………………………………………………………………………………………………」
「あーあ……」
「やっちゃったな、先生」
順番に工口、鈴梨、俺の台詞だ。
一つ目を『台詞』とカウントして良いかは知らないが。
工口涙目だし、皆笑っちゃってるし。
「メンタル面が弱すぎるな。工口」
その程度の事で泣くとは。お前もまだまだ甘いな。
……何が甘いんだろう。自分でもよく分からない。
「えっと……、『えろ』じゃなくて、『くぐち』です。工口尋です。工口尋……」
そこで一回、深呼吸してから。
「工口尋を宜しくお願いしますっ!」
と高らかに叫んだ。で、勢い良く着席。腕を枕にして寝た。っつーか、泣いた。
声はしないから寝ただけかもしれないが。
「そんな選挙みたいな言い方しなくても良いだろ」
俺は冷めた目でツッコミを入れていた。
鈴梨がメモ帳を開いて何かを書いていた。
「えート、でハ、次ノ……、紅空翔君、お願いしまース!」
俺の番が来た。
「面倒臭ぇ」
俺は小声で呟きながら立ち上がり、自己紹介を始めた。
「……一年間宜しくお願いします」
俺の番は、そんな無難な結び文句で終わった。ここでは詳しい内容を省略する。
何にも面白くないし、なんか恥ずかしいし。
またしても深い意味は無い。そして周りからの拍手。
こういう拍手って、全然心が篭っていない気がして嫌なんだよなぁ。
ま、そんなこんなで全員分の自己紹介タイムが無事終了した。
いや、詳しく言い直した方が彼の身の為かもしれない。
正しくは『全員分の自己紹介タイムが(工口の件以外は)無事終了した』。
勿論、『彼』って言うのは工口の事だ。
あと、皆が先生のテンションに引いていた。
その後、事務連絡だけをして今日の所は解散になった。
放課後、新入生達が教室や廊下でメアド交換とかをしていた。
一体、君達はそのケータイに幾つ使わないアドレスを登録すれば気が済むの?
「……翔。なんか今、お前のダークな考えが聞こえた気がしたんだが」
と、さっきのショックを未だに引き摺っている工口が俺に話しかけてきた。
「気のせいだ。……うるさい人間の近くなんて、居るだけで疲れる。さっさと帰ろうぜ」
と、力無く提案してみる。事実、早く帰りたいし。
「そうだなー」
と、二人して昇降口へ向かおうとしたその時。
「おーい、紅空ー」
「………………紅空」
と、背中の方から爽やかそうな声と平坦な声が一つずつ聞こえてきた。
「誰だ?」
俺は小声で工口に聞いてみる。後ろの二人にバレない様に、だ。
名前を覚えて無い、なんて、なんか失礼だからな。
まぁ初日なんだし、覚えてないのが普通かもしれないが。一応、ね。
「この声からして、光野千春さんと白天寺昇華さんだな……、ぁ」
何で声だけで分かるんだよ。しかも即答で。あと、『……、ぁ』って何だよ。
とか思いつつ振り返ってみたら、そこには工口の言った二人が居た。
光野千春は、栗色の髪を短めのポニーテールにした活発そうな人。
平地(何が、とは言わない)を持つ初対面の少女。
自己紹介は聞いてなかったしな。
白天寺昇華は、肩の下までの髪と感情を読み取り辛い目が特徴的な人。
少し大きめな何か(何が、とは言わない)を持つ同じ中学出身の少女。
話した事はあまり無い。
「え、えっと……、何?」
話しかけられる理由がさっぱり分からない。
色々と有り得そうな理由を考えていたら、横で工口が。
「女子二人に話しかけられる羨ま……、消えれば良いのに」
とか呟いていた。
さっきの『……、ぁ』はそういう事か。
俺に名前を教えてくれたが、冷静に考えたら俺がモテてる様に見えた、と。
その程度ではモテとか言わないだろ。
少し話しただけで恋愛沙汰にされてたまるか。
まぁ、良いか。聞こえなかった事にしよう。俺がモテるとか有り得ないからな。
「………………千春」
「え? あ、あぁ」
と、白天寺が光野に何かを話しかけた。
「何の打ち合わせだ?」
「……紅空がモテるなんて有り得ない有り得てたまるかこの……」
「ちょっと黙ってろ工口」
「……悪い。昇華って、ちょっと無口でさ」
まぁ、知ってるが。中学の時はクラスも三年間同じだったし。
話した事は殆ど無いが、それ位は分かる。
「今アタシ達、クラス全員分のメアド集めてんだよ」
へぇ。
「ってワケで、メアドよこせ」
「何が『ってワケで』なんだ?」
脈絡がある様で無い気がする。って言うか無い。
ま、(どうでも)良いか。
高校生活初日に女子のメアドを二つもゲット出来る。断る理由は無いな。
「ああ、そういう事か。分かった」
と、俺が答えた瞬間、横で工口が、
「爆発しろ爆発して爆発しなよ爆発して下さいお願いします」
と呟いていた。きっと幻聴だ。俺の気のせいだ。そう思っておこう。
ピッ。
二人のメアド、無事ゲット。赤外線通信って便利だよね。
「………………どうも」
と、いつも通りな白天寺。
「ま、サンキューな。後で迷惑メールでも送っておくよ」
と、なんか笑えない冗談を言っている光野。
「笑えない冗談だな」
「冗談? ……あ、あぁ、そうだな」
「……」
冗談……だよ、ね?
「で、えっと、……エロだっけ?」
今、『えぐち』の事、『えろ』って言いましたよね、光野。
工口にとっては本日二回目の誤読かよ。
って言うか、なんか話し逸らされなかったか? 俺。
「……………………………………………………………………………………………………」
……ほら。またもや工口が震えてるぞ。
「あんたのメアドも、くれない?」
工口は泣いた。
メアドを聞かれた感動だろうか。それとも、嫌なあだ名で呼ばれた悲しみだろうか。
「ま、どーでも良いか」
馬鹿は馬鹿なりに馬鹿やるだろう。この文章何語だろう?
「………………ねぇ、紅空? 工口、なんで泣いてるの?」
「さあ? 馬鹿だからじゃないか?」
「………………実も蓋も無いわね」
「そうか?」
「……少しは俺を気遣えよ……」
無視無視。