その1
前嶋のアパートは、性格が部屋に出ている。モノトーンに統一された室内。埃一つない床。青々としている観賞用の植物。すんだ空気。清潔感と潔癖感。
統一感のない室内、埃の積もっている床。枯れ果てた植物。淀んだ空気。そんな部屋の住人がこんなところに来ていいのか。この部屋に来るたびに、本当に私なんかが部屋に入っていいのかと久爾はいつも考える。
「なに突っ立ってんねん、座り」
「・・・・あぁ、ん」
ダイニングテーブルに携帯電話を置いて、椅子に腰かける。テレビがみえる方が前嶋の指定席だ。と、いうのも、テレビニュースに見入って箸がうごかない久爾に「お前の席はこっちに移動やな」と前嶋が言ったからだ。「ご飯のときは、ご飯に集中し」と、言うのが前嶋の言い分だ。
前嶋がテーブルの上に今日の晩御飯を並べて行く。あさりの蒸し焼きと、豆腐、白いご飯。最後に野菜にサーモンがのった料理が出てきたので、久爾は顔をしかめた。
「サーモンのカルパッチョや、サーモンを一緒に野菜を食べ。好き嫌いはあかん。」
最近、前嶋は必ず食事の中に野菜料理を一品入れてくる。久爾が野菜を嫌いだと知ったからだ。「子供か」
わりと食事のマナーに厳しい前嶋は舌も肥えているらしく、また久爾に食事の度に評価を求めてくる。自分が作った料理を客観的に評価することと、久爾が食べて感じることは違うらしい。もっとも、久爾は味覚音痴で野菜以外はなんでも食べる雑食だから、意見を求められてもあまり前嶋の役に立っているとは思えない。
ご飯のはじめの「いただきます」、ご飯の終わりの「ごちそうさまでした」まで、携帯電話は触らなくなったのも、前嶋とご飯を食べはじめてからだった。前嶋は携帯電話も嫌いらしく、本人は家に帰ってくると玄関の下駄箱の上に携帯電話を置きっぱなしで過ごしている。
「わりかしいけるやろ、このカルパッチョ」
「うん。」
サーモンはおいしい。極力、野菜を減らして食べているが、前嶋が取り皿に残った野菜を入れてくるから、久爾は取り皿を前嶋が届かないところまで下げた。が、前嶋は百八十センチに近い身長なので、テーブルの端に置いている久爾の取り皿にさっと手を伸ばし、カルパッチョを盛り付けて「食べ」と皿を突き付けてくる。食事の時間が拷問時間に変わったのも、前嶋とご飯を食べはじめてからだった。
「親の敵みたいな目しよらんと、はよ食べぇ」
ご飯を食べ終わって、食器を洗うのは久爾の仕事だ。洗うのは食器だけ。包丁やフライパンはご飯を食べる前に前嶋が洗っている。
皿を洗い終わった頃に前嶋がお風呂から出てくるので「ごちそうさまでした。おやすみなさい」と言って、久爾は前嶋の隣の自分の家へと帰る。
「ほな、また明日。おやすみ」