第一章 湖畔の出会い
夜の帳が村を包む頃、相川蒼汰は家を出た。
家の明かりを背に、静まり返った未舗装の道を自転車で進む。両側に生い茂る草の葉先が、風に揺れてささやく音だけが響く。
母を亡くし、父と二人で暮らす日々。蒼汰にとって、この夜の湖への散歩は、ひとときの心の安らぎだった。誰もいない湖畔で、ただ水面を見つめる時間――それが、日課になっていた。
やがて湖が視界に入り、静かな水面に月明かりが映る。銀色に揺れる水面を前に、蒼汰は今日も、何か答えを求めるように立ち尽くした。
ふと視線を落とした先で、異様に静かな気配を感じた。
――誰かいる。
湖畔に立つ少女。白いブラウスに黒髪を揺らし、古の時をそのまま連れてきたかのような佇まいだった。彼女は迷いなく蒼汰を見つめ、小さく頭を下げる。
「宮瀬千夏です……この村に住んでいる者です……あれ、ここは……自分の知っている村じゃない……?」
目の前にいる少女は、どこか懐かしく、しかし見たことのない雰囲気を漂わせている。
どう考えても説明がつかない――けれど、目の前の少女が本当にこの村に住んでいるというのか?
胸の奥がざわつき、心臓が高鳴る。彼は震える声で訊ねた。
「……君は、どういう人なんだ?」
「……君は、どうしてここに?」
千夏は水面を見つめたまま、ゆっくりと答える。
「わかりません……でも、ここに導かれた気がして……」
その言葉に、蒼汰の胸は不思議な熱に包まれた。
偶然ではない、何かに導かれるように出会った――そんな気がしてならなかった。
夜風が湖面を撫で、二人の間に静かな時間が流れる。
蒼汰は、自分の孤独を初めて誰かと共有できるかもしれない予感を覚えた。
一方、千夏もまた、この見知らぬ未来での出会いが、これからの自分に何をもたらすのかを、まだ完全には理解できずにいた。
水面に映る月は、二人の運命を静かに見守っているかのようだった。