第二章 湖畔の夜(後)
蒼汰は少し勇気を出して、千夏の隣に座った。
湖面に映る月明かりが、二人の影を柔らかく揺らしている。
「君の、昔の村のこと……もっと聞かせてくれないか?」
蒼汰が尋ねると、千夏は小さく微笑んだ。
「この村には、四季折々の祭りや、湖の神様を祀る小さな祠がありました。みんなで集まって踊ったり、歌ったり……とても賑やかで、楽しいところでした」
蒼汰は想像する。
湖がまだ村を抱いていた頃、人々が笑い声を響かせていた光景を。目の前にいる千夏は、その時代からやってきた少女なのだ。
「……君の話を聞くと、なんだか懐かしい気持ちになる」
蒼汰は思わず口にしたが、視線は湖面に落ちたままだった。
千夏は少し間を置き、目を細めて月明かりのほうを見た。
「そう……ですか。わたしも、こうして話していると、少し落ち着きます」
互いに言葉は交わすものの、まだ心の奥までは触れ合わず、静かな距離が二人を隔てていた。
それでも、初めて出会った夜の湖畔で、ほんのわずかに心が通じた感覚だけは確かにあった。
風が湖面を撫で、二人の間に穏やかな沈黙が流れる。
言葉は少ないけれど、心は確かに通じ合っていた。
蒼汰は気づく――初めて誰かと、自分の孤独を分かち合える瞬間かもしれない、と。
「また、明日も……ここに来るのか?」
千夏が小さく尋ねる。
蒼汰は少し考え、頷いた。
「ああ……もし君が来るなら」
月明かりが二人を包み、湖は静かに二人の約束を映していた。