初恋
「嘘⁉澪奈ちゃん、洋輔と付き合ぉとんの⁉」
千代は耳をふさぎたくなった。この声は一言でもわかる。桃絵だ。関西から来た、バリバリの関西弁で珍しいほど声が高い。将来は声優を目指してるらしい。千代は初めてそのことを聞いたとき、いや今でもだがヘリウムガスでも吸ってるのかなと思う。
桃絵と澪奈、千代は同じ塾、ほかにも何人かがいるが。その洋輔というのはそこの塾にいる男子。近くの共学校に通っていて、結構かっこいい。澪奈からは何度もあの人が好きだと千代は聞かされていた。千代はそのことを初めて聞かされた。結構ショックだったのは千代も少し思いを寄せていて、もう片思いできないということだ。しかし、共学にいる男子と付き合える女子高の生徒なんて珍しいのではないか。そんなことで千代の心はこれ以上考えたくないというほど満タンだった。
「共学の男子と付き合えるなんて、ほんま珍しいこっちゃねん。澪奈ちゃんはええな」
千代は桃絵の大きな声にイラっとした。
(澪奈ちゃんはれ(いな)じゃなくて(れ)いなだから)
そう思っていると授業が始まった。
その日の放課後
「澪奈ちゃん、洋輔と付き合ってるって本当?」
「本当だよ。」
澪奈は平然と言ったが、まんざらでもない様子だった。
「どっちから告白したの」
「私」
澪奈は、少し顔が赤く下を向いていたが小さな声で答えた。
「で、洋輔がオーケーって?」
澪奈は声も出さずにうなずいた。澪奈が限界のようなので、千代は本当はもっと聞きたいことがあったがこれくらいにしておこうと思った。
その日の塾。少しだけ様子がおかしいのは当然だろう。みんな澪奈と洋輔が交際してるって気づいてるんだ。二人はいつもより楽しそうに話しているし、洋輔も桃絵や私にへの態度が、少し友達っぽくわざとしているようだ。
(私は、好きな人なんていないけど…そういえばお父さん女子校に入れば結婚が遅れるって言ってたな。大丈夫かな。塾でもタイプの人全然いない。ていうか私のタイプって?テレビでは顔だと水谷 明かな。で優しくて、話しかけやすくて…こんなんだからいないの?)
「…さん、千代さん、千代さん呼んでるんです」
「あえ?あ、はい」
「?」
「?」
「聞いてなかったんですか。だから、問3の⑤」
クラスのちょっと意地悪な女子がくすくすと笑っていた。そこに桃絵もいた
(何よ)
次の日からも、澪奈と千代は仲良く一緒に帰った。だけど
「れいなちゃーん」
二人が振り返ると、そこには桃絵がいた
「っはぁ…はぁ今日は、おばあちゃんのうちに行くん。一緒に帰ってもええ?」
「いいよ」
千代がまだその言葉を理解できていないうちに、澪奈は言った。
(私は嫌だ)
と千代は心の中でつぶやいた。
「澪奈ちゃん、うちのおばあちゃんちょっと体が弱いの。あはは当たり前やな。で、毎週水曜日は会いに行っとるん」
桃絵はやはり澪奈に積極的に話しかけた。千代が話しかける暇なんかないぐらいに。
(だからいやなの!桃絵ちゃんあんまり好きくない)
「いやだ。私は澪奈ちゃんと二人で帰りたい。桃絵ちゃん私が話せないようにしてるのわざとでしょ。」
「わざとなんかやない。千代ちゃんがしゃべらなさすぎるだけやで。そら無理一人は嫌やさかい。うち寂しがり屋やねん。せやけどそう思うてたならすまん。千代ちゃんのしゃべれる場所作るさかいに。ほら、ウチおしゃべりやさかい。」
早口な関西弁に千代はついていけなかった。
「もう一回行ってくれない」
「すまんすまん。うちはわざとやないことと、ごめんゆうことと、気を付ける言いたいだけやから。」
桃絵のホントに済まなそうな顔にどうしてもだめといえなかった。
「ぜったいね」
その日は、ちゃんと
「千代ちゃんは?」
と聞いてくれた。でも桃絵は毎週水曜日ほんとに毎回ここに来た。そして、千代のしゃべる場所を奪っていった。ちゃんと話せば間を開けてくれるのだが、桃絵は毎回それを忘れるだから
「うちが、場所とったんやったら、教えたってな。自分でわかれへんくらい興奮やってまうの。」
といった。それから千代は何となく桃絵と仲良くなれるようになった。だけどやっぱり、桃絵は千代と澪奈に対しての態度の違いの差が大きい。千代がうるさい時は
「静かにしとって!」
と怒るのに澪奈に対しては
「澪奈ちゃん、ちょっとだまっといてくれへん?」
と静かに聞く。ほかの子にも澪奈のように聞く。
(これはおかしい。いじめの前兆?)
千代が大げさにそう思った。だから、千代は桃絵と話をしようと桃絵をだれも使わなくなった、学習室3へ連れてった。
「桃絵ちゃん、私への態度おかしいでしょ平等に接しなさいよ」
「気づかれちゃったか。話すわ。アニメって声からかわれて散々だたんや。いじめられとった、シカトされた。いややったあないなとこにおんのが。せやさかいここに来てん。楽しいと思うたのに、澪奈ちゃんみたいな、きれいで頭のええ女子がなんで平凡な人と仲良うしとんのって思うて。それが千代ちゃんよ。千代ちゃんは何の変哲もないのに、澪奈ちゃんみたいな人と仲良うしとんの?ずるくない?何にも努力してへんのに。それに」
「ちょっと待って、私が何の努力もしてないとでも思ってる?はぁ?受験してここに合格するためにどれだけ頑張ったと思ってんの」
「せやけど、澪奈ちゃんはウチなんかに見向きもしてくれなんだ。せやさかい、アピールしに行ったん。おっきな声で話しかけたり、ええ意味やのうてもええからウチに気づいてほしいって。おばあちゃんちに行くのなんて嘘。澪奈ちゃんと一緒に帰りたかっただけ。千代ちゃんが邪魔やったから、話す場所奪ったの。ばれた。澪奈ちゃんには悪い人って思われた ないから、ちゃんと言うとおりにした。せやけど話す場所はあげたくなかったから、毎回忘れるふりした。千代ちゃんがウチのことよく思っとれへんのも、近づいてほしくないのもわかっとった。せやけど澪奈ちゃんに近づきたかったから、千代ちゃんの言うこと聞かなんだ。すまんな。」
桃絵は少し悲しそうに言った。千代も居心地が悪かった。いやだと思ってた桃絵は小学校でいじめられてたなんて。きっと澪奈は桃絵のこと悪く思ってないよなと千代は思った。つまり誰も相談する相手がいないということ。澪奈は悪口とか嫌いだからそういうことは聞いてくれない。
「いいよ。でも、これからは私とも友達になってほしい。澪奈ちゃんだけなんて不公平だよ。」
「でも、うち、小学校で仲良し3人組がおったん。せやけど、ウチの知らんところでウチの悪口言うてたり、二人だけで遊んでたり、ウチがいじめられる前からそうなっとった。せやさかい3人は嫌。せめて偶数がええ。そういえばむしろウチのいじめが始まったのも、あの二人やったな。思い出したら怖 なってきよった。せやけど3人しかあれへんねんな。しゃあない。ウチがやっとんのがはみごっちゅうのは知っとる。」
「ちょっと待って、はごみってなに?話から行くとせやさかいはだからでしょ。」
千代は話に流されないように聞いた。桃絵と話すのは相当疲れることだなと千代は思った。
「はごみっちゅうのはな、東京弁だと仲間外れや」
「ふうん。あ、3人がいやだったら亜優美さんも呼べばいいんじゃない。」
「やっぱりうちは嫌や。亜優美ちゃんなんかと仲良うしたら、佐江さんにどう思われへん?いじめられるかもしれあれへんねん。」
「でもそれじゃあ亜優美さんがかわいそうじゃん。人付き合いにはそれくらいの覚悟がないとだめ。できないんだったら、あんたはずっと一人だよ。」
「じゃあええよ。でもうちは友達グループは苦手やから。」
桃絵はそれだけ言うと「じゃあな」と言って去っていった。それからは、千代と桃絵も仲良くできるようになった。千代は相変わらず、桃絵の声の高い大阪弁にはむかつくけど、それも仕方ないと思った。そんなある日
「千代ちゃんどうしたの?今日ちょっとおかしいよ」
放課後に澪奈が聞いてきた。
「う~ん」
「この頃そういうこと多いよ。桃絵ちゃんのせい?」
「うん、まあ」
千代はこの前会ったことを話した。
「で、悩んでるのはその桃絵ちゃんが亜優美ちゃんを入れてくれないってことか」
「うん」
「じゃあ私が説得しとくわ」
そう澪奈が桃絵の場所へ走っていった。千代はずっとその光景を見ていた、澪奈が豆粒ぐらい小さくなったときに先生に見つかり、廊下は走るなといろいろ言われてしまったみたいだ。千代は気分が乗らず、ふらふらと校庭に出た。冷たい風が千代のほほを触った。千代は秋が来たんだなと実感した。びゅーーーと強く冷たい風が吹きつけた。千代の髪がなびいて体が前に押し出されそうになった。
「あっ」
千代は誤って自分のプリントを飛ばしてしまった。今日の宿題のことが書いてあるプリントだったのに。千代はカバンを下ろし、ノートを出して一ページぺりっとめくり記憶をたよりにノートに書き写した。また、ノートをしまって歩き出した。
「野村。よもぎの中学1年生か、」