騎士の誓い【第五話】
投稿時間に大遅刻してしまい、申し訳ありませんでした…
毎週木曜日19時ごろに投稿しております。良ければブックマークの程よろしくお願い致します。
◆◆◆
「お疲れでしょうから、ゆっくりお休みください」
「ありがとう」
侍女長の優しい声に応えるように、リューシャはあえて明るい声で返事をした。
部屋の扉が閉じた瞬間、張り詰めていたものが、音を立てて崩れた。
「……一年後、か」
ぽつりと零れた声は掠れていて、驚くほど小さかった。
静まり返った室内。
外の気配は遠く、聞こえるのはリューシャ自身の呼吸のみだった。
リューシャはしばらくその場に立ち尽くしたまま、動くことができなかった。
『一年後』
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
『生贄』
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
理解はしている。
神の御子として神殿に連れてこられた時点で、いつかはそうなる運命だったのだと。
けれど、こんなにも、急に。
こんなにも、現実として突きつけられるとは思っていなかった。
「……っ」
(息が、うまく吸えない。)
自身の手が、震えていることに気づく。
視線を落とすと、指は小刻みに揺れていた。
(胸の奥が苦しい)
ゆっくりと歩き、ベッドの端に腰を下ろす。
俯くと、長い銀の髪が、さらりと肩から流れ落ちた。
「……こわい、な」
小さく、呟く。
声に出した瞬間、ぽたり、と雫が落ちた。
膝の上に、ひとつ。
また、ひとつ。
涙だった。
気がつけば、それは止まらなくなっていた。
十六歳の少女は、声を上げることもなく、ただ静かに涙をこぼし続けた。
「でも、私がやらなきゃいけないことなんだ」
そう思い込もうとする。
けれど、指先の震えは止まらない。
涙も、止まらない。
「一年だけ」
震える声で、呟く。
「一年だけで、いいから」
その言葉が、誰に向けたものなのかは、自分でも分からなかった。
ただ――
「……ちゃんと、見てみたいな」
世界を。
まだ知らないものを。
涙はまだとめどなく溢れてくる。
それでもリューシャは、静かに顔を上げた。
夕方の強い日差しが青い瞳を橙色に染め上げる。
その瞳は、迷いがありつつも確かに未来を見据えていた。
◆◆◆
その頃。
旧聖堂の中には、再び静寂が満ちていた。
重厚な扉が開き、一人の騎士が足を踏み入れる。
白銀の鎧。
迷いのない堂々とした強者の足取り。
エリオット・フェルディナンド=ルシウス。
聖堂の奥――六つの影の前で、片膝をついた。
「お呼びでしょうか」
低く、落ち着いた声。
その姿勢に、一切の揺らぎはない。
やがて、影の一つが口を開く。
「御子様についてです」
エリオットの視線が、わずかに上がる。
「一年後、御子様は生贄として捧げられる」
その言葉を聞いても、表情は変わらない。
だが、冷静なはずの騎士の瞳は、わずかに揺れていた。
「それまでの間、御子様は外の世界をご覧になられます」
別の声が続ける。
「騎士団長エリオットには、その護衛を命じる」
(主を守るのは当然の役目だ)
エリオットは迷いなく頷こうとした。
――だが。
「加えて」
次の言葉で、その動きが止まる。
「御子様の監視を命じる」
(どういう意味だ?)
エリオットは、わずかに目を細める。
「……御子様を、監視、ですか」
その声音は変わらない。
「不審な点があれば、即座に対処すること」
「はい」
疑問の声をあげる資格はない。
(監視……)
だが、その言葉が、エリオットの胸に引っかかった。
守るのは当然だ。
命に代えても。
それが騎士としての役目。
だが、監視とは。
まるで――罪人のような扱いではないか。
(御子は、姫様は、この世界のために犠牲になってくださる方なのに)
そのはずなのに。
「……承知いたしました」
何も問わない、反論しない。
忠犬という名に相応しい完璧な答えだった。
騎士は命令に従うものだ。
それが絶対。
やがて、用は済んだとばかりに沈黙が戻る。
エリオットは深く一礼し、立ち上がった。
「失礼いたします」
(これ以上、この場に留まる必要はない)
そのまま、エリオットは聖堂を後にした。
◆◆◆
日が沈み始め、回廊には影が落ちている。
足音だけが、静かに響く。
やがてエリオットは足を止めた。
拳を、ゆっくりと握る。
(一年後)
その言葉が、頭の中で重く響く。
(姫様が、死ぬ)
初めて、その事実を自分の中で言葉にした。
胸の奥が、わずかに軋む。
だが、それを押し殺す。
騎士団長は感情に流されない。
それがあるべき姿。
それでも――
脳裏に浮かぶのは、あの笑顔だった。
青い可憐な花を手に、無邪気に笑っていた少女。
「綺麗でしょう?」と、楽しそうに言った声。
(……)
目を閉じる。
そして、ゆっくりと開く。
迷いを振り払うように。
(私の役目は変わらない)
守ること。
それだけだ。
たとえその結末が決まっていようとも。
その歩みのすべてを。
その時間のすべてを。
――守り抜く。
エリオットは小さく息を吐いた。
そして、静かに誓う。
――姫様の笑顔も、命も。
そのすべてを、私が守る。
誰に聞かせるでもない、ただ一人の騎士の誓いが、その胸に刻まれた。
【五話完】




