仙人の飛翔
自堕落をホルマリンに漬け込んだら私ができる。不摂生を主として健康のLimboをさまよい歩いているとは友人の弁である。大学に入ってから三年、私は常にぎりぎりの単位で一年、また一年のやり過ごしてきた。サークル・ルームに住んでいるのではないかとまことしやかに噂されるところを見ると、仙人然としているとも思われる。事実夏期休暇の間、警備員の目をやり過ごし、サークル・ルームで生活していたこともあったため、その噂はあながち間違いではない。風呂は体育会のシャワー・ルームを何食わぬ顔で使えば事足りる。食事は食堂の残飯を何食わぬ顔で拝借すれば良い。なにごとにおいてもおどおどせず、さも当然のような風に装えば人間なんとかなるものなのだ。なにせ大学という場所はおおよそ人が生活できる全てが揃っているのだから。
人と私の違いを見つけることはたやすい。前述のような生活を送った人間は、日本で何人いるのやら。だが、人との違いは数あれど、私という個のIdentityはどこにあるのだろう。所属するサークルは一般的にオタクと云われる人間が集っている。もっと言葉を悪くすれば根暗の集団である。むろん女を捨てたと自称するものすらいない荒れ野である。大学の中に荒涼とした地平が顕現しているのである。サークル棟二階、東側階段の奥とは我が大学が産んだ汚点にして人生の終着駅、無間地獄に相違ない。だが地獄に生きる彼らとて自分の好きなものがある。好きなものがあってこそのオタクだ。だが私は物に執着しない。執着しないからこそ大学に住むこともできた。彼らの話す言葉が理解出来ない。アニメのなんたるかを私は知らないし、漫画のなんたるかを知らないし、いわんやフィギュアである。何も知らずしてサークルに身を置く私は事実仙人なのかもしれない。あるいは地獄に仏か。さすがに掃き溜めに鶴とは自惚れが過ぎる。
そんなある日のことである。私は大学にて一つの出逢いを果たす。しからばRomanceの始まりであろかと諸氏は想像するであろうが、断じてそんなことは無いのである。先述のように私は概して学生の範疇を少しばかり超えている。昭和ならばまだかような学生も存在したかもしれぬが、平成は幾年も過ぎし日に、これほどまで怠惰な学生はいない。少なくとも見たことがない。
話を戻す。その出逢いは食堂で起こった。時刻は十二時を過ぎて人がごった返している最中である。私はいつものように食堂の中を徘徊していた。むろん食事をするためである。食堂をぐるりと眺めてみるとなるほどいくつもの小集団が見える。サークルであったり学科であったりゼミであったり様々だ。その中からおしゃべりに夢中な人間を物色するのである。通路側に面したテーブルであればなおよい。食器を乗せる盆を一つ拝借すると、島から島へと渡り歩く。先だって目星をつけておいた人間から昼食の小皿を失敬して回るのである。どうでもいいような小皿を取って歩くのでまず気づかれることはない。そしてなによりこれが大事なことなのだが、この大学は昼に限りご飯は盛り放題なのだ。体育会系の島では茶碗がいくつも乗せられた盆が見える。その中から一つをいただき再度盛りに行くのである。
こうしていつものごとく昼食にありついた私だったが、人いきれの中に見慣れぬ光景を目撃した。昼食泥棒がいたのである。
盆を持ち、島から島へと渡り歩き、体育会からは茶碗を徴収して、注ぎ放題のお茶を二、三回収する男を人いきれの中に見た。
男の頭部は後ろに大きく膨らんでいた。背はあまり高くない。なにより大学の中では目立つ和服を着ている。こんな男は未だかつて見たことがなかった。これまでに存在していようものなら覚えていたはずである。だが男の手際の良さがこれが始めてではないことを雄弁に物語っている。
と、男と目があった。男の細い目が瞬間見開かれた。私はその場に釘付けになってしまう。この混みすぎる時間帯に立ち尽くそうものなら罵詈雑言の嵐の一つや二つ、覚悟をしていたにもかかわらず、皆私のことが見えていないかのように通り過ぎていく。代わりに男がだんだんと迫ってくる。依然として足は動かない。
「ほ」
男が私を見上げて云った。
「ほ」
つられ私も繰り返す。
「ほほ」
「ほほ」
男は一つ頷き食堂を後にした。
これで私の話は終わりになるのだが、男が何者なのかよく分からない。ただ、その日から私の仙人さ加減に磨きがかかったのは云うまでもない事実である。