第九話 分水嶺
ついにミッドウェー海戦です。まずは前半戦からです。
第九話 分水嶺
さて、ミッドウェー海戦です。この海戦については史実、手記、回想録やそれを題材にした戦記物などが多数発表されていますので私としては要点を掻い摘んでお話してゆこうと思います。
開戦以来約半年、太平洋戦争の推移は日本の計画通り、いやそれ以上に有利に進んでいました。
東南アジアの資源地帯を手に入れ、当該地区からの欧米列強勢力の排除し、南洋海域を占有することで安全圏の拡大に成功など勝利は磐石と市井の人々は考えていました。しかし、その結果として元より少ない戦力を想定以上に広範囲にばら撒く必要に迫られ、あちらこちらに手が回らない綻びを有することとなったのです。
それを情報収集能力と分析能力に長けた米国が見逃すはずは有りません、こうして行われたのが一連の南方方面への空母機動部隊による一撃離脱のゲリラ攻撃であり、その仕上げとも言うべきドーリットル隊による日本本土への空襲でした。
それは磐石と思われていた勝利が、薄氷の上のものであったことの証明でした。
この一連の攻撃に面子を潰された帝国陸海軍は以前より山本五十六連合艦隊司令長官が提唱しながら実施に難色を示していた、ハワイ攻略作戦の全作戦であるミッドウェー島の攻略に踏み切ることとなったのです。
山本長官は開戦前より「対米作戦はハワイを攻略するような積極作戦を採るべきである。」と主張し、これまで守勢を前提とした邀撃作戦に対して批判的でした。それが実際の行動となったのがハワイの真珠湾への空襲でした。一度は此方の思惑通りに主力戦艦部隊を壊滅に追い込むことは出来ましたが生き残った(討ちそびれた)空母機動部隊に自由な行動を許したのは大きな失策いえるでしょう。
故に“ならばこれ以上刃向かう余地を与えないように徹底的に叩くべきである”として敵の本拠地の出城とも言うべきミッドウェー島の基地を叩き、その救援に出てくる空母機動部隊を待ち伏せて今度こそ一網打尽に叩き潰す、その上でハワイの真珠湾基地を占領するか徹底的に破壊する。
それは物質的、戦略的な成果よりアメリカ軍と国民に対して精神的打撃を与えることを目的としたものと言えましょう。そうしないと米国政府が和平に応じる可能性は皆無に等しいでしょうから。
その考え方は自体は間違ってはいませんが、当時の状況から判断するなら急ぎすぎた作戦と言えるでしょう。
何より当時の頼みの綱の第一航空艦隊はミッドウェー攻略作戦に先立つ珊瑚海海戦で大型空母の「翔鶴」が大破の損傷を受け、「瑞鶴」も艦載機を大きく損耗していました。その結果、ミッドウェー攻略に使用できる空母は「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」「隼鷹」「龍驤」六隻となりその内「隼鷹」と「龍驤」はミッドウェー攻略作戦の陽動であるアッツ攻略作戦に投入されることになっていたので、実際に使用できるのは第一航空戦隊と第二航空戦隊の計四隻のみとなったのです。更に深刻な問題は長期にわたる作戦で太平洋を奔走してきた結果、艦隊の各艦はドック入りによる保守点検が必要な状態だったこと、使用できる空母の数が減っているのに搭載機数の定数割れの状態が改善していなかったことと、直前の部隊編成でベテランの搭乗員が引き抜かれ新米搭乗員が多数配属された事でした。そのため訓練に使用できる空母が「加賀」のみであるため、空母への着艦も覚束ない搭乗員を育成するのに手一杯で熟練搭乗員の訓練も儘ならず、戦闘時の能力低下が明らかになっていたのです。つまり艦艇と航空隊双方の技量が著しく低下していた、これがミッドウェー攻略作戦出撃前の帝国艦隊の実情でした。
しかしながら、こうした不安要因を肌で感じていた現場の指揮官たちは、作戦実施に先立って行われた作戦会議や兵棋演習において度々作戦の実施に対して「準備不足」や「時期尚早」と訴えて作戦の延期を求めたが、連合艦隊司令部は聞く耳を持たなかったといわれています。
まさに「鎧袖一触」との自信の結果でしょうが、本作戦の問題点の洗い直しも無く、またこれまでの作戦の問題点の洗い出しも無いままにミッドウェー攻略作戦は実施されることとなったのです。
その結果、作戦目標の意思統一も、先の戦闘(セイロン島沖海戦・珊瑚海海戦)で疑問視された暗号の安全性に対する検証も、護衛艦艇の対空能力の低さに対する対策も行われないまま作戦は発動されたのです。
5月5日、永野軍令部総長より山本長官にたしてミッドウェー攻略作戦の実施命令である「大海令第18号」が発令されたのです。
5月25日、広島の柱島沖に停泊中の戦艦「大和」の作戦室でミッドウェー攻略作戦前最後の図上演習が行われた、相変わらず攻略目標が曖昧な上、今回はミッドウェー攻略後より演習が始まるなど、ミッドウェー攻略そのものは成功が前提となっていた、奇襲の失敗や米機動部隊の攻撃を考えに入れなくて良いのだろうか?と言う疑問は絶えず付きまとった演習だった。その後、宇垣参謀長より最終の艦隊編成が示されたが、その内容は我が耳を疑うものだった。(松田千秋氏の手記より)
「我々第12戦隊は主力艦隊の護衛ですか?空母部隊はよろしいのですか?」
と、松田大佐は発言、参謀長に疑問を投げつけた。
「構わんよ、あちらは自分の身は自分で守れるそうだ。」
いつもの人を食ったような笑みを浮かべた黒島亀人主席参謀の答えに松田君は酷く苛立った表情を浮かべたがそれ以上語ることも無く我々は参謀たちの前を辞した。
「何ですかあれは?」
「折角貰った新しいおもちゃを傷つけられたく無いのだろう?司令部は。」
松田君が「草薙」戻る短艇の中で苛立たしげに呟くのを聞いて私はそう答えた。
「今度の作戦、拙いかも知れんな・・・。」
「・・・、そうですね。」
と彼も遠慮がちに同意したきた。
(第12戦隊 木村進少将の回想録より)
私はこれまで砲術士官として長く帝国海軍に奉職してきた、そうした身からすれば当然、戦艦「大和」は特別な存在となる、いつかあの艦の指揮を取りたいと望む。
しかしだ。
その至宝とも言うべき世界最大の戦艦、それを守るために空母部隊を守るはずの「草薙」を含む第12戦隊を主力部隊の守備に回す、本気なのだろうか?
「旗艦『大和』に連合艦隊司令長官が座乗して出撃するのだ、キミらが守りに付くのは当然だろ。」
相変わらずな笑みを浮かべ、事なげも無くそう答える黒島大佐に一瞬殺意が湧いたがそれを押し殺して一礼し作戦室を辞した。私の殺気に気付いたのか木村少将が短艇へ乗り込みながら私の肩を軽く叩きました。
「何ですかあれは?」
「折角貰った新しいおもちゃを傷つけられたく無いのだろう?司令部は。」
私の問いに、溜め息混じりに木村少将はそう答え小さく呟きました。
「今度の作戦、拙いかも知れんな・・・。」
「・・・、そうですね。」
私は遠慮がちにそう答えると、そっと溜め息を吐きました。
軍令部も連合艦隊司令部もこれまでの戦闘で何を学んだのだろうか?珊瑚海の海戦から敵味方共に空母は大きな攻撃力を持つ反面、防御に回ったときには脆い、そんな一面が見える。一度航空甲板が被弾すれば戦闘機による傘は無くなり、敵の蹂躙を許す結果と成る、何故にそこに思い至らないのか?反面戦艦は多少の被弾で沈むことはない、マレー沖海戦の事例を考慮に入れても簡単に「大和」を含む五隻の戦艦が沈められる可能性は無いだろう、加えて機動部隊は主力部隊の300海里も前方にいるのだ、先のハワイ真珠湾攻撃で痛い目にあった米海軍がそれを放置することは無いと言える。
基地航空隊があっても第一航空艦隊に対応する以外に余裕の無い米海軍がそれを放置して主力艦隊に攻撃を仕掛けてくる可能性よりも、そうならないために第一航空艦隊を堅固に守るほうが確かなのに、何故それが出来ないのだろうか?
さらに懸念事項は続く、木村司令が仰るには作戦目標の統一が曖昧のままで航空艦隊と連合艦隊のそれぞれの司令部で言うことが違っているとのことでそこにも齟齬が無いかが不安である。先にセイロン沖海戦において作戦目標の不一致から不要の兵装換装を行いその最中に敵機の奇襲を受けて間一髪と言う事態に落ちっている、そのような事態が再び起こらないとは言えない。
その様な状態の中、連合艦隊司令部は恰も勝ち戦の戦観戦でも行くかのよな態度でいる、よくもあそこまで楽観的で居られたものである。(松田千秋氏の手記より)
昭和17年5月27日、海軍記念日のこの日を選んで南雲忠一中将を司令官とする第一航空艦隊が厳重な無線封止を行いながら広島湾柱島を出撃、更に二日後に連合艦隊旗艦「大和」を中核とする連合艦隊直卒艦隊と第一艦隊からなる主力艦隊が出撃しました。
そしてサイパンからは、5月28日には陸海軍の混成部隊で有るミッドウェー島占領部隊輸送船団が護衛の水上機母艦の「千歳」、駆逐艦の「親潮」「黒潮」と共に出港、後にこの船団には軽巡洋艦「神通」を旗艦とした第二水雷戦隊が護衛に加わっている。
ここまでは比較的順調に作戦は経過来たが、既にいくつかの問題点が浮上していた、まずは哨戒索敵網の破綻がそれでした、当初6月2日、までに2個潜水戦隊が配置に付く予定だったのが担当するはずの第六艦隊の長距離哨戒潜水艦は他の作戦で出払っており、急遽投入された第三・第五潜水戦隊の「海大型」潜水艦九隻が配置に付いたのは敵機動部隊(第16任務部隊)が通過した後であった(但しこれが判明したのは戦後のことである)。
更に航空機索敵も機体、乗員の技量の問題から索敵範囲を狭めなければならなかった為当初の目的を果たすことは出来なかったのです。
そして、6月3日ミッドウェーへ向かう最中、第一航空艦隊は濃霧に遭遇、視界の効かない濃い霧の中で僚艦の位置を見失ったことから艦隊運用に混乱をきたしていたのです。先の真珠湾攻撃のときには第一航空艦を守った天候が今回は牙を剥く形になったのです。
つまり、勝利が約束されていると皆が考えていた戦いは、既に出だしから大きく躓いていたのです。
一度投稿しましたが、一話としては長すぎたので少し調整してこの話を短縮し、更にもう一話増やすことにしました。話が長くなってすみません。
したがいまして残りあと三話の予定です。




