37 来客
「……っ!」
突然のクロークからのキスに、キャロラインは驚いて後ずさろうとするが、クロークの腕がキャロラインの体をしっかりと掴み離そうとしない。そのまま何度もキスされてキャロラインはすっかりキャパオーバーになっていた。
「っ、はあ……」
ようやくクロークの顔が離れると、キャロラインは息も絶え絶えだ。顔を真っ赤にしてクロークを見るキャロラインに、クロークはグッと喉を鳴らす。顔は離しているが体は密着させたままで、服越しなのにお互いの熱が混じり合っているかのように熱い。
「どう、して、急に……」
「愛する妻への想いが溢れたんだ、キスして何が悪い?」
さも当然のような言い分に、キャロラインはうっと言葉を詰まらせる。
「悪くは、ない、ですけど……」
(いつもいつも急すぎて心臓が追いつかないんですよ!)
「これから執務室へ行かなければならないからな。この程度で堪えているんだ、むしろ褒めて欲しいくらいだよ」
そう言って、クロークはようやくキャロラインから体を離した。
(この程度って……この後予定がなかったらまだ何かしようと思ってらっしゃる!?)
クロークの発言にキャロラインが顔を赤くして絶句していると、クロークはフッと口角を上げねっとりとした視線をキャロラインへ向ける。それだけでキャロラインの心臓は跳ね上がり、キャロラインは思わず視線を泳がせてしまう。その様子を見たクロークは満足そうに微笑んだ。
「キャロラインは兄上が来るまでゆっくりしているといい。追加のお茶を用意させようか?なんなら、食後のデザートも追加させよう」
「……お願いします」
(ゆっくりすると言っても、これからトリスタン様が来ると思うとなんだか心が落ち着かない。クローク様たちが大丈夫だと言っているんだから大丈夫なのはわかっているんだけど……)
キャロラインは静かにまた席に座り、ほうっとため息をついた。そんなキャロラインを見て、クロークはそうだ、と口を開く。
「そうだ、もう少ししたら来客があるんだ。兄上が来るまでその客人と話をしているといい。キャロラインも懇意にしている人物だ」
「来客?」
はて、一体誰のことだろうかとキャロラインが不思議そうな顔で首を傾げると、クロークは不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、レオがこの日のために呼んだとっておきの客人だ。面白いことになるぞ」
*
「どうしてここに君がいるのかな、マリア」
午後になりついにトリスタンが屋敷へやってきた。応接室のソファには、クロークとキャロライン、そのむかえにはトリスタンとなぜかマリアが座っている。まさかマリアが来ているとは思わず、トリスタンは複雑そうな顔でマリアに尋ねた。
「トリスタン様とキャロライン様の縁談話が持ち上がっていて、キャロライン様が困っているというお手紙をレオ様からいただいたんです。まさかそんなことが起こっているだなんて知りもしなかったので、本日トリスタン様がいらっしゃるとお聞きしてことの真相を直接お聞きしたいと思いました」
美しい微笑みをトリスタンへ向け、さも当然だというようにマリアは言う。
「兄上は確かマリア嬢と懇意にしていたのでは?それなのにキャロラインとの縁談を進めるため、こうして来た。てっきりマリア嬢はそのことを知っているものだと思っていたが、まさか知らなかったとは、驚きましたよ」
足を組み、ソファの背もたれに片腕をかけてクロークはわざとらしく驚いたように言った。その態度に、トリスタンはほんの少しだけ眉を顰める。だが、すぐにまたいつもの整った笑みを浮かべてマリアへ視線を向け、そっとマリアの片手を取る。
「キャロラインとの縁談は、父上が強引に話をすすめたことなんだ。キャロラインのご両親もなぜか乗り気でね。俺としては父上の意向には背くことができないし、実家にいたキャロラインが突然クロークに攫われたとキャロラインのご両親から泣きつかれてしまったから、こうしてここに来たんだ。君に話をしていなかったことは謝るよ。ただ、隠していたわけではなくて、いろいろなことが落ち着いたらきちんと話をしようと思っていたんだ。それは信じて欲しい」
そう言って、トリスタンはマリアの手の甲に優しくキスを落とす。それを見て、マリアは微笑みを浮かべたまま目を細めた。
「……そうだったんですね。それで、トリスタン様は縁談についてはどのようにお考えだったのでしょう?お父様に逆らえないということは、キャロライン様との縁談を受け入れようとしていたということですか?」
美しい笑みを絶やさず、マリアはゆっくりと優しく、トリスタンへ問いかける。美しく優しいはずなのに、なぜかとても恐ろしく感じてしまいキャロラインは思わずクロークを見る。クロークはトリスタンとマリアの様子を見て意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
(あっ、クローク様、絶対この状況を楽しんでらっしゃる)
ちら、と後ろに控えて立っているレオを見ると、レオの口角も心なしか上がっている。そもそもレオがマリアを呼んだのだ、レオもこの光景を面白がっているに違いない。なんなら、こうなることを予想していた可能性すらある。全く、この主あればこの側近ありだなとキャロラインは心の中で苦笑した。
マリアの問いかけに、トリスタンは一瞬硬直する。だが、すぐに顔を上げて困ったように微笑んだ。
「そう、だね。レギウス家にとって、父上の発言は絶対だ。それに、キャロラインのご両親はオッドアイのクロークのそばにいるより、俺と一緒になる方がキャロラインのためになると本気で思っている。クロークにはキャロラインと離縁してもらって、俺がキャロラインと結婚するのが一番良いんだろう。でも」
そう言って、トリスタンはマリアのもう片方の手も掴んで両手でマリアの両手をしっかりと包み込む。
「例えそうなったとしても、俺はキャロラインには第二夫人になってもらうつもりだ。俺が本気で愛しているのはマリア、君だけだよ」
トリスタンの真剣な瞳がマリアをじっと見つめる。マリアはその瞳から目を逸らさずじっと見つめ返していた。そして、しばらく無言の時が流れたが、マリアがにっこりと微笑んだ。
「そうですか。トリスタン様の気持ちはよくわかりました」
マリアの笑顔と言葉に、トリスタンはほっとしたように目を輝かせる。だが、マリアの言葉を聞いた次の瞬間、その笑みは消滅した。
「それが例えトリスタン様の本心だとしても、私はトリスタン様と一緒になることはできません。申し訳ありませんが、今後トリスタン様とお会いすることはもうありませんわ」




