第13章 1mと駅前ライブ②
放課後。駅前駐車場にて。
「………………来てくれてありがとう」
白天寺は制服。俺は一度家に帰って着替えて来たので私服。
「一度引き受けた仕事は途中で投げ出さないさ」
とか言ってみたが、単に格好良いからそう言っただけだ。俺にそんなポリシーは無い。
「………………そう」
なんか目逸らされた。やっぱ引かれたか。昔から空回りする事が多かったしな、俺。
「………………じゃ、早く行こ。近いから」
その声を合図に俺達は駐車場を離れた。
「どこ行くんだ? スタジオでも借りたのか?」
「………………家。お父さんが使ってた防音部屋があるから」
ほー。家かー。
「……え?」
「………………どうしたの?」
女子の家、か。
「良いのか? 勝手に」
女子の家に行くなんて、小学校の時以来、か。しかもその時は女子も男子も沢山居た。
こう、なんと言うか、二人きりとか、そう言うのじゃなかった。
「あ、待てよ?」
「………………?」
親は居るかもしれないのか。いやいや待て待て。共働きだったら居ない事になるよな。
「……ぁ」
「………………紅空?」
女子の家に行く途中、両親が居るか否かを真剣に考える男、紅空翔。
変態か俺は。
「いや、大丈夫だ、白天寺」
いや、俺は決してそう言う意味で考えていた訳じゃない。
なんか、ほら。人の家に邪魔する時は茶菓子的な物が必要だったりするかなー、と。
「………………良い。許可はもらってる。好きにして良い、って」
「ふーん」
じゃあ茶菓子は要らないか。
「……ん?」
俺、本当に茶菓子の心配をしていたんだっけ?
「ま、良いか」
そこはどうでも良いだろう。多分。
「………………着いた」
そう言って、白天寺は目の前のビルを指差した。
エントランスが大理石で出来た、見事な十階建てのマンションを。
「コレの何階?」
「………………これ、全部」
「え? ……へ?」
つい間抜けな声を上げてしまった。
駅から徒歩五分位だし、家賃とかかなり高そうだ。
「凄ぇ」
ここまで立派なマンションだと、やはり気になるのは一つ。
「大丈夫、なのか?」
どんな仕事をしていれば家賃払えるんだろう。
あ、違うか。マンションごと持ってるから家賃は要らない、のか?
「だったら固定資産税とかなんとか「………………大丈夫。セキュリティは万全」きた」
確かにこんなに立派だと泥棒とかも来るのかもしれないが。
「俺はセキュリティの心配はしていない」
言われてみれば、そっちの方が重要かもな。
「………………そうなの?」
「当たり前だ。家賃が大丈夫か、って聞いてるんだ」
「………………多分、大丈夫。遺産があるから」
「………………え?」
遺、産?
それって、例の、死んだ人が残す財産の事か?
つまり、つまりは。
「白天寺の、両親って……」
「………………お父さんだけ、ね。お母さんは、多分、生きてる」
「多分……?」
なんか、物凄い勢いで白天寺の心の闇に土足で踏み込んでいる気がする。
例えて言うなら、数年間洗っていないスニーカーでザクザクと踏み込んでいる様な。
「……ゃべー」
速攻でUターンしたい。でも、それも何となく失礼な気がしないでもない。
「………………今、何か言った?」
「ナンデモナイデス」
何やっても駄目な状況。人はソレを『泥沼』と呼んだ。
「………………現金もあるけど、お父さん、『いざって時はコレを売れ』って言ってた」
言って『た』。言って『る』では無く。つまりは、そう言う事だろう。
「『コレ』?」
「……………うん」
白天寺は鞄からピックを取り出した。
全ての色素が抜け落ちた様な色をした、純白のピックを。
「これが、白天寺のお父さんが言っていた?」
見た限りは普通のピックだが、なんで白天寺のお父さんはこれを白天寺に?
「………………昔の有名なミュージシャンの遺品なんだって」
「ふーん」
有名人の遺品って高く売れるんだ。
「………………息を引き取る寸前まで握り締めていた、とかなんとか」
「へぇ」
病気だか寿命だか知らないが、すごい執念だな。
「………………これについてはどうでも良い。早く練習したい」
そう言って白天寺はピックをしまい、代わりに一枚のカードを出した。
「ソレも、遺品?」
「………………ただのカードキー」
「ですよね」
シャッ、と言う綺麗な音を立てて、ロックがカードキーを認証した。
「………………早く。道具は六階に置いてあるから」
「ああ、分かった」
俺は白天寺の後を追い、エレベーターまで走った。
「おいおいおいおい。どんだけ広いんだよ」
部屋に入った俺の第一声がコレだった。
「………………早く入って」
「あ、スマン」
もちろん土足では無い。
「お、お邪魔しまーす」
マンションみたいな狭い部屋かと思っていたら、想像の三倍位の広さだった。
この建物、中だけ次元が違うんじゃないか?
まぁそれは良いとして。その広い部屋には、所狭しと楽器やら何やらが置いてある。
「………………この奥」
白天寺が指差した方向には、一つのドアがあった。
「………………ここが防音部屋」
さっきの部屋よりは小さいが、それでもまだ、一般的なマンションの一部屋より広い。
「片付いてるなー」
部屋の中には殆ど物が無い。
あるのは、ギター一つと、書きかけらしい楽譜が何枚か。
後は例のチラシ。
「………………これ」
白天寺が差し出してきたのは三枚の楽譜。
「これを、どうしろ、と?」
音符は書いてあるが、歌詞は全然書いてない。曲名の欄も空白。
「………………歌詞をつけて欲しい」
さっきも聞いた気がするが、聞き間違いではなかった様だ。
「俺に、作詞のセンスがあるとでも?」
白天寺が作曲した曲に俺が歌詞を付ける。
面白そうだが、初心者にはハードル高くね?
「だって、俺はズブの素人ですよ?」
ズブ・オブ・ズブですよ(何語だ)?
「………………紅空はポキャブラリーが広い、って聞いた」
「……誰からだ?」
そんな事を言うのはあの馬鹿男、工口尋じゃないか?
「………………工口から」
やっぱり。
「それはあの馬鹿男の馬鹿らしい間違いだ。俺にそういうのは無理」
俺のどこを見てその発言をしたのかは気になるな。
「………………『一度引き受けた仕事は途中で投げ出さないさ』って言っていたの誰?」
「うッ」
そう言えばさっきそんな事言った気がする。気がする、とかじゃなくて、言った。
「だだだだだだ、誰だっけけけけけけけ……」
間違い無く、絶対に言っていた。格好付けなんて考えるからこうなるのか。
「………………お願い、ね」
「……ハイ」
もしも、今ここにタイムマシンがあったら、俺はあの発言をした時の俺を殴りに行く。
「………………自業自得」
いや、白天寺の手伝いをしたくない訳では無いけど、俺にかかる責任が凄まじい。
「……って言ってもさ。曲聞かない事には歌詞付けられなくね?」
あと曲のテーマとかさ。……あと、リズム?
「詳しい事は分からないけど、幾らなんでも曲を聴かずに書け、なんて事は……」
「………………頑張って」
あったよ。
「それはどういう意味の『頑張れ』だ?」
「………………さ、さぁ?」
「まさか、『曲聴かずに書け』とかじゃないよな?」
「………………なんで分かったの?」
「当たりかよ」
ひでぇ。
「………………嘘。でも、なんか恥ずかしい」
白天寺は、顔を赤らめて目線を少し逸らしながらそう言った。
「……」
……可愛いなぁオイ。
俺に好きな人が居なかったら、間違いなくアウトだった。
「サンクス蓮宮」
貴女のお陰で惚れずに済んだ。
ま、相手が俺だからこんなに可愛く照れた、ってワケじゃ無いしな。
簡単に人を好きになったら、簡単にフラれるだけの話じゃないか。
「………………?」
「あ、何でも無い」
何でも無い訳が無いが。
「………………気を遣ったりしないで、正直な感想が欲しい」
まぁ、感想に気を遣っても意味ないしな。
「了解」
さて、どれ位の腕前なのか。と、なんとなくワクワクしている俺だった。
「………………じゃあ」
そう呟き、白天寺は身長に対して大きめなギターを、例の純白のピックで弾き始めた。
「……」
ギターの演奏を目の前で聞く、って経験は今まで無かった。
目の前に居る人物が奏でる音楽。
それがクラスメイトともなると、何故か感動が溢れてくる。
「……おぉ」
感想が泉の様に湧き出てくるが、これだけはどうしても言いたい。
『この曲が、俺が知っている曲の中では一番の名曲』
と言う事だけは。
俺は、こんな名曲に歌詞を付けて良いのか?
って言うか、足を引っ張らない自信が無い。むしろ、足を引っ張る自信はある。
星の数位はある。いやもっとある。
「………………」
演奏が終わった。
最後まで弾いた、と言う訳では無さそうだ。
何と言うか、まだ続きがあるのに強引に中止させたような途切れ方だったからな。
「………………どうだった?」
白天寺が俺と目を合わせないまま、遠慮がちにそう聞いてきた。
「俺が歌詞を付けるのが勿体無い位良かった」
正直全開でそう答えた。正直全開、なんて日本語を作り出してしまう位感動していた。
「………………それは仕事を放り出す為の口実?」
顔を少し赤くしながら聞いてきた。今度は、目を合わせて。
今日は夕焼けが綺麗だ。白天寺の頬を紅く照らしている。
「違う。……俺なんかが歌詞付けたらこの曲が汚れちまいそうで怖い」
百パーセント本心だ。これに合う歌詞を付けられる様なセンスは俺には無い。
「……にしても、こんな良い曲よく作れたな?」
「………………すごいでしょ」
と、意外に大きい胸を反らして言ってきた。
「あぁ。マジですごいよ」
これからは『さん』を付けようかな。いや、『様』でも足らないかもしれない。
「………………ごめん嘘」
「へ?」
「………………少し、からかいたかっただけ」
「……そ、そう」
あれ? 白天寺って、冗談なんか言うキャラだったっけ?
「で、実際には?」
白天寺以外の誰が、こんな素晴らしい曲を?
「………………お父さんが作りかけていた曲。勝手に使っちゃったけど、大丈夫かな?」
法律的な問題で、だろうか。
「……まぁ。作りかけ、なら問題無いんじゃ?」
著作権とかはよく分からないが、ま、大丈夫だろう。
「………………じゃ、歌詞、曲名、よろしく」
「……そう言えばそうだったな」
と、俺が苦笑を混ぜて返した時、キーンコーン、と、五時を告げる鐘が聞こえてきた。
ここが防音部屋だからなのか知らないが、かなり遠くから聞こえている気がする。
「………………もう五時、か。今日はありがとう。私は帰る」
「あれ、ココに住んでるんじゃないのか?」
こんな立派な部屋なのに、別の所で生活しているのか。勿体無い。
「………………住んでいるのは一階」
へぇ。なら、『帰る』って言葉は正しいのか。
「………………こんなに物が多い所じゃ眠れない」
そりゃそうだな。
「………………あ。これ、あげる」
白天寺は俺にカードキーを差し出しながらそう言った。
「サンキュ」
家の鍵って、そんな簡単に人にあげて良い物なのか? 白天寺が良いなら良いが。
「………………私は、紅空の作った歌詞なら、何でも良いよ」
そう言って、白天寺は部屋を出た。
扉の鍵が閉まる音は、しなかった。
「……俺も帰るか」
誰も居ない他人の部屋に居ても仕方ないしな。
「……はぁ」
さて。どんな歌詞を付ければ良いのやら。
「ま、帰ってからゆっくり考えるか」
俺は足取り重く家路に着いた。




