1日目.身に眠るゼウス…zzz
澄んだ夜空の下、小さい灯火が一際輝いて見える。その灯火は、マリーゴールドのように鮮やかな橙色で思わず見惚れてしまう。
夜風が肌をかすめ、冷たさで体が震える。
慣れ親しんだこの地から離れると思うと、何処か怖く、寂しく、とても不安な気持ちになってしまう。幼い子供が初めて母のもとから離れ、保育所へ行く時も、恐らくこんな気持ちなのだろう。
出来ることならば、この地を離れたくはない。ここまで、造り上げたものを手放すのは…。
心の奥に眠る、玩具を取り上げられ駄々をこねる子供心が呼び起こされる。思わずこの足を止め、後ろを振り向く。
こちらへと、迫る数多の光が見え始めたことに気がつく。残された時間は数少なく、刻一刻とその秒針を磨り減らしている。
「必ず戻ってくるから。絶対に…取り戻しにくるから。覚悟しておけよ、■■□□■。」
七色に光輝く川底を目指して身を投げる。川は冷たくもなく温かくもなく、ただ個体としての情報を淡々と処理をする。体が感じる粒子が一粒、一粒…通りすぎる度に、意識が現実から遠退いていく気がする。いや、遠退いている。
世界の想像主、私は新たに三次元世界に産み落とされる。
この処理しきれぬ力を、無作為にばら撒き、私は…いや、俺はアノ目印へ駆けて行く。
―未明に発生した、隕石消失事件で今世間はざわついている。かという俺、八嶋アカネも、その事件で少なからず動揺はしている。
朝日が上り、通勤ラッシュに体を揉まれて電車へと乗り込む。左右前後から止めどなく攻撃を受けて、俺のHPは弱攻撃を当て続けられ徐々に磨り減らされていく。時々、吐き気を催すほど気分が悪くなることがある。いつもは、こんなことで気分は悪くならなかったのに…。
いつも見慣れているはずの景色、体験。それらの情報が、いつにもなく鮮明に頭へと雪崩のように流れ込んでくる感覚がある。前の女性がこの後、電車の揺れでこちらへ倒れてくる…そんな映像が見える。いや、気のせいだな。そんな都合のいいことなんて、容易に起こるはずなんてない。
自分なりに、今のこの現象について言い訳を…理由付けをしているだけに過ぎない。…そう思っていた。先程、脳裏によぎった映像通りに前の女性が電車の揺れにより、こちらへと倒れてきた。咄嗟に、女性の体を支える。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
「えっと、ありがとう…ございます。助かりました。」
さっき、脳裏によぎった映像は…いやいや、こんなのはあり得るありきたりな現象に過ぎない。実際に予知する能力を得ていたとしたら、これから学校で起きる事象も予知することだって可能なはず。それが出来ないってことは、これはただの偶然だという証拠である。
"あいつら、まだ来ないのかな?早く来いよ"
突如、脳内に声が響いてくる。鼓膜伝いに振動している音以外に、脳芯に響く爽やかな声。今朝から、ぼんやりこの声がこだましてくるのが鬱陶しい。睡眠時間は十分にとっていたはずなのにどうしてだ?疲れか?
何はともあれ、無事に学校へと到着した。いやはや…学校はつまらなくはないが、ありきたりで面白味がないな。こうして、友人と話していても新たな発見があるわけではない。
"どうしてだ"
自分が1人、広い草原に取り残されている。この、なんとも言えないような喪失感は…。なんなんだ?
机に顔を突っ伏せ、机の冷たさを直に感じる。人とは違い、こちらに合わせて机はその温度を変えてくれる。これが心地いいんだ。
…いや、明らかにおかしい。昨日までとの感じ方がまるで違う。
俺は、こんなに周りに無関心な人間じゃない。
"そうなのか?"
[そうだよ]
"何があったんだ?"
[今思い返すと、頭に響くお前の声が聞こえはじめてから歯車が狂ってきている]
"とんだ言い掛かりだな…でも、お前が虚無感を抱いているのは元々だろう"
[そんなことはない]
"いや、気づいていないだけだよ"
[…]
"お前が、今抱いている虚無感は他者に向けてではなく、自分自身への感情"
頭が痛いな、額から汗が滲みでてくる。息が浅く、速い息づかいが次第に大きくなっている。
気づけば、俺は両手を振りかぶり机に叩きつけていた。
「どうした?アカネ、ちょっと…」
「うるさい!!その声が頭に響いてくるんだよ。お前のせいで俺は変わったんだよ。何が『元々、そうだよ』だ、お前が俺を変えたんだろ!!そうだ、絶対そうだ。少しは黙れよ」
言い終えてから気づいた。今、とんでもないことを言っていた…と。
普段の教室ではあり得ないほど、その空気は冷たく、重いものとなっていた。目の前の友人の目もまともに見えない。いや、見たくない。
「アカネ、ちょっと勉強がつらかったか?話なら、いつでも聞くぞ…」
なんだよ、その目は…。拒絶するなら、はっきり拒絶してくれよ。口角をひきつらせた友人の、歩み寄るその手を思い切り振り払う。手の甲が熱く、ジンジンと火照る。友人の冷たい頬が熱を持ちはじめたこと俺の五感が覚えた。
「「いや、俺ただ…アカネが心配だからさ…!?おまっ…なんで、俺が話す内容をシャドーイングみたいに出来んだよ」」
咄嗟に口を押さえたが、既に行動は完結していた。友人が話す"言葉"が《口の動き》《喉の動き》《呼吸量》…ヤバイ、気持ち悪い。起こる出来事、1つ1つ先が手に取るように解る、この感覚が兎に角気持ち悪い…。複雑だと割りきって、みんなが過ごしてきた《人の感情》というものも、単純な生物反応なのかもしれない…その行動1つで次の行動も決まっている。
考えたくもない。あってたまるか…でも、所作の1つ1つによる感情の揺らぎが、生体反応として、見える…。
ふと、廊下へ目を向ける。生徒たちの雑踏なかに、一際異質な存在を見つける。その姿は、形を確かに型どられていなく、山羊のような揺らめきの形をしていた。教室の扉に手を掛け、こちらへ気を掛けるような素振りを見える。
「なんだよ、あれ…」
「おいアカネ、何が見えてるんだよ」
なんだろうな、俺はアレを知っている気がする。なんか、懐かしい気持ちが…。
この場に、似つかわしくない感情を抱いている自覚はある。しかし、先程までの動悸がなぜか落ち着くんだ。指先が自然と、アレに向き、向かう。
"アカネ!!避けろ!!"
頭上から、校舎を裂く衝撃波が降り注がれた。瓦礫に混じるガラス片が、不規則に光彩を屈折させ独特な輝きをみせる。と同時に、周囲には朱の液体により、鮮やかに体を彩った。
"この出血では助からない"
[うるせえよ…]
"体温30度を下回った…無理だ"
[解ってるよ]
"海の香りがしてきたな…、送り出してやれよ"
[…]
どうしてなんだろうか。あんなに気持ち悪かったのに、なぜか今は頭に取っ掛かりがなくなり、思考が塞がれない。
どうしてなんだろう。冷たくなっていく友の体を抱き寄せても、アツくなれないのは…。
なんでだよ。先が見えるなら、こうならないように立ち回るだろ。
見えないって教えてくれていればよかったのに。
失う悲しみ、寂しさで押し潰されたいのに、その状況ですら止めどなく情報が非情にも処理してくる。
後ろを振り返れば、そこには見たこともない異形がこちらを見ていた。その姿は煙のような不確かな形と、7色に発する実体を有している。この場では不適切かもしれないが、思わず見惚れてしまった。今までに見たことがない、その輝きは新たな出会いだった…。
「おい、ゼウス…そのガキに隠れてないで出てこいよ。」
ゼウス?聞き馴染みのある神様の名前だが、俺に向かってアイツは言っているのか?
「おい、俺に向かって言ってんのか…ん?」
なんで、こんな傷心しているのにおかしな奴に付き合わなくちゃいけないんだよ…。
「今は、そんな冗談「「裏切者じゃん、こんな早く俺を殺しに来るとは思んなかったよ」」言ってる場合じゃないだ」
!?、気づけば手をあげ、目の前のアイツ…いや、イズカリヨテに気さくに話しかけていた。
慌てふためいて手を下ろそうとするが、錯誤する動きに混乱する。
「相変わらずなんですね、あの時から何も変わらない」
?わらった…のか。揺らぐ輪郭からは微笑みとも読み取れる温かみを感じた。それは、安堵と苛立ち、蔑みが入り交じっている。じめつく空気が、なによりそれを教える。
暗転した視界に、理解が追いつかない。痛ったいな…体が、関節の節々も悲鳴をあげる。
顔をあげれば、目の前は赤のコントラストがよく効いて物の境界が曖昧である。
<緩衝><即硬化><着後・硬化除><><><液体・蓄><流出阻害><><>…
"いきなり、当てに…コンニャロォ~"
"おい、アカネ大丈夫か?"
「防ぎましたか…いや、耐えうる強度まで落としたのか」
体に力が入らない。末端の指先までがビリビリと震え、満足に動こうとしてくれない。何が…。
最後に、見た景色はここで途切れた。深く、水のなかに体を預けて沈んでいく。天井からは日差しが差し込んできているのが遠目にわかる。俺は、あの不可解な声のもとへ誘われ、何をされるのだろうか。もう、この体は抵抗というモノも忘れ去っていた…。




