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ソウル ロンダリング2(裏導師) 饒舌な鏡 ~南大阪御伽草子~(仮)  作者: 富田林 浩二
第二章 魔女の杖

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第二章 魔女の杖 第二節 空と水と


 角成は在来線の最も近い駅へと向かって走る。

 後ろにかえでを乗せていること、それは最初角成にとってかなりのプレッシャーだった。

 かえでの右腕は現在大神様がキメラの活動を抑えているため、全く力が入らない。

 要するに、右腕が動かない=キメラを右腕に封じ込めて、そこだけで大神様と隼神様が抑えにかかる=かえでは当面は何とか大丈夫、なのである。

 だが両脚には充分に力が入る。

 そして力の入る左手でしっかりと自分の右手首を握ることで、かえでは角成の単車の後ろに乗ることができている。

 そして角成は、自分の革製のジャンバーをかえでに羽織らせていた。

 かえでを風にさらして、これ以上の体力低下はなんとしても防ぎたい。

 この時の角成にしては精一杯の行動だった。

 だがその時に角成は見つかってしまった。


 ……角成の左腕に刺さる尖った石を。


 式神を作っている時、一瞬風が強まった。

 その時猛スピードで飛んできた石が、革ジャンを突き抜け角成の左肘のところに刺さった。

 幸い関節からは外れていたので、腕の曲げ伸ばしは傷が痛むができた。

 かえでに石を抜いてもらった時も心配かけまいと、

「大丈夫大丈夫」と言ったが、クラッチを握るたびに左腕に痛みが走る。

 それでも急がねばならない現実を後ろに乗せている角成は、絶対に『痛い』という言葉を口にしないと、堅く心に誓った。

 だが駅近くの交差点を、ゆっくり左折しようとした時のことだった。

 方向指示器も点けず、突然、しかも強引に右折した対向車に角成が驚いて、思わず単車が急な挙動をとった時のことである。

 角成は、後部シートのかえでが『ぐらりと揺れて落ちるのでは?』と思い、咄嗟に左手を後ろに回してかえでを支えた。

 しかしかえでは落ちるどころか、全く何の問題もなく下半身の筋力で、軽く踏ん張った。

 それとは逆に角成の左腕は強烈な痛みを訴え、無言で体中に大汗をかいた。

その首筋の汗の意味を察したかえでは、

「婿殿、大神様からの伝言です」と言った。

 角成は単車を路肩に止めた。

「大神様はキメラの囲い込みに成功、現在威嚇が効果を発揮中らしく、私はもうしばらくは大丈夫らしいです」

「そう、良かった」

 と、角成は軽く涙ぐむ。

「ですが、今後戦闘に入ると、やはり大神様でもキメラを完全に駆逐・制圧するのは難しい、ということに変わりないそうです」

「そうなの……」

「なので、大神様が全力で立ち向かわないといけないらしく、しばらくは何も話せないそうです」

「うん、わかった」

「それと、然るべき時まで力を温存したいから、最小限度のことしかできない。あとはかっくん……、婿殿自身の力で私、かえでを守れ、とも言っておられました」

「うん、わかった」

 角成はいっそう気を引き締めた。

「でもね……」

 かえでは続ける。

「私が今後婿殿のお荷物になりそうなら、いっそのこと捨てちゃって下さい」

「それはできないし、絶対しない」

「でもこれから先そういう時が来たら、絶対迷わず捨てちゃって下さい。私一度は全てをあきらめたんですから、絶対に恨んだりしません」

「そんなことするくらいなら、最初からかえでちゃんを助けようとしたり……」

 そこでかえでは、動く方の左手で角成の肩をぐいと掴み、

「私の方が婿殿より強いんです。肉体的にも、精神的にも」

 かえではこの数年間、呪いという得体の知れないものがもたらす『死への恐怖』と向かい合って生きなければならなかった。

 しかもこの恐怖や不安を『自分だけのもの』と考え、弱音を吐かずに生きて来た。

 そして今、角成と共に時間と空間を共有できることにより、何ヶ月かぶりの安堵が訪れている。

 その安堵感は、かえでを今まで以上に強くしていた。

 少しの間二人は、ヘルメットのシールド越しににらみ合う。

「……あと技術的と能力的、ということは総合的にってことだよね」

 角成はそう言って寂しそうに笑った。

「いいですか、私が後ろに乗っているってことは、婿殿の背後を私が守る、たとえ、盾になってでも私が婿殿をお守りするっていうことです」

 かえでは笑いもせず、いっそう強い調子で言った。

「わかった、ありがとう。でもね、大神様がそこまで頑張ってるのなら、僕も僕の精一杯で、大神様にも、かえでちゃんにも負けないように頑張ってみるよ」

 かえではそのことには何も触れず、

「とりあえず急がないと、また小さな霊たちが集まってきますよ」とだけ言った。

「うん、そうだね」

 角成は単車を走らせた。


かえではその直後ヘルメットの中で小さく、

「ごめんなさい、こんなことしか言えなくって。 ……それと、婿殿、腕が痛いのに本当にごめんなさい」そうつぶやいた。



 その頃玄宗邸では。


「玄ちゃんバタバタせずに座ったら?」

 と言いながら、般若さんは天美家から借りた古い日記を猛スピードで読んでいる。

 玄宗さんは思いつくと電話をし、悩み、そして、また思いついて電話をする、を繰り返す。

「一回しか使われへん、ということは、キメラ除去、か、もしくは隼神様の完全復活とか……」

「どっち優先?」

 顔も上げずに般若さんが聞く。

「隼神様の翼を取り戻すと、その翼に守られてる加津佐っていう子は全く普通の子らしいから思いっきり危ないし。かと言って、二体になったキメラを同時に除去できるということは、有り得ない事ではないけど、そんな博打を他人様の命を賭けて打つ訳にいかんし。それで、その場合、隼神様がその後どうなるのか全くわからんし……、正直言ってヤバイ事以外何一つ全くわからん」

 玄宗さんが困り果てる。

「加津佐って子のキメラを除去して、急いで隼神様の翼をかえでちゃんとこに戻すってのは?」

「うん、それが可能ならええんやけど、でもそれはツーアクションになるから基本的にアウト。ただ……」

「ただ?」

 般若さんが気のない合いの手を入れる。

「なぜ、かえでさんに憑いていたキメラが、突然親戚の加津佐さんにも悪さをしたのか。その理由がわからんと根本的に適切な処置ができんように思う。現実にかえでさんの状態はかなり悪いらしいからなぁ」

「ふ~ん。それで玄ちゃんの見解は?」

「それがよくわからんから悩んどるワケよ」

「んじゃ、下手な考え休むに似たり、っちゅうことで、ご飯にしよう。冷蔵庫に頂き物の八町味噌と味噌煮込みうどん用の麺があるから玄ちゃん作って」

「めし食ってる時間なんか……」

 そこで般若さんが初めて日記から顔を上げたかと思うと、ギロリと一にらみし、

「ねっ、大事やよね、ご飯。腹が減っては戦がどうとか言うよねぇ~」

 と言った。

 一方言われた玄宗さんはチキンにキッチンへと向かう。

「このクソ忙しい時にメシ食うってどういう神経……」

「ぐだぐだぬかしてると、隠し味に玄ちゃんの鼻血が入る味噌煮込みうどんになるけど、それでいい?」

 ブツブツ言いながら冷蔵庫から食材を出す玄宗さんを、般若さんが脅す。

「 ……」

「聞いてる? そこの口先から生まれた妖怪おんなたらし」

「 ………」

「聞いてるの、女なら幽霊でもたらしこむ、ザ・スケこまし」

「 …………」

「コラッ、私を無視したらどうなるか……」

 と、般若さんが日記を置いて、冷蔵庫の扉の向こうにいる玄宗さんに近づく。

 玄宗さんは目を見開いて固まっている。

「ちょっと玄ちゃん、……玄ちゃんっ、大丈夫?」

「 ……八丁味噌か」

 玄宗さんがまばたきもせず小さな声でポツリと言う。

「どうしたん? おい、こらっ、長野 玄宗っ!」

次の瞬間、

「うおおおおおおっ、これかもぉ。ん~、これやっ! 絶対にこれやっ!」

 そう言って冷蔵庫の中からお味噌を出して持ち上げた。

「それでいったい何を味噌煮込みむの?」

「違う違う。姉ちゃんありがとう」

 そう言って玄宗さんは般若さんの手を握りブンブンふり、そして般若さんを抱きしめる。

「何? セクハラで閻魔様の前に出廷したくなかったら、早く説明して」

「うん、でもその前に何件か電話して確認とってみる」

 と、玄宗さんは電話をしながら手早く野菜と鶏肉を取り出してきざみ、土鍋にそっと入れる。

「うどんはどうする? 煮込む?」

「うん、全力で……、あっ、ここに書いてた。ふ~、やっと地名出てきた」

「出た? たしか古地図も一緒に入ってたよな」

 そう言って玄宗さんは天美家から持って来た物の中から、古い地図のコピーを取り出す。

 それは葛葉おばあちゃんが以前使用した地図のようだ。

 古地図を受け取りながら般若さんはパソコンの前に移動する。

「玄ちゃん、出かける前にどういうことか話して」

「八丁むぐりって知ってる? 八丁もぐりとも言う」

「私、お味噌は全然詳しくない」

 パソコンの起動音が鳴り、ディスプレイに様々なアイコンが規則正しく並ぶ。

「んじゃ、鳥は?」

「好きよ。固くなってもいいから、よ~く煮込んでね」

 般若さんはインターネットでオンライン地図を呼び出す。

「じゃなくって、八丁むぐりの異名を持つ『カイツブリ』って鳥知ってる?」

「松尾芭蕉が詠んだ、かくれけり 師走の海の かいつぶり、の、カイツブリのこと?」

「そうそう、それ? ……やと思う」

「で、そのツブりんがどうしたって?」

 ブラウザ(インターネット閲覧ソフト)上で地図を拡大して古地図と見比べる。

「かわいいやんけ、そんな呼び方初めて聞いたわ。……そのカイツブリって、潜るねん」

「ふ~ん」

「潜って魚取るんよ、そのツブりんが」

「鵜飼いの鵜みたいね」

「そうそう、そんな感じ。でもな、カイツブリって鵜よりもっと小さいねん。その小さい身体で長時間の潜水するから、昔の人は感心して、いってうむぐり=一丁潜りとか、はってうむぐり=八丁潜り、とか呼んだんよ」

「ふ~ん」

 般若さんは生返事をしながらインターネットの地図を航空写真表示に切り替えている。

「これで、その水鳥を使って何とかしたいところやねんけど……」

「キメラって鳥と魚でできてるから?」

「うん、どうよ、この思いつき。これなら空からと水中からの攻撃をカバーできるから何とか……」

「発想はいいけど、そんなに都合よくカイツブリの神様とか存在すんの?」

「うん、心当たりがあるにはあるんやけど……」

「それともう一点いい?」

「なに」

「その神様連れてきて、どうやってその女の子達を守ってもらうつもり?」

「破魔子さんがやったように、俺の神様の力全て分離してその子達にかいつぶりの神様宿ってもらう」

「そっか、玄ちゃん複数の神様持ってるから女の子二人おっても大丈夫なわけか……、でも大丈夫なん?」

「もし俺がここで知らん顔したら速攻神様に愛想尽かされる。そのほうが神様も俺もよっぽど嫌やん」

 と、玄宗さんはまた電話する。

「あらあらあら、玄ちゃんのお人好しが神様にも伝染しちゃった?」


 何件か電話をして、やっと玄宗さんが顔を上げた。

「やっと居場所の確認取れた。ここからは直談判やな」

「やっぱし宅配便とかで送ってもらう訳にはいかんから、直に出向いて行くの?」

 般若さんは何度か拡大しながら地図と航空写真とを交互にプリントアウトしている。

「うん、鹿児島県やけどな」

 般若さん、それを聞いて固まる。

「おいおい、もっと近くにおらんの? ツブりん」

「そうそうこっちの都合に合わせてそういう神様がおるかいな。でもな、この神様、親子らしいから複数同時行動は可能かも」

「鹿児島までの距離はどうすんの? 私の知り合いに、青い猫型のお人好しおれへんよ」

「どうすっかなぁ、……とりあえず悩むのは性に合わんから動くか」

「でも玄ちゃん、静岡とは方向逆でしょ? そんなに時間ないんじゃ?」

「時間かぁ……」

 と、その時玄宗さんがひらめく。

「そうかっ! 時間はある程度買えるやんか!」

「それって……」

「おう、それで行く。またこっちから連絡するから後は頼む」

「了解っ! 何がなんだか全くわかれへんけど、こっちもそれどころじゃないから頑張ってね。どうせ私は保証人になられへんから」

 と、般若さんはプリントアウトした地図を持って、また天美家から借りた古い日記に戻り、

「私、この後あっちに手続き行ったり、色々移動したりするから連絡取られへんようになるけど、勘弁してね」そう言った。


 玄宗さんが走る。

 路上を走りながら電話をかける。

「お久しぶり~、どうよあれから調子は? 大丈夫? そっか良かった」

 電話の相手は言葉少なに答えているようだ。

「頼みがある。うん、力貸して欲しいんよ」

 電話の相手は、

「しばらくは休暇だから何でもどうぞ」と言った。

「じゃ、デートしよう? OK?」

「あらうれしい、でも何かありそうね」

 電話の相手は女性だけあって、さすがに勘は鋭い。

「正解! 色々あり過ぎて今、鹿児島行きのスカイデートの説明できん。そういう事で、時間の余裕全く無いんで、ものごっつ急いで俺の家まで迎えに来て」と、電話を切って玄宗さんは足をより高く上げて走る速度を上げる。

 切れたスマホを見つめて女性が、

「やっぱそういうことか」と、寂しそうに笑い、そのまま電話を別の場所にかける。

「今からそちらに向かいます。はい、休暇返上しますんで、今から言う準備と用意をお願いします」


「今マンションの下にいるの、降りて来られる?」

「二秒で行く」

 そう言いながら、玄宗さんはシルバーのフェラーリの運転席のガラスをコツコツコツとノックする。

「あら? 仕事帰り? それともこれから?」

「何言うてんの、今からデートに決まってるやんか」

「でもその格好……」

 女性がそう言うのも無理はない。

 玄宗さんは白い着物に白袴姿、そして、白足袋に白い鼻緒の桐の下駄を履いていた。

「そういう訳で、キミと今から鹿児島……」

「はいはい、そういうことね」

「そう、鹿児島までデートしよう」

 玄宗さんはきれいに掃除されているフェラーリの足元スペースに、自分の荷物である大きな風呂敷包みを置いて乗り込んだ。

「それはこの車でってこと?」

「いんや、この車じゃ遅過ぎる」

「やっぱりそうか。嫌な予感ほど良く当たるってね」

「ん? どゆこと?」

「会社に連絡したらちょうどキャンセルが一件あったらしいのよ」

「と、いうことは待ち時間なし?」

「そういうこと」

「何から何までありがたい。この埋め合わせはきっとする絶対する。それと、一軒だけ寄り道お願いできる?」

 女性は鼻で、フッ、と笑い、

「あなたには悪霊退散からストーカー撃退までしてもらったから。いいわよ、何でも言って」と、言ってギアをローに入れた。

 そうして玄宗さんたちはコンビニに寄り、そしてそのままその女性の勤める、小さな地方空港へと向かった。



 一方玄宗邸では……。


 般若さんが、日記と古地図から特定したそれぞれの場所の緯度と経度を、角成の携帯電話にメールで伝える。

 般若さんは驚異的な方向音痴の角成のために、バッグにポータブルGPSを入れておいた。

 それを使ってもらうためである。

「う~ん、ここまでは破魔子さんも割り出せたはず。あとは、儀式の行われた海岸と各呪物の行方……、と何だろ、これ? ちぎりいしって?」

 般若さんが長い髪の頭をくしゃくしゃ掻いた。

 そこに電話が鳴る。

「おう、姉ちゃん。今からしばらく携帯通じへんから」

「なに? 借金取りにでも追われてるの?」

「ドキッとするようなこと言うな。今日は借金取りにも警察にも追われてない、ちょっくら圏外になるだけ」

「あっそ、残念」

「それと、今から何人かの電話番号とかの個人情報そっちに送るから、場所を特定できたらその人達にも伝えて現地集合かけといて」

「了解、ほかには?」

「借金取りには『国外逃亡』って言うといて」

「もしくは外国で臓器売買で金策中ね、わかった。んじゃ、気をつけてね」

「おうっ!」

 般若さんはスマホに送られて来た連絡先に、ここだろうなという場所の緯度と経度に『今日の十九時に集合』と『玄宗の秘書H』という名前でメールを送信した。

 その直後、

「しまったぁぁっ!」

 突然般若さんがダイニングチェアーを『ガガガッ』と鳴らす勢いで立ち上がる。

「美人秘書にすべきだったっ……」

 白猫と黒猫が同時にくしゃみをした。



 そして、角成たちは……。


 角成のスマホが、かえでの着るジャンバーのポケットから、振動によって着信を知らせる。

 ちょうど駅前の駐輪場に単車を停めた角成は、まずかえでを気遣う。

「どう、痛みは?寒くない?つらくない?大丈夫? 何でも言って」

 その問いにかえでは、

「ひとつだけ……」

「何?」

「鼻毛出てる」

 角成はグローブをはめたままの手で自分の鼻を触る。

 その間にかえでは自力で単車を降り、角成にヘルメットを渡す。

「大丈夫? かえでちゃん。何でも言って、手伝うから」

 かえでは一人でスタスタ歩いていく。

 そしてくるりと振り返り、

「お化粧直してきま~す」

 と言った。

「だったら、……あっ」

 角成は思い出した。

 以前般若さんが、

「女性はトイレに行く時『おしっこしてくる』とか『ウンコしてくる』って言いたくないから『お化粧直し』って言うの」と言っていたことを。

 スマホの着信チェックを理由に、角成はなんとなく背中を向けた。


 メールが二件。

 一件は般若さんからGPSに入力する緯度経度。

 もう一件は玄宗さんから、

『たとえ破魔子さんにできんかったことでも、俺らチームが力合わせたら絶対にできる。必ず救う。待っててな』

 という文章だった。

 角成はカチカチに入っていた肩の力を抜き、新たに気を引き締め直す。

 駅前の小さなコンビニにかえでは入って行った。

角成は駅前の自販機でお茶を買い、横の清涼飲料メーカーのロゴが入った赤いベンチに腰掛ける。

 電話の着信履歴は一件、般若さんからだった。

 角成がかけると、

「玄ちゃんは地方出張から直に合流地点に向かうって。それと、そっちの地方の人達に応援頼んだから、もし誰かと会ったら、現地で助けてもらって」般若さんがそう言った。

「はい、ありがとうございます」

「でだ」

「はい?」

「そのかえでちゃんは、かわいいん?」

 そこにタイミングよく、かえでが現れた。

 かえではタオル二本を使って、右腕を吊っている。

「ねぇ、どうなん?」

 首にバンダナを巻き、うろこ状のあざを隠している。

「聞いてる?」

 そして、ベンチに座る角成を見つけて、かえでは『ニッ』と笑った。

 角成の記憶の中だけにいる、すべすべの頬を摺り寄せて笑い合ったあの頃のかえで。

 あの時の楽しい思い出と、今のかえでがダブる。

「 ……かわいい」

「なんかものすっごい腹立って来た。弟に彼女できた時ってこんだけ腹立つんか、くっそ~」

「えっ? 何か言いました?」

「いいえ、何も言ってません」

 般若さんは少しすねた。

「どしたの?」

 かえでは見とれている角成の顔を覗き込んで聞く。

「う~んと、なんでもないけど……」

 さすがに角成は『キミのかわいさに見とれてた』とは言えなかった。

 かろうじて、

「大丈夫そうなんで安心したら、ちょっとポ~ッとしちゃって」と、一部分のみ正直に言った。

「ポ~ッっと?」

「ポ~ッっとぉぉぉぉおおおっ?」

 かえでと般若さんは電話の向こうとこちらで同時に言った。

 しかしそれぞれの声は、かえで=うれしそう、般若さん=ものすごく不機嫌そう、という奇妙なステレオ状態だった。

「婿殿、トイレ行っとかないと。私は今ウンコしてきたから大丈夫だけど」

 かえでのこの発言に角成と般若さんは同時に、飲んでいたお茶が霧状になるほど盛大に吹いた。

「婿殿がウンコ行ってる間、私が電話、代わろうか?」

「げほっ、げほ」

 角成がむせながら手を振って断っている。

「げほっ、……へ~、婿殿ね、ふ~~~ん。今はみんな忙しいからアレやけど、おんどれ次に会う時にキッチリ説明せぇよ。わかったか、この、……ウンコたれ」

 般若さんがキレて電話も切れる。

「さっ、婿殿急ごう」

 そう言ってかえでは、通話が切れたスマホをボーゼンと見つめる角成の肩を、ポンと叩く。

「あっ、ゴメン。手洗ってなかった」

 かえでが角成にすまなさそうな顔で言う。

 角成は完全にあきれ返り、その直後こみ上げてくる笑いを止められず、しばらく苦しい思いをした。



  その頃玄宗さんは……。


 玄宗さんは蓮華座で瞑想している。

 瞑目し無心になるにつれて、いつもなら五感が冴えてくる。

 だがこの時は無心になるほど何かが、いや、誰かが近付いてくる。

 玄宗さんは最初それに抗った。

いつもなら抗い通すのだが、この時は何度目かにそれを受け入れた。

「いつでもワシがついとる。だから安心したらええ」

 それは嘉介老人だった。

 玄宗さんはなんとなくコンビニで、食パンにバターが塗ってありそこにグラニュー糖をまぶしてある『シュガートースト』を三つ買ったこと、そのことも今なんとなく理解ができた。


 今玄宗さんはヘリコプターに乗っている。

 そして、操縦しているのはフェラーリで迎えに来たお姉さんだった。

「長野さん、大丈夫?」

 操縦士のお姉さんが後ろに座る玄宗さんにヘッドセットのマイクを通して聞く。

 玄宗さんもヘッドセットを付けているが、瞑目し微笑を浮かべて涙を流していた。

「ああ、スマン。心配するよな、大の大人が突然泣いたら」

 玄宗さんがそっと答えた。

「良かったら何しに行くか、可能な範囲でいいから話してくれない?」

「うん、そうやな。デートやのに俺が黙ってたら、おんなたらしの名が泣くよな」

「えっ? やっぱりおんなたらしなの?」

「さっき、ある人に言われた。妖怪おんなたらし、って」

「やっぱしそうなのね。なんとなく安心した」

「安心したんか。で、俺は怒るべきなんやろか、それとも喜ぶべき?」

「喜んでいいよ、遠慮なく」

 そして操縦士のお姉さんは強引に話を戻す。

「鹿児島になにがあるの?」

「俺たちの未来が。 ……って言うべきやろな、おんなたらし的には」

「次に面白くないこと言って話を誤魔化そうとしたら、墜落っていうオチつけて、私たちの明るい未来ぷっつり絶ってもいい?」

「もうしませんもうしませんもうしません」

 玄宗さんは一生懸命謝り、そして一通りの事情を話す。

「私あなたに会うまでそっち系の話って、都市伝説系か詐欺系な話以外知らなかったから、なんだかすごく新鮮でいいわ」

「普通はこんな話は絶対誰にもせえへんねんよ。だいたいこういう話って詐欺かもしれんので、そこいらへんは要注意で聞いてちょ。何の実証も出来へん、ただの妄想かもしれん、大嘘かもしれん。そういう意味でもあやしい話やからね」

「大丈夫よ。『だまされた』ってなったら詐欺かもしれないけど『だまされてもいい』と思って覚悟したら、それは単なる自己責任だから」

 操縦士さんは『うふふ』と笑った。

「俺、だから大人の女性って好きなんよ」

 玄宗さんは後部座席から、お姉さんのヘルメットの後頭部に向かってウインクした。

「それでどこまで話したっけ?」

「隼の神様の翼をくっ付けるか、それとも呪いを分解するか」

「そうそう、それで、俺を妖怪呼ばわりする人とのやり取りで、カイツブリを思い出したんよ」

「芭蕉も詠んだあのカイツブリ?」

「なぜに今松尾芭蕉ブーム?」

「さぁ、知らない」

「まあええわ。実は……」

 玄宗さんはそ、カイツブリの神様の話に心当たりあったので電話で確認を取った。

 だが電話をかけた相手はカイツブリの神様とは無関係で、噂を聞いただけであった。

 玄宗さんは『噂』という細い糸を電話回線越しに手繰った。

 すると、カイツブリの神様を持つ人は、元々は兵庫県にいたらしく、紆余曲折あって、今は鹿児島にいる、ということを追跡の結果、確認できた。

「なるほど、それで今こうやって向かってる訳ね」

「そ。でもね、現住所教えてくれた人が言うてた」

「なんて?」

「ご家族が絶対に会わせてすらくれへん、って」

「なんか訳あり?」

「うん、実は入院中なんよ、しかも明日手術……」


 その人は一年数ヶ月前に脳梗塞で倒れた。

 それまで元気だったのだが、後遺症で右半身に重度のマヒが残り、それは本人の血のにじむようなリハビリという努力もむなしく、歩行や日常の動作が不自由になってしまい、その結果やむなくベッド上での生活を送ることになった。

 そして二週間前にもう一度脳梗塞の発作を起こし今日まで眠ったままの状態が続いている、という話だった。

 玄宗さんは無理を承知で何とか会わせてもらえるように頼んだ。

 だがそれは今日一日の様々な治療計画を中止することになるらしく、そのためご家族は初め断ったのだが、

「若い女性二人の命がかかっている」ということを玄宗さんが話し、

「何とかお願いします」を、しつこく繰り返した。

 そのためかどうかはわからないが、何とかご家族もしぶしぶだが了解してくれた。

 というやり取りを電話でしていた。


「だから行くのね」

「うん。俺、当たって砕け散るタイプやから。でも今回だけは砕けても散る訳にはいかん。何が何でも待ってる人達のところに神様お連れせんと」

「そうね。二人の命、しかもうら若き女性の命がかかってるんだものね」

「妖怪おんなたらしとしては、女性を救うのも仕事かと思う……、よね?」

「私が知るわけないでしょ、特殊妖怪の特技・特性・役割なんて」

 そして操縦士さんはすぐ笑顔を引っ込めた。

「この仕事してると、色々急ぎの物やら人やら運ぶことあるの。金持ちの道楽やら思い込みで荒唐無稽なことや馬鹿馬鹿しいことするのとかね。でもね、今回みたいな妖しすぎることってめったにないわ」

「そらそうやわな」

「私も何度か誰かの命を救うために飛んだけど、今日は何故だか本当に気合入ってるわ」

「頼もしいやんか。俺も絶対に何とかして二人を救うから」

「野暮なこと聞くけど、勝算は」

「ある! と言いたいけど、実は、行ってみんことには全くわからんのよ」

 玄宗さんは幼い頃、生と死の境を数日間さまよった。

 その時、なんとかこの世にとどまれるようおキツネ様が踏ん張り、そして宇賀神様のお力でこの世に戻って来られた、そういう過去を持つ。

 その事を操縦士のお姉さんに話す。

「ふ~ん。じゃぁ、今回はそれを他人にやってみるのね」

「う~ん、そんなこと俺にできるかどうかわからんけど……」

「じゃあどうすんの?」

「とりあえず助っ人のアテがあるから、当面はその人に助けてもらう」

 玄宗さんは自宅で着替える時に、

「ここから先は私に任せなさい」という声を聞いた。

 それは確かに嘉介じーさん、古市 嘉介の声だった。

 玄宗さんはこういった空耳系は全く気にしない。

 だがこの日は違った。

 玄宗さんは嘉介さんの陰陽師としての装束を出して、それを身に着けた。

 嘉介さんと体格が近かったので、玄宗さんが着ても誂えたかのようにぴったりである。

 そうなのだ『嘉介じーさんの力も借りる』それを自宅で着替えているときに漠然と玄宗さんは考えていた。

 また、先程からの嘉介さんの幻影が、玄宗さんに力と安心感を与えてくれた。

「そこで、ちょっとお願いできるかな」

 玄宗さんは真面目な顔でいう。

「国外逃亡以外なら何でも言って」

「もし俺が気を失った状態で一時間以上経ったら、俺の名前を七回、一分おきに呼んで」

「一分おきに長野 玄宗さん、って七回ね」

「うん。で、それでも目ぇ覚まさんかったら、俺の携帯のアドレス帳に『鬼』ってあるから、そこに電話して本当の名前聞いて、ほんでその名前を七回連続で呼んで」

「その次は七回連続ね」

「うん、お願い。それでうまくいけば俺は帰って来られる、……かもしれん」

「ちょっと待って。本当の名前ということは『玄宗』ってひょっとして……」

「源氏名ちゃうぞぉ~。玄宗は戸籍上の本名やぞぉ~」

「なんだ違うの? 友達紹介してもらおうと思ったのに」

「ごめんな、期待させて」

 大人の男女はうっすらと笑った。

「玄宗さん、一つだけお願いがあるの」

「なんや? 操縦代わってくれっていうのはナシな。俺、超能力使われへん」

「違うわよ。それに私もそんな能力ないわよ」

 操縦士のお姉さんは気を取り直して振り返り、玄宗さんの目を見て言う。

「月並みで申し訳ないけど、頑張ってね」

「うん、ありがとう。俺が頑張らんと、帰りにお姉さんは棺桶入りの俺運ぶことになるかもやから。死ぬ気で死なん程度に頑張るわ」

 玄宗さんはそう言って笑顔で片眼をつぶった。

 その顔を見て操縦士のお姉さんはため息を一つつき、

「ホントに操縦中で良かったわ」

 と、言った。

「何で?」

「操縦してなかったら、たぶん私あなたに抱きついてたわ」

「それが妖怪の手口ですから」

「おっとあぶない。私あっちの世界に取り込まれそうだったのね」

 操縦士さんが今度は明るく大きな声で笑った。



第二章 第二節 空と水と  終


第二章 魔女の杖

第三節 縁の下の力

          に続きます。

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