第18章 1mと1m②
目を開けた。
目の前には蓮宮さんの顔があった。
「目、覚めた?」
俺は自分の後頭部に、謎の柔らかく暖かい物体の存在を感じた。
「あれ……?」
辺りを見回すと、うつ伏せで倒れている白天寺と、目を見開かせる彩季が見えた。
「夢、か……?」
何故だろう。俺は今、俗に言う『膝枕』とやらをされている気がする。
「まだ覚めて無いみたいね。……いや、頭もやられたのかしら」
俺の発言に反応した蓮宮さんが、俺に不審の眼差しを向けた。
臨死体験なんてした事無いから詳しい事は分からない。
が、さっきの意識の落ち方は明らかに『死』だった。多分だけど。
「確かに、まだ、頭は、重い、ですけど」
あの痛みが、『永遠の』が頭に付かない『眠り』なんて有り得ないだろう。
なのに今、俺の体の痛みはある程度薄らいでいる。
あくまで、『ある程度』だが。
「やっぱりあれだけ重症だと、すぐには治らないのかしら」
体を動かすとまだ痛みはあるが、全く動けない、と言うレベルでも無い。
空は夕焼けのままだ。つまり、俺の気絶から、時間もそれほど経っていないのだろう。
「すぐに、って、あれ、入院レベル、だったで、しょう」
こんな事、三次元である訳が無い。
さっきの痛みがこんなすぐに消える訳が無いし。
「ま、これが終わったら、一応病院行った方が良いかもね」
なるほど。これは死ぬ寸前に脳が見せてくれた幻想、って事か。
あの痛みは、そんな、軽い咳と同じレベルに見て良い物では無い、はずだからな。
仮に、今の俺が見ているコレが幻想だとして。
視界の隅で白天寺の倒れている姿を見なきゃいけない幻想なんて、俺は要らない。
例え、目の前で蓮宮さんが俺の事を変な人を見る様な目で見ていて。
そのお陰で少し興奮する様な幻想でも、俺はそんなの、要らないとは言い切れない。
むしろ見ていたい。
あれ? 何か日本語おかしくなってない? 要るのか要らないのかハッキリしろよ俺。
「……けど……」
こんな素晴らしいシチュエーション、幻想じゃなくて現実でお願いしたい。
「?」
だったら、まずは、死の淵から復活して、彩季を倒さないといけない。
死の淵を彷徨ったお陰で手に入れた力で彩季を倒す、とかだと、実に主人公っぽいな。
そして皆救われてハッピーエンド。
チープな展開だが、それが一番だろ? 誰に聴いているかは知らない。
「すいません、蓮宮、さん」
その為に。まずは、復活しないとな!
「え?」
俺は、俺自身の意思で、この素晴らしい幻想に別れを告げる。
「俺、ちょっと生き返ってきます!」
また、幻想の中でも何処でも良いから、睨んでくれると嬉しいです!
「は? 何言ってるの?」
念の為。別に俺、罵倒されて喜ぶタイプの人間じゃ無いからな?
「死んでもいないのに」
「え?」
あ、俺、幻想の中じゃ死んでない設定なのか。
「色々な意味で、大丈夫?」
今の俺の発言のせいで、蓮宮さんのジト目が破壊力を増した。
その視線は俺にとって嬉しい様な嬉しい様な。何だよ『嬉しい』しか無いじゃないか。
「一発叩けば、目、覚めるかしら」
「?」
普通、俺が生き返る決意をしたら実際に生き返るんじゃないの? 展開的に。
「それは、どう言う意味で?」
「えい」
「ぐほっ!」
目の前の蓮宮さんに思いっきりビンタされた。
体が少し喜んでいる気がするのは気のせいだと信じたい。
やめろ。俺を工口と一緒にするな!
「……あれ?」
よく、夢の中では痛みを感じない、って言うよな?
俺はその説を信じない性分なのだが、今の衝撃はリアル過ぎた。
「これで駄目なら放置しか無いわね」
リアル、って、漢字で書いたら『現実』だよな?
「あれ?」
現実? 今、俺、現実、って言った? いや、口にしてはいないけど。
「って事は、まさか……」
さっきから続いている幻想が……。
「夢、じゃない?」
「……やっと目が覚めたみたいね」
瞬きをしてみた。
目の前には、やはり、と言うべきか、蓮宮さんが居た。
「あの、俺、死んだんじゃ……?」
俺は起き上がりながら言った。
さっきのが幻想じゃないとしたら、今俺が生きている事が有り得ないだろ。
やっぱり死んでるのか?
ここは天国、英語で言うとヘブンなのか?
「信じるかどうかは別とするけど、肩を見なさい」
「肩?」
言われた通りに、俺は目線をずらして肩を見た。
「ん?」
そこにあったのは、一枚(単位が合っているか俺は知らない)のストールだった。
春の新芽の様な色をしたストールが、俺の肩にかけられていた。
「さっき会った人から有り難く頂戴した物なんだけどね」
蓮宮さんは、今の部分だけは、彩季に目線を向けて言った。
まるで、今の発言が彩季に対する皮肉だったかの様に。
「簡単に言うと、肩にかけるだけで傷の治りが早くなる、って代物なのよ、それ」
「傷の治りが、早くなる……?」
何だそのRPGの装備アイテムにありそうなストール。
って言うか、蓮宮さんって、電波系だったのか。知らなかった。
「あ」
だからさっき、蓮宮さんは、
『信じるかどうかは別とするけど』
とか言ってたのか。
って、あの一撃をこんな短時間で治すとか、どんなストールだよ。
「嘘、でしょ? 何で、何でココに蓮宮が居るのよ……?」
彩季の震えた声が耳に入ってきた。
「……蓮宮さん。このストールの効力を仮に信じるとして、これ、俺以外も使えますか」
俺の体はある程度回復した、っぽい。
だったら、今は白天寺の体を優先させるべきだ。
俺の気絶中に何があったか分からないが、横目で見るだけでも分かる事がある。
今の白天寺の体が決して無事では無い、と言う事が。
「……自分の体より、白天寺さんの体を優先するの?」
俺の言った事が信じられない、とでも言いたげな目だった。
「はい。……俺が目標とする人達は、きっと、そうするはずですから」
俺の目標とする人達。
色々な漫画、小説、アニメに出てくる主人公達は、自分よりも他人を優先させる。
「そう」
それでも生き残り、大切な人の生命を守り、物語をハッピーエンドで締めくくる。
「……だったら一つ、彩季を倒す為のアドバイス、ね」
蓮宮さんは、俺に巻いていたストールを白天寺に巻き直してから、そう言った。
「あどばいす?」
あどばいす、って、アドバイスだろうか。
「今、指輪、持ってる?」
「指輪?」
蓮宮さんが言う指輪って、俺がいつも持ち歩いている、あの指輪の事か?
なんで蓮宮さんが俺の指輪の事を知ってるんだ?
「「……?」」
俺が『なんで俺の指輪の事知ってるの?』と言う意味の無言を作った。
蓮宮さんが『なんでずっと黙ってるの?』と言う意味の無言を作った。
「あ」
そう言えば、入学式の日の帰り道、蓮宮さんに指輪を見られてた様な気がする。
「え、えーっと、一応、ありますけど」
俺は首からぶら下げていた指輪を見せた。
「あ、そこにあったのね。……それを左手の薬指に」
「は、はい」
俺は紐を解き、指輪を左手薬指に装着(?)した。
「……で、次はどうすれば?」
「ま、それは戦いながら知る方が面白いでしょ?」
しれっと、当たり前の事の様に、蓮宮さんはそう言った。
「そんな事言ってる場合じゃないですよ!」
確かにそう言う展開は俺好みなんだけど、蓮宮さんってこんなタイプの人間なのか。
……なんか、凄く似ている人に、俺は、昔、遠い昔に、会った事がある様な……。
「そう? ま、全部教えたら面白くないし、二つ、ヒントね」
俺が台詞を挟む間も無く、蓮宮さんはその『ヒント』とやらをくれた。
「一つ目。相手の攻撃をちゃんと見て」
「は、はい」
まぁ、見ないで戦うなんて器用な事、俺には出来ないが。
「二つ目。相手の攻撃を避けようとして」
「……え?」
避けろ、じゃなくて、避け『ようとして』なのか?
「じゃ、私はストールの持ち主にもう一回会わなきゃいけないから、ね」
ストール。恐らく、今は白天寺が使っているストール。
「以上。健闘を祈る!」
そう言い、蓮宮さんは白天寺を背負い、何処かへ走り去った。
人一人背負っているのに、無茶苦茶速かった。
「健闘、ねぇ」
そもそも、俺はどうすれば『勝ち』なんだ?
ゲームみたいにHPゲージがある訳でも無い。
殺すなんて論外だ。出来れば殴るのも遠慮したい。
ま、なる様になるか。知らないが。
「おい、彩季!」
震える声を抑え、俺は叫んだ。
「白天寺の借りを返す!」
俺の声で彩季は正気を取り戻した。
「……何? 紅空クン改め負け犬クン」
何だか不名誉なあだ名を付けられている俺だった。
「不意打ちしない根性は褒めてあげたいんだけどね。それはタダの馬鹿だよ」
「しまった!」
その手があったか!
「……早くアンタを倒してあの二人を……、」
何か格好良い台詞を言いかけた彩季は、突然硬直した。
「え? 続きは?」
具体的には、俺の左手の辺りを見て硬直している。
「アンタ、わざわざ蓮宮に、指輪、借りたの?」
途切れ途切れになりながら、彩季は言葉を続けた。
「え? いや、これは俺のだけど」
なんでわざわざそんな事を?
「……じゃ、アンタが、例の『二人目』、って事か」
「へ?」
目の前で、彩季は拳を固め始めた。
「まさか本当にコイツも殺さないと行けなくなるとは、ね!」
そう叫び、彩季が俺に向かって跳んだ。
コンクリートに罅が入る音がした。
「ぅわぁ!」
彩季が拳を引き、前に突き出す構えを取った。
このままだと、彩季の拳は俺の腹を確実に抉るだろう。
「避けようとしろ、だっけ!」
俺は蓮宮さんの言葉を信じ、彩季の拳の軌道から逃れる様に回避を狙う。
彩季の真横に跳び、真横から彩季に攻撃を加える。それがベストだろう。
無論、俺にはそれを実行するだけの身体能力は無いが。動体視力には自信あるが。
「無理だね!」
彩季が叫び。
俺が斜め前に跳び。
俺を狙う拳が俺に触れる直前。
俺の体が消えた。
「「え?」」
そして、気付いたら、俺は彩季の真横に居た。
丁度、さっき俺が考えた回避計画の目的地だった。
「チッ!」
彩季は素早く拳を戻し、俺から離れる様に上空に跳び、俺が元居た辺りに着地した。
文句無しの金メダルだ。
「まさか、それの力を使える人間だとは、ね」
「それ?」
それ、って何だ?
「アンタが持ってる、その指輪よ」
彩季は、新設にも俺の質問に答えてくれた。漫画かよ。
「アンタの指輪は、所有者を所有者の半径一メートル以内の空間に転移させる力を持つ指輪。恵美のストールや私の髪留め、白天寺のピックと同じ。常識を破る過去の遺産」
「……」
どうしても、三つ、コイツに言いたい事がある。
一つ目。漫画のモブキャラみたいにペラペラ大事な設定喋るな。
二つ目。白天寺のピックがそんな物だったなんて俺は初耳だ。
「私達の組織は、そう言った過去の遺産を回収する事を目的としている。なのに、白天寺と蓮宮は裏切った。組織の持ち物を盗み、計画を妨害したのよ」
だが、言い出すタイミングが見つからない。
「だから私は盗られた物を盗り返す。そして、裏切り者にはそれ相応の罰を与える。アンタの指輪も、私が、いや、私達の組織が、回収しなきゃいけない物なのよ」
こんなシリアス展開をぶった切るなんて俺には無理だ。
そんなガッツ持って無い。
だが。
「生憎、これは俺にとってもかなり大事な物なんだ。アイツに再会するまでは、いや、再会しても、か。……とにかく、これはそう安々と人に渡せる物じゃないんだよ」
もう六年か。俺、本当にアイツに会えるのか? ま、今はそれ所じゃ無いが。
「だったら、殺して奪い取る!」
「だったら、俺はお前を傷付けず倒す!」
両者は駆け出した。




