第22章 1mと『主人公』①
もし。
もしも、だ。
俺が高校に入学してから今に至るまでが、二次元の物語だとしたら。
そして、俺がその物語の主人公だったら。
戦闘シーンの後には後日談、と言うか、エピローグがあるはずだ。
だが、そんな都合良く話が進まない。
それこそが、ここ。三次元だ。
彩季と色々あってから、数時間が経過した頃。
「はぁ」
俺は溜息を吐いた。
場所は自室の勉強机の前。
時間は午後十時二十九分。
「主人公、かぁ」
先程の戦闘(?)で。
俺は、目の前で傷付く人を守る事が出来なかった。
俺が目指していた存在は、誰かを守る事が出来る存在。
あんな風に、目の前で誰かを傷付けさせない。
あんな風に、無様に気絶したりもしない。
あんな風に、無様に誰かに助けられたりもしない。
今まで、主人公が憧れだ、とか云々言っていたが、俺にそんな資格は無かった。
俺は、そんな立派な存在になれる程、人間が出来ていなかった。
実際、その憧れに近付く為の努力なんて、してこなかった。
それなのに、『誰かを守りたい』だなんて、虫が良いにも程がある。
力無き正義はただの愚か者。
昔、何処かでこんな台詞を聞いた事があるような気がする。
何処で聞いたか、なんて事は全く覚えていない。が、言っている事は確かだと思う。
有言不実行に勝る愚かな行為など、俺の知る中には存在しない。
「俺、本当に、馬鹿だな……」
俺は自分を罵倒した。
翌日、朝。
高校に入ってから何度目か数えるのも面倒になってきた月曜日。
教室には白天寺も居た。
あのストールのお陰だろうか。でも、今は、そんな事すらどうでも良い。
俺の力不足のせいで、一度は白天寺は傷付いた。
幾ら傷が治っても、その事実は変わらない。
「ねぇー紅空、何でそんなに暗い顔してるのー?」
と、後方から朝菱が声をかけてきても、ロクにそちらも見ずに俺は答えていた。
「……色々あったんだよ」
「え、何々? もしかして、フラれた?」
「……」
どこをどう斜め読みすれば、そう言う結論になるのだろう。
人が夢を失って悩んでいると言うのに、この暴食女は……。反論するのも面倒臭い。
「紅空って、結構モテそうに見えるんだけどねー♪ 誰にフラれたのー♪ 私で良かったら相談に乗るけどー? 全く力になれないけどねー♪」
俺の心の中を全く考慮せず、朝菱は話を進めていた。
何で俺がフラれた前提で話が進んでいくんだ。
確かに、俺が蓮宮に好かれている、なんて事は全く絶対に完璧に有り得ない事だが、まだ告白もしていないしこの先する気も無いんだ。人を失恋者みたいに言うな。縁起悪い。
「誰だろー……、ちょっと待ってて。考えるから」
そう言い、朝菱は何処かを向き(その『何処か』が何処なのか、俺でも詳しく描写出来ない。強いて言うなら明後日の方向)、考察を始めた。
「人の話、ちゃんと聞けよ」
将来困るだろ、その人の話を聞かない所。
俺は今、あまり良い精神衛生をしていない。
要するに、ご機嫌斜めな訳だ。
あまり男子に使いたい表現では無いな、『ご機嫌斜め』って。
可愛らしさが欠片も無い。
「やっぱり、沙耶ちゃんとかー?」
「ぶッ」
まさかのダウト。
夢を失った人間に、なんたる攻撃だ。全く。
「……その反応、もしかして、当たりなの?」
「まさか、俺が蓮宮さんを好きになるなんて。……そんな資格、ある訳無いじゃないか」
俺みたいな駄目人間が、蓮宮さんみたいな美しい人を好きになるなんて。
それはもはや七つの大罪の内のどれかにカウントする事が出来そうなレベルだ。
具体的に言うとグリード。日本語に直すと強欲。
違うかもしれないけど、とりあえずそれで。
「……どうしたの? なんか今日、発言内容がネガティブだけど、大丈夫?」
なんか、駄目な人を見る様な目で見られた。
「全然大丈夫じゃないな」
自分の信じてきた物が失われた、と言うか、夢が失われた、と言うか。
喪失感が酷い、とでも言えば良いのだろうか。
「そんなに、沙耶ちゃんにフラれたのがショックだったの?」
「だから、フラれて無いって。あと、俺がいつ蓮宮さんの事を好きだって言ったんだよ」
「じゃあ誰だろ……、昇華ちゃん」
「……………………………………………………………………………………………………」
「何故無言っ!」
白天寺は今、『いつも通り』、自席に座って本を読んでいる。
わざわざ括弧で括ったのには意味がある。
俺はこれから、どんな顔で白天寺に会えば良いんだ。
「……いや、ちょっと、さ。白天寺には顔向け出来ない様な事が色々あってな」
あれ。今考える事では無い気がするけど。
白天寺、彩季と同じ組織に居たんだよな?
だったら白天寺も、何かしらの変な道具を持ってんのか?
あ、そう言えば昨日、彩季がピックがどうとか言っていた気がする。
まぁ、じゃ無かったら、道具使用状態の彩季を相手になんて出来ないよな。
「……どんな酷いフラれ方したの?」
何でそんなに恋愛方面に持っていこうとするんだ? コイツは。
「……まぁ、俺が白天寺に嫌われている事は確かなんだけどなー……」
とりあえず今度、白天寺に聞いてみるか。
いやでも、だから、どんな顔で聞けば良いんだよ俺は。
顔向け出来ない、って、さっき言ったばっかりだろ。
「はぁ」
さて、どうするか。
オーディションの件だってまだ決着が付いていない。
って言うか、まだこのクラスで一年近く過ごすんだ。
二年生になったって、またクラスが同じになるかもしれない。
運によっては、三年生になったってクラスは同じになる。
……何で俺、告白して失恋した後の男みたいな思考に至っているんだろう。
「告白、か」
今まで、俺の告白が成功した事なんて一回も無かった。
あまり良い思い出の無い単語だな。『告白』。
告発ならまだ良いイメージもあるんだがな。一文字違うと意味も大違い。
「え? やっぱろ告白なの? なのなの?」
なんか、すっごい笑顔で聞いてきた。
今までで一番の笑顔な気がする。
しかも、すっごい早口。『やっぱろ』って何だよ。『やっぱろ』って。
「いや、そう言う意味で言ったのでは無く」
「言い訳は良くないよー♪」
「だから言い訳じゃなくて。……、俺、根っからの超駄目人間だなー、って話だ」
「どうしてそこまで?」
「……今までモテた事なんて一度も無いし、告白が成功した事なんて一度も無いし。いや、モテた事が無いから駄目人間なんじゃなくて、こう、なんて言うか。俺、人の事まで考えるの、苦手なんだよ」
自分の事すらまともに守れないのに、他人を守る事なんて出来る訳が無い。
「あ」
今、やっと気付いた。
「?」
そう言う事か。
「何が『あ』なの?」
俺は、自分を守る強さも無い癖に、他人を守る事ばかり考えていた。
「ありがとう朝菱!」
俺は朝菱への感謝を素直に口にした。
「ふぇ!」
気付いたら、俺の両手は朝菱の両手を包んでいた。
がっしりと。強く。
「……ごめん」
こんな男にいきなり手を捕まれるとか、不潔以外の何物でも無いよな。
朝菱は早く手を洗いに行った方が良いのでは?
「べべべべ別に、い、良い、けど」
「……ま、とに「きーんこーんかーんこーん」る!」
俺の台詞のほぼ全てがチャイムに掻き消された。具体的にどの位掻き消されたかと言うと、『かく、この礼はいつか必ずす』の部分が掻き消された。
「じゃ、じゃじゃ、じゃあね……」
何故か真っ赤な顔のまま、朝菱は自席に戻った。
三十秒後には担任が教室に入ってきて、HRが始まった。




