第1話:同性同士同棲!?
―目覚ましが鳴る前に、キッチンから金属音が響いた。「……あっつ!」フライパンを持つ手を振りながら、三浦遼は小さく悪態をつく。慣れない料理をする三十歳の男の動きは、どうにもぎこちない。
「遼、火力強すぎ。スクランブルエッグじゃなくて“焦げた何か”になってるぞ」背後からひょいと腕が伸び、フライパンの取っ手をつかんだのは幼馴染の篠原慎だった。半袖にエプロンという軽装の慎は、遼の慌てぶりに無言でフォローを入れる。
「朝から指導すんなよ……自分でやるって言っただろ」「言ったのはお前だけで、できるとは言ってない」「おい」
そんなやり取りをしていると、階段からトテトテと軽い足音。「おはよ〜……あ、今日の卵、形がやさぐれてますね」寝癖だらけの髪を揺らしながら、七海紬が笑顔でキッチンに入ってくる。パーカーの袖を引きずるその仕草は、見ているだけで心がふわっと温かくなる。
「紬、お前まで言うな……」「いや、これは言いたくなるレベルですよ? これ、卵……です?」「卵だよ!」
遼が必死に言い返している間に、慎は味噌汁を完成させ、テーブルに並べる。「紬、そっちの皿運んで。遼、焦げ部は諦めてこっちに盛れ」「はーい」「指示が多いんだよ……」
文句を言いつつも、遼は素直に皿を並べる。この三人暮らしは、毎朝どこか騒がしく、それでいて妙に心地よい。
――ただ、冷蔵庫に貼られた 紙でできた優勝メダル と手紙が、ひっそりと時間を止めていた。色あせた紙のメダルと少し曲がった手紙が、かつてこの家に子どもがいたことを静かに物語る。紬はそれをちらりと見たが、何も言わず微笑む。慎も、遼の視線に気づいた瞬間、さりげなく話題を変えた。
「そういえば遼、今日の買い出しどうする? 米も洗剤も切れかけだぞ」「……ああ、あとで行く」「一人で?」「行けるって。子どもじゃねぇんだから」「火力管理も怪しいやつが何を言う」「ほんと慎さんって容赦ないですよねぇ」
紬がくすっと笑い、遼は苦い顔をして味噌汁をすする。
――その時、遼は思った。「……なんで俺、男二人と暮らしてんだろ……」
とは言いつつも、不満ではなく、胸の奥はじんわり温かい感覚にホッとする自分がいる。これが男3人、同性同士同棲の日々の日常だ。
それも今思えばあの日から始まったんだよな・・・
初めて三人で暮らす日。遼はまだ荷物を片付けきれておらず、段ボールの山の前で腕を組んでいた。
「……どっから手つけりゃいいんだ、これ」
慎はそんな遼の横で黙々と段ボールを開け、ラベルを確認しながら仕分けを進める。その手つきは相変わらず無駄がない。一方の紬は、開封した箱から雑貨を取り出しながら部屋をひょこひょこと動き回る。
「ねぇ遼さん、これ、どこに置きます?」「えーっと……その辺でいいよ、まだ分けてないし」「了解〜!」
紬は返事だけは元気だが、置く場所は割と適当だ。慎がすぐさま後ろから回収して、整え直していく。
「紬。そこは食器じゃなくて食材入れるんだ」「あっ、ほんとだ。ごめん慎さん〜」「遼が教えないのが悪い」「おい、俺のせいかよ」
そんなやり取りがまだ何も整っていない部屋に、わいわいと三人の声がく響くのが不思議なほど心地よかった。
昼には近所のスーパーへ三人で買い出しに行った。カートを押すのは紬、メモを持つのは慎、遼はその後ろをついていく。いつもの三人の並びだ。
「慎さん、この調味料ってどっちが安い?」「右。容量あたりで考えろ」「は〜い、先生〜」「お前も覚えろ、遼」「なんで俺まで怒られんだよ!」
紬の笑い声に、慎のため息、遼のぼやき。その全部が、やけに柔らかく聞こえた。なんだかんだ楽しく三人で暮らす未来が、すこしだけ形を帯びていくような時間だった。
午後は家具の配置で揉めに揉めた。テレビの位置、ソファの向き、棚をどこに置くか。慎は合理性ばかり考え、紬は“見た目重視”。遼は真ん中で翻弄され続ける。
紬「この棚は絶対こっちの角がいいって!」慎「動線が悪い。掃除もしにくい」「いやいや、慎さん動線でしか物事見てなくない!?」「お前は見た目だけで決めるな!!」「ちょっと待て二人とも! 俺の意見は!?」二人同時に『「聞いてない!!!」』「うっ、ひどくね!?」
散々だったが――ふと、自分の声がどこか楽しそうに響いているのに気がづいた。
***
夕方、ようやく片付けがひと段落した。遼はソファに腰を下ろし、深く息を吐く。汗ばんだ額に、窓からの柔らかい風が心地よい。
視線を向けると、紬は窓際で小さな飾りを並べながら外を眺めている。その横顔は太陽にかすかに照らされて、なんだか嬉しそうだった。慎は最後の段ボールを平らに畳み、無言で玄関へと運んでいく。いつもの仕事のように淡々としているが、その背中はどこか軽い。
三人の動きが、自然に溶け合っていた。それが遼には妙に不思議で――そして、少し照れくさかった。
「……とは言いつつも……なんだか楽しいな」
ぼそりと呟いた声は、誰にも聞こえなかったかもしれない。でも確かにその瞬間、遼の胸には“ここにいていいんだ”という安心があった。
初めての三人暮らし――ぎこちなくても、騒がしくても、確かに居場所がある。そんな温かさが、夕日と一緒に部屋を満たしていく。
――こうして三人の初日は、賑やかで、そしてほんのりと幸せな一日として終わったのだった。




