撤収と帰還
「つまりじゃ、うちの孫は、あんなのだから、辺り一面的だらけ、殺人に次ぐ殺人で、うちの若いもんも、殆どが死にかねない
だから、手ごろで、強い物が、必要なわけだが
娘が連れてきたのが、結果きみだったわけだよ、おじょうさん、すまないが、百万円で、頼まれてはくれないか」
私は、それが、これからの対価に対して、高いのか安いのかわからない
工事現場で死ぬことは無くはないが、そんなしょっちゅう死ぬものではない
しかし、目の前の鼻歌を歌いながら、血をタオルで真っ赤に拭いて染め上げている
女が、居ることで、到底まともな仕事ではない
私は、その札束の詰まった封筒を、一つも触らずに、そのまま、ドアを出て言ったらどうかと考えてみた
いや、実際には、出ていこうとした
「おじょうさん、忘れ物だよ」
私は、振り返りたくなかったが
老人が、こちらを見ている
いろんな人間を見置てきたが
何だろうこの威圧感は
いや、威圧だけならいい
それは嘘であることも多い
しかし、目の前の、それは、まるで、虫かごの中をのぞく飼育舎の目だ
「おじいちゃん、彼女は受けるよ」そう言って、老人によりかかるように、その女は言うと
「ねえ」
とこちらに同意を求めるようなことを言ってきた
しかし、私は受けたくなどなかったし受ける義理も、理由もない
しかし、ここから出て生きていけるような未来を、私はなぜか想像できなかった
「ほら帰ってきた」
帰って帰宅など全くなかった、いや、実際問題帰ってきたくなどはなからない
しかしながら、私が回れ右をして、帰った理由は、どうも、奥の方
あのシャッターの方で、先ほどから、やけに騒がしく
「かたき討ちじゃい」
とか
「これであいつらも火だるまじゃい」
とか、物騒極まりない言葉が、連続して聞き取れていた
「ねえ、おじい様、帰ってきたよ
私の賭けの勝ちだよおじいちゃん」
そのころころ変わる名称を、やめいと、私は言いたかったが
それでも、その声は、表に出ることなく、騒がしく向こうの方から来るざっとうに掻き消された




