第17章 1mと1m①
「見ーつけた」
駅前ライブの帰り道。
俺達の後ろから今の台詞が聞こえてきた。邪念の無い、純粋な声が。
「誰だ?」
俺は、言いながら振り返った。
「………………」
目の前に居たのは、中学生位であろう少女。
「ひっさしぶりー、昇華ちゃーん」
橙色のミニスカートに、黄色のパーカー。
橙色の髪の毛を橙色の髪留めでサイドポニー(左斜め後ろ)にした少女だった。
「えーっと、隣の……、紅空翔、だっけ?」
「何で、名前を? ……なぁ、白天寺。誰なんだコイツは」
白天寺の知り合いか? 仮にそうだとして、何で俺の事を?
「………………彩季蜜柑。出来る事なら、二度と会いたくなかった人」
と、聞き様によっては物騒な台詞をおまけに付けて。
「ひっどーい。四年振り……、だっけ? それ位振りの再会なのにー」
やっぱり、この二人は知り合いなのか? あまり仲は良くないっぽいけど。
「……四年前振り、とか言ってたな」
高校一年生にとっての、四年前。って事は、小学六年生の時以来、って事か?
小学校は同じだったけど、それ以来会ってなかった、とかか?
「で、喧嘩別れしてた、とかなのか」
……いい加減、独り言の癖を直したい。
「昇華ちゃんさー。黙って居なくなっちゃうし、あの人は追いかけさせてくれないしー。ようやく許可が出た、と思ったら居場所のヒントも無いし。探すのに苦労したよー」
「……なぁ、白天寺? お前とコイツ、どう言う関係なんだ?」
全然話が掴めない。もう答えを聞いても良いよな? 俺は今、誰に許可を求めたの?
「………………それは……」
白天寺が、あの白天寺が、言うのを躊躇った。
謎だ。やっぱり喧嘩別れでもした関係なのか?
「それは私が答えるよー。さっき、私の台詞取られたし」
取ったっけ?
「……ああ」
そう言えばコイツ、えっと、彩季だか何だかの名前、白天寺が言ったんだっけ。
「そこに居る白天寺昇華は、私を、いや、私達を裏切ったんだよー」
さらっと。
さらっと、物騒な単語が入った台詞を投げかけられた。
「裏切り……?」
裏切り。
一般的な生活をしている人々には、無縁であろう台詞。
「そー。私達の組織を裏切って、大事な物を盗んで行ったんだよ。 紅空くん」
「え?」
裏切り。
組織。
大事な物。
幾つもの驚きが重なり、俺は言葉を失った。
「だからあの人の命令。白天寺昇華を殺して、盗まれたものを取り返せ、ってさ」
目の前の少女、彩季蜜柑は、俺に向かってそう言った。
「……は?」
「あ、この後は蓮宮も始末しなきゃいけないんだっけ。面倒臭」
彩季は、歩きながら言葉を続け、白天寺の目の前に立った。
「は……?」
蓮宮さんが、何だって?
「ま、それは私の仕事じゃないし、良っか。……ってワケで」
満面の笑顔で、彩季は、
「殺っちゃうね」
刹那。彩季は、目にも留まらぬ速さで足を突き出した。
「なっ……」
ミニスカートで足を突き出したのに下着が全く見えなくて残念、とか何とか思っている場合では無かった。その足の向く先は、勿論、と言うべきか、白天寺だった。
「白て」
俺が呼び終える前に白天寺は片手でその足を掴み、掴んだ物を思いっきり放り投げた。
「ちッ!」
彩季は悔しそうに舌打ちをし、崩れた体勢を立て直し、一メートル程後ろに着地。
オリンピックだったら金メダルは貰えそうな着地だった。
「……あの、白天寺?」
ようやく脳の処理が追いついた。
理由は未だ分からないが、まぁ、要約すると。
「紅空くーん。ちょっと今忙しいんだけど」
「………………何?」
彩季蜜柑とか言う人間は、白天寺昇華を殺そうとしている。
「……俺はどうすれば良いんだ?」
図らずもバトル漫画のバトルシーンっぽい場に遭遇しているが、俺には何も出来ない。
あんなに主人公が云々と言っていたんだ。俺はこの状態をどうにかしたい。
「あ、それは簡単だよー」
彩季は俺の方を見ずに答えた。
「後で君も殺さなきゃいけないから、昇華ちゃんが死ぬまでその辺でゆっくりしててー」
「え」
俺が、殺される?
「………………そう。そこでゆっくりしていれば良い」
白天寺も会話に割り込んできて、俺に告げた。
「………………彩季が倒れるまで、ずっと!」
白天寺が叫んだ。
同時に、彩季が表情を真剣一色な物に変え、再び白天寺に足を突き出した。
だが白天寺は、その足が白天寺に届く前に、背負った鞄を目の前の人間に投げた。
確か、その鞄には、さっき使っていたギターが入っている、はずだ。
「………………ッ!」
恐らく、かなり高い物であろうギターを、人の頭部に向かって投げた。
「……良い子も悪い子も真似するなー」
金銭的な意味でも人命的な意味でも。
今の俺に出来るのは、こんな注意文を呟く事だけだった。
「馬鹿だねッ!」
彩季はそう叫ぶと同時に、白天寺に向けていた足の軌道を強引に修正した。
「………………!」
その足は鞄(ギター入り)に向かい、そのまま鞄を思いっきり蹴った。
しつこい様だが、その蹴り飛ばされた鞄にはギターが入っている。
とてもじゃないが、少女が蹴り飛ばせる様な物じゃない。多分。
「えーっと……」
そのまま空中で二回転し、彩季は着地。鞄は俺の目の前に墜落した。
「は、はははは……」
殺人予告を受けて、目の前でなんか戦闘が始まって。
「は、はは……」
ミニスカートで戦っているのに下着がいつまで経っても見えない彩季。
あの華奢な体の何処にそんな力が入ってるのか全く分からない白天寺。
拳と足で繰り広げられているはずだが、その戦闘は人間同士の戦闘とは言い難い。
俺の貧弱な語彙では解説も成立しない、何かがそこで起きていた。
「無謀、だったんだ」
こんな時、何も出来ない様な人間が。
偉そうに白天寺に説教していた。
偉そうに主人公になりたがっていた。
偉そうに過去にすがっていた。
「畜、生」
口から言葉が漏れた。
「畜生ッ!」
もう、俺は俺が何を言っているか分からない。
ただ、目の前の二人の戦闘は、俺の心をへし折るには十分すぎる光景だった。
「ねーねー、昇華ちゃーん。早くアレ出しなよ? 今使わないで何時使うの?」
「………………これを使わなくても、彩季位、倒せる」
俺の耳に、二人の会話が入ってきた。
「またまたー、強がっちゃってー」
結構な時間戦いを見ていなかったが、どうやら戦況は大きく傾いてはいないらしい。
「早く恵美の方も手伝いに行きたいし、もう殺っちゃって良いよね?」
嫌な予感がする。
いや、嫌な予感しかしない。
「や……めろーッ!」
足に残った力を全て使って跳躍し、俺は彩季に殴りかかった。
「………………紅空!」
人を、しかも女子を殴るなんて、俺は嫌だった。
だが、そんな事を言っていられる場合で無い事位は、馬鹿な俺でも分かる。
「決死の覚悟、ってヤツ?」
後の事は神様だか仏様だかに任せるしか、無い。
「邪魔」
が、その一言と一蹴りで、俺の決意は儚く散った。
俺の拳が届く前に、彩季のつま先が俺の腹に食い込んだ。
「がッ」
俺の体が宙を泳ぎ、重力によってコンクリートに叩きつけられた。
パキン。
と、眼鏡が俺の下敷きになり、割れる音がした。
「………………紅空!」
意識がハッキリしない。
その癖に、動きを縛る痛みが強く体を駆け抜ける。
度の合わない眼鏡をかけた時の様に、世界がボヤけて見える。
口の中に鉄臭い味が広がった。
「………………紅空! 紅空!」
顔を少し上げると、白天寺が俺の顔を覗き込んでいた。
「は……て、く……」
俺は名前すらまともに呼べず、咳き込み、血を吐いた。
「は……や、く」
「さーせなーいよー」
彩季の声が脳内に響く。そして、同時に。
「………………ッ……」
俺が蹴られた時に聞こえた音と、白天寺の声が聞こえた。
俺が最後に見たのは、宙に浮かぶ白天寺の姿。
そして、足を振り上げた状態で静止する彩季だった。
「はっ……、」
意識が、落ちた。




