序章:狭間の存在
ありがちなファンタジーで、やや暴力表現が含まれているかなと思われます。
なお、作者の執筆速度が異常に遅いのと、意外と多忙なため、連載形式になっています。
つまりは、未完成な訳なんですが、あらかじめ御了承下さい。
悲しい産声が辺りに響鳴する。
どうやら、また一つ望まれない子供が誕生したらしい。
九茅 朱奈(くち あかな)は溜息混じりに嘆く。
君たちは悪くない。悪いのは私たちなんだ、と。
しかし、本音がそこにあるとしても、彼女の行為は変わらない。
新たな生命を潰し、今あるものを守りゆくだけ。
朱奈は双眸を閉じ、天を仰ぐ。
夜空へ突上げられた綺麗な両手には、大剣が固く握られていた。
刹那――空気がざわめき、悲鳴をあげる。
朱奈は戸惑いながらもそれを子供に振り下ろしていた。
グャチァァ……
物体が砕けた嫌な音。
子供は空気と溶け合い、消滅した。
生を受けたのも束の間、実存は許されなかったということだった。
破片や液状の物質がついたままの剣を鞘に収めようとした彼女に歩み寄る二つの影があった。
その一つは子供の父親である。
事の一部始終を観覧していた彼は、
朱奈の細長い手を取り、
興奮覚め遣らぬ様子で告げた。
ありがとう。これで僕達は救われた、と。
その横でもう一つの影が朱奈に忍び寄る。
その人物は朱奈になど視線を振らず、ただ地面を見つめていた。
そして、朱奈を眼中におさめることなく、地べたにへたれこみ、
朔哉……
と、か細い唇で形質を消去された息子の名を刻んだ。
母親である女性は、両の眼に涙を滲ませ、そう呟くことしかできなかったのだ。
朱奈は彼女にかけられる言葉を持ち合わせていない。
弁解も慰めもできず、切れ長の瞳で、子供を失った母親を見つめていた。
一方父親である男は、母親の震える肩にそっと包容力のある手をおく。
そして、甘く囁くのだ。
泣く必要なんてない。僕達は助かったんだ。解放されたんだよ、アノ化物から……。
朱奈は確信していた。
この夫婦には、ズレがあることを。
父親はアレを子供だと認識していない。
が、
母親はアレを子供だと知覚している。
これは、致命的な歪み。
二人の捩れた感情線が一致することは、もはやないだろう。
朱奈は居た堪れなくなり、一刻も早くこの場から退散したくなっていた。
足早にその場を去ろうと無言で夫婦に背を向ける。
だが、そこまでだった。
朱奈には、どうしても肝心の一歩が踏出せない。
罪の意識が、彼女に重い足枷をはめていた。
任務という正当な理由があるとはいえ、命を奪う行為はいつの時代も大罪なのかもしれない。
せめて、あの母親に一言だけでも謝っておくべきだろうか?
朱奈は心中葛藤してしまう。
そうした気遣いは時に判断力の遅さを招く。
そして、彼女の欠点となり、彼女自身に牙を剥くこととなった。
その場に佇む朱奈に向かって、母親は確かにこう洩らした。
……人殺し
か細い声が静寂の闇夜にひどく耳障りに響き、朱奈はそれを耳にしてしまった。
愕然とし、体が震える。
突き付けられた言葉から逃げるように、朱奈はその場から走り去った。
朱奈は十七歳。
人殺しのレッテルを貼られるには、まだまだ幼すぎたのだ。
ーーしかし、
呪われた世界で、少女は駆けなければならない。
狂乱に渦巻かれた運命から、自身を切り離すことなど出来ないのだから。