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40 仲直り

 キャロラインの声に、トリスタンの動きが止まった。


(このままトリスタン様を帰したくない。トリスタン様のクローク様への気持ちはクローク様へ伝わったんだもの、クローク様のトリスタン様への気持ちだって、ちゃんと伝わってほしい)


 キャロラインは戸惑うトリスタンをじっと見つめると、意を決したようにクロークへ視線を向ける。


「クローク様、トリスタン様に何か言うことはないのですか?このままトリスタン様を帰してしまっていいのですか?」

「キャロライン……」


 身を乗り出して言うキャロラインに、クロークはたじろぐ。だが、何を言えばいいのかわからず、クロークはキャロラインとトリスタンの顔をチラチラ見ながらも黙り込んでしまった。


「以前、クローク様にトリスタン様のお話を聞いた時、小さい頃の話をしている時はその頃を懐かしむようにとても穏やかな顔をしていたのに、最後は悲し気な表情をしていらっしゃいました。クローク様だって本当はトリスタン様から距離を置かれて寂しかったのではないですか?」

「なっ……!」


 キャロラインの言葉に、クロークは驚いて慌てたようにトリスタンを見る。その視線の先には、目を大きく見開いて、期待と不安が入り混じった目をキラキラさせている兄の姿があった。それを見て、クロークはバツの悪そうな顔で視線を逸らしながら口を開いた。


「……小さい頃はこのオッドアイを嫌がることなく、むしろ特別な瞳だと言ってくれた兄上と一緒にいることが好きだった。だが、いつの間にか避けられるようになって、兄上も父上たちと同じなんだと思ってがっかりしたんだ。だから、さっきの話を聞いて、正直、驚いてはいる……けれど、だからと言ってすぐに許せるわけでも、仲良くなれるわけでもない。俺は元々性格が歪んでいるから、素直にはいそうですかとは思えない」

「……ああ、わかっているよ」


 トリスタンが悲し気に微笑んで小さく頷く。それを見てクロークはウッと言葉を詰まらせ、思わずキャロラインを見た。すると、キャロラインははやく続きを言えと言わんばかりの顔をしている。

 困って今度はレオの方を見ると、レオはニヤリと笑みを浮かべる。まるで素直になるべきですよと顔に書いてあるかのようだ。二人の表情を見てクロークは降参したように大きくため息をつき、トリスタンへ視線を戻した。


「……ですが、別に絶対許さないつもりでもないし、仲良くなるつもりがないとは言っていません。時間はかかるかもしれませんが、また、あの頃のように話ができるなら、嬉しい、と、思う……」


 最後の方はごにょごにょと言葉を濁しているが、トリスタンの耳にははっきりと聞こえていた。その言葉を聞いて、トリスタンは目を輝かせる。


「……ああ、ありがとう。嬉しいよ」


 そう言ってクロークのオッドアイをジッと見つめ、トリスタンは心底嬉しそうにくしゃりと笑った。それを見てクロークは小さい頃のトリスタンの笑顔を思い出し、心がこそばゆくなって思わず視線を逸らす。


 キャロラインはレオを見ると、レオもキャロラインへ視線を向けて二人でにっこりと微笑み合った。それからキャロラインはクロークを見ると、クロークもキャロラインへ視線を向け、ソファに置かれたキャロラインの手をそっと掴んで握り締める。キャロラインは嬉しそうに微笑んで頷くと、今度はマリアとトリスタンへ視線を合わせた。


「それから、マリア様もトリスタン様のことが嫌いになったわけではないんですよね?マリア様はずっと前からトリスタン様の抱えているものに気付いてらっしゃるようでしたもの」


 キャロラインの言葉に、バッと勢いよく顔を上げてトリスタンはマリアを見た。


「マリア……?」

「そうですね、トリスタン様のことを嫌いになったわけではありません」

「……本当に?」


 不安そうな、懇願するような瞳でマリアを見つめるトリスタンを、マリアは静かに微笑み見つめ返す。その視線と微笑みにはまるで全てをまるごと包み込むような安心感と穏やかさがあり、さすがは前世で聖女だった方だとキャロラインは感心した。


「お父様の言いなりになったままのトリスタン様とは、一緒にいたいとは思いません。ですが、先程トリスタン様から変わろうとしている強い心が見えました。きっと、お父様の言いなりにならないということはとても大変なことかもしれません。ですが、トリスタン様がご自分の意思でご自分の人生を切り開こうとするのであれば、私はトリスタン様と一緒にその道を歩いてみたい、そう思います」

「……マリア!」


 トリスタンはマリアの両手を取って、自分の額にそっと押し付けた。トリスタンの肩は小さく震えている。


「よかった……」


 消え入るような声だが、本当に安堵したような、嬉しくて仕方がないというような声でトリスタンは言う。そんなトリスタンの顔をマリアはそっと覗き込む。それに気づいたトリスタンは、静かに顔を上げた。そして、さっきまであった優しい微笑みが消えていることに気づいてハッとする。


「トリスタン様、きついことを言ってしまって申し訳ありませんでした。トリスタン様だって苦しかったはずです。それをわかった上で、あえて厳しいことを言ってしまいました。……そのせいで、トリスタン様を深く傷つけてしまいましたね」


 握られた両手を、小さくぎゅっとマリアは握り返す。どうしようもないほど辛く悲し気な表情のマリアを見て、トリスタンの心臓は締め付けられるようだった。


「いいんだマリア。むしろ、マリアにあんなことを言わせてしまった俺が悪いんだよ。マリアならどんな俺でも受け入れてくれると、甘え切っていたんだ。どうしようもないクズだったよ……本当に、ごめん。そしてありがとう」


 そう言って静かに微笑むトリスタンの顔は、吹っ切れたような清々しさが見える。そんなトリスタンの表情を見てマリアはほうっと息を吐き、頬をほんのりと染めて嬉しそうに微笑んだ。


「よかった、私の大好きなトリスタン様です」

 

 ふんわりと花開くような美しい微笑みに、トリスタンの心臓は大きく跳ね上がる。マリアの頬にそっと片手を添えて、トリスタンはマリアの額に自分の額を重ねた。


「マリア、ああ、大好きだよマリア」

「私もです、トリスタン様」


(きゃあああ!び、美男美女の!色気がすごい!もしかして、キスですか!?キスしちゃいます!?)


 鼻をすり寄せ、お互いに熱のある瞳を向けあうトリスタンとマリア。今にもキスをしてしまうのではないかという状況に、キャロラインはあわあわと両手で顔を隠しながらもちゃっかりと隙間から二人を見ている。兄のキスシーンを今にも目の当たりにしそうなクロークは、何とも言えない顔で視線をそらした。


 そんな中、コホン、とレオの咳払いが鳴り響く。その音にハッとして、トリスタンとマリアは慌てて顔を離した。


「お取込み中のところ大変申し訳ありませんが、そのようなことはお二人だけの場でしていただけますでしょうか」

「そうだな、目の前でイチャイチャされても困る」


 レオの言葉にクロークが同意すると、トリスタンは苦笑しながらクロークとキャロラインを見た。


「いや、お前たちだって目の前で平然とイチャイチャしていただろう。お茶会の時だってそうだ。それに、そんなわかりやすいところにわざとらしく跡までつけて、そっち方がよっぽどだと思うよ」


 トリスタンはとんとん、と首元を指で叩く。それを見てキャロラインは一気に顔を赤くした。マリアはトリスタンの横で片手を頬に当てながらあらあらと微笑んでいる。


「気づいてたんですか。もちろん、わざとですよ」


 何が悪いと言わんばかりの顔をしながら、クロークはキャロラインの首元へ指を這わせると、キャロラインの髪の毛をひとふさとって指でいじりはじめた。


(もう!恥ずかしいからやめてほしい!)


 キャロラインが真っ赤になった顔を両手で隠すと、クロークはその両手首を掴んでキャロラインの顔を見ようとする。やめてください!いいだろ?という会話が二人から流れ出る。トリスタンとマリアは目を合わせてふふっと微笑むと、そこにまたコホン、とレオの咳払いが聞こえて来た。


「クローク様たちもイチャイチャするのはお二人だけの場でなさってください。それより、今後のことについて話し合いませんか?トリスタン様がこのままお屋敷に戻られたとしても、ロッグヴェル様が黙ってはいないでしょう」


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