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6 公爵夫人

(うーん、やっぱりこうなっちゃうとは思っていたけれども)


 キャロラインとクロークが二人揃ってパーティー会場に姿を見せると、その場にいた貴族たちは一斉に二人を見て騒然とする。恐怖に慄く顔をするもの、目線を逸らして絶対に視界に入れようとしないもの、後退りをするもの、反応はさまざまだ。そんな反応を、クロークは気にもしていない。


「見て、夫人が着ているドレスって、まさかクローク様の瞳の色じゃなくて?」

「おいおい、あの派手好きなレギウス公爵婦人がいつもよりも地味な上に、レギウス卿の瞳のドレスを?信じられない」

「そういえば、夫人は頭を打って人が変わったと噂で聞いたが……関係あるのか?」


 ヒソヒソと周囲からはキャロラインのドレスについて小声で話す声が聞こえてくる。


(私が頭を打って別人みたいになったこと、もう噂になってるのね)


 クロークがあえて噂を流したのだろうか?チラ、とクロークを見上げると、クロークはキャロラインと目を合わせようともしない。


「これはこれはレギウス公爵夫人。お久しぶりですね。今日は……旦那様もご一緒ですか、随分と珍しい」


 突然声をかけられてそちらを向くと、そこには一人の令息が立っていた。


(ええと、この人は確か……ファルガディア伯爵家の令息、ルーベル様、だったかしら。頭を打つ前はキャロラインとよく社交場で話をしていた、というか、キャロラインが色目使ってたような気がする)


 既婚者かつ悪女と名高いキャロラインの色目を嫌がるどころか面白がって買うような男だ、まともなわけがない。恐らくはキャロラインの体目的なのだろう。いかにもいつかそういうことに、と思っていそうな笑顔をしている。


 内心ではうわっとドン引いているが、そもそも色目を使っていたのはキャロライン自身だ。頭を打つ前の自分の行動に絶望感さえ感じるが、表情には出さずになるべく精一杯の微笑みで挨拶を返す。


「ファルガディア卿、お久しぶりです」

「あなたがそんな地味なドレスをお召しになるなんて珍しいですね。せっかくの美貌が台無しだ。それに……その色はまさかレギウス卿の瞳の色ですか?呪われた瞳の色のドレスを着るだなんて、不吉ですよ。階段から落ちて頭を打ったとは聞いていましたが、そのせいで色の感覚までおかしくなってしまわれたのですか?」


 心底心配そうな顔で言っているが、内容はいたって失礼極まりないものだ。会話の内容が聞こえていたのだろう、近くにいたクロークはルーベルを睨みつけている。


「ファルガディア卿、そのようなことを言うのはクローク様に対して失礼です、おやめください」


 キャロラインが毅然とした態度でそう言うと、ルーベルは目を丸くして口を開く。


「おやおや、悪女と名高いあなたが、まさかレギウス卿を庇うようなことを言うなんて。頭を打って本当におかしくなられてしまったようだ」

「……そう、ですね。頭を打ってから私は、今までの私が本当に酷くあさましい人間だと気がつきました。皆さんにすぐに理解してもらえるなどとは思っていません。ですが、私は今までのような私ではなく、真っ当な公爵夫人として生きていきたいと思っています。ですので、クローク様を侮辱するような方とは申し訳ありませんが距離を置かせていただきたいと思います」


 そう言って、キャロラインは静かにお辞儀をした。その姿に、ルーベルもクロークも、キャロラインたちを見ていた周囲の貴族たちも驚いている。


「……はっ!距離を置く?勘違いしないでいただきたい。色目を使ってきていたのは夫人、あなたの方ですよ?レギウス卿との婚約者時代から俺にホイホイと近づいて来ていたのはあなただ。別に今更あなたが距離を置きたいと言おうが俺には関係ありませんね。むしろあなたのような毒婦など、こちらが勘弁願いたい」


 さげずむような瞳でキャロラインを見下ろし、ルーベルは薄ら笑いを浮かべてそう言った。周囲の冷ややかかつまるでゴミを見るかのような目がキャロラインへ向けられる。


(わかってる、こうなることはわかってるの。だって、頭を打つ前とはいえ自分が招いたことだもの)


 キャロラインはうつむきながらドレスをぎゅっと握り締める。言い返すことも、悲しみ泣くことも許されない状況を必死に耐えようとしていた。だが、フワッと何かがキャロラインの肩にかかる。


(え?)


 驚いて顔を上げると、クロークがキャロラインの肩を抱いて周囲に冷ややかな視線を向けていた。


「確かに、毒婦だと言われても仕方のないような女だ。だが、それは頭を打つ前までの話。今のキャロラインにそのような言葉は似合わないし、何よりもそのような言葉と蔑むような視線を向けることは俺が許さない」


 そう言って、クロークはルーベルを睨みつけた。その視線はいつも以上に相手を凍り付かせるかのような恐ろしいもので、ルーベルだけでなく周囲の貴族たちまで震え上がらせる。近くに控えていたレオだけは、うっすらと満足げに微笑みを浮かべていた。


「ここにいても不愉快になるだけだな。今日はもう失礼するとしよう」

「えっ、クローク様、よろしいのですか?えっ」


 戸惑うキャロラインの肩を引いて、クロークは広場から立ち去ろうとする。レオは周囲の貴族たちへ深々とお辞儀をしてクロークたちの後を追った。





 会場を後にしたクロークとキャロラインは、その後一言も発することなく馬車に揺られている。


(まさかクローク様が助けてくださるとは思わなかった)


 あの場ではとにかくルーベルと周囲の貴族たちの気がキャロラインから逸れるまで耐えるしかない、そう思っていた。だが、クロークがキャロラインを助け、会場から連れ出してくれた。


「あの、クローク様」


 恐る恐るキャロラインが声をかけると、肘をついて窓の外を眺めていたクロークは視線だけをキャロラインに向ける。


「先ほどは、助けていただいてありがとうございました。ですが、社交の場をあんなに早く抜けてしまってよろしいのですか?」


 キャロラインの質問に、クロークはハァ、と小さくため息をついてから今度こそキャロラインへ顔を向けた。


「別に、そもそも社交目的で参加したわけじゃない。君を少し試してみたかっただけだ。まさか俺の瞳のドレスを着た上に、侮辱された俺のことまで庇うとは思わなかった。君を助けたことは、そのお礼みたいなものだ。別に気にしなくていい」


(私を、試す……。なるほど、わかったような、わからないような)


 ぼんやりとクロークを見ていると、クロークはキャロラインを見つめながらまた小さくため息をつく。


「なぜあそこで俺を庇った?あんなもの、適当に流しておけばいいだろう。俺の瞳のことをあれこれ言われるのは今に限ったことじゃない。それに君がわざわざ言い返すようなことでもないだろう」

「いえ、私は……親同士が決めた白い結婚かもしれませんが、それでもクローク様の妻です。夫が失礼なことを言われたのに言い返さないだなんて、そんなことできません。それに、そんなに美しい瞳なのに、呪いだの不吉だの言われるのはなんだか許せなくて」


 ムッとしてそう言うキャロラインに、クロークは驚愕の表情を見せる。


「君は本当におかしいんじゃないのか?この瞳が呪われた瞳なのは間違いないし、それを不吉だと思うのは当然だろう」

「でも、呪われた瞳というのは古い言い伝えなだけですよね。実際に不吉なことなんて何もないし、そもそも実証はないんですよ?それなのに、ただ瞳の色が左右違うというだけで、人と違うというだけで勝手に呪いだと決めつけて、ただ古くから言われていることをそのまま鵜呑みにするなんて、おかしいと思います」


 思い込みや決めつけだけで勝手に他者を否定したり非難したりするような人間が、キャロラインは転生前から好きではなかった。クロークの瞳も、実際に不吉なことがあるわけではなく、ただ昔からの言い伝えをそのまま鵜呑みにして周りが勝手にクロークを呪われた人間だと言っているだけなのだ。


「君は……本当に不思議だな。頭を打ってこうも変わるとは……今までとは全くの正反対じゃないか」

「うっ……それを言われると、胸が痛いですが」


 頭を打つ前の自分の行動を思い出して、キャロラインは苦々しい顔になる。だが、クロークはそんなキャロラインを見てほんの少しだけ微笑んでいた。


(えっ、クローク様が、微笑んでる?)


「なんだ、どうかしたのか?」


 珍しいものを見るかのようにじーっとクロークを見つめるキャロラインを不審に思ったのだろう、クロークがすぐ微笑みを消して不審そうな顔をする。


「あ、いえ、なんでもありません」


 小説の中でもクロークが微笑むことは稀にある。だがそれは全てヒロインの前でだけだ。キャロラインの前で微笑むことなど一度もない。


(なんだかとても貴重なものを見れた気がする!)


 首を傾げつつもまた窓の外を見始めたクロークを、キャロラインは嬉しそうに見つめた。



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