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35 救い

クロークが退室し取り残されたキャロラインとレオは部屋に二人きりになり、静寂が訪れた。あまりの静けさに居た堪れずキャロラインはレオを見るが、レオは苦笑したままどう話を始めればいいか考えているようだ。


(レオが私に言いたいことがあるって、何かしら……?)


 レオが転生前の自分にとって推しであり、今でも推している存在であることには変わらない。そして、それをクロークのせいでレオには知られてしまっている。だが、レオはそんなことを気にする様子もなく、今まで通りクロークの側近として適切な距離でキャロラインと関わっていた。キャロラインに折り入って話があるような素振りは一度も見せたことがないのに、一体何の話があるというのだろうか。


「あの、レオ、立ったままなのもなんだし、座ってちょうだい。よくわからないけれど、私に話があるんでしょう?」


 キャロラインは戸惑いながらもレオにそう言って促す。レオは一瞬ためらったが、すぐにいつもの微笑みを見せて小さくお辞儀をした。


「ありがとうございます。失礼します」


 クロークもだが、レオも所作が美しい。流れるように綺麗な動きで目の前に座るレオを見ながら、心の中で小さく感嘆のため息をついた。


「まさかクローク様がこんな状況を作るとは思わなくて……正直困ってしまいました」


 苦笑しながらそういうレオだが、困ったと言いながらも少し嬉しそうだ。レオの笑みにつられてキャロラインもくすくすと小さく笑うと、レオはふう、と息を吐いてしっかりとキャロラインを見つめる。


「俺がキャロライン様に話したいことというのは、先日のロッグヴェル様との件についてです。あの時、キャロライン様はクローク様へ酷い言葉を放ったロッグヴェル様に対し、差し出された手を盛大に叩き謝罪をするように抗議しましたよね。頭を打ってからあんなに憤ったキャロライン様を見るのは初めてでしたので驚きましたし、何よりクローク様のためにあんなに必死になるキャロライン様を見て、胸が熱くなりました」


 レオは優しい微笑みをたたえながら静かに目を伏せ、胸に手を当てる。


「クローク様は、幼少期からロッグヴェル様に冷たい態度を取られ続けています。幼少期から、というよりも、産まれた時からというのが正しいかもしれません。……クローク様のお母様はクローク様を産むとすぐに、ロッグヴェル様からこんな呪われた瞳を持つ子供を産むなんて最低だと罵り非難されたそうです。ロッグヴェル様は、お前のような女だからこんな子供が産まれたのだと罵声を浴びせ、蹴る殴るなど酷い行いをしていたと聞きます」


 レオの家族は代々レギウス家に仕えており、レオの両親はクロークとトリスタンが産まれた時、その惨状を見ていたらしい。そしてレオはクロークに仕えることが決まった時、その話を聞かされたという。


「ロッグヴェル様はトリスタン様だけを贔屓し、クローク様のことをまるで自分の子供ではないかのように振る舞いました。クローク様のお母様も、クローク様のせいで自分はロッグヴェル様に酷い仕打ちを受けたのだと思い、トリスタン様だけを可愛がってクローク様には見向きもしません。オッドアイを恐れる使用人たちも多く、主人であるロッグヴェル様たちの態度を見て使用人たちのほどんどがクローク様から距離をおきました。クローク様は、レギウス家の中で誰からも愛を向けられることなく生きていたのです」


 レオは静かに、淡々と話をする。そんなレオの話を、キャロラインは膝の上で拳をキツく握りしめたまま黙って聞いていた。


「俺がクローク様に仕えることになった時、クローク様は開口一番、お前も俺のことを呪われた忌子だと思っているんだろう、そんなことを思っている人間に仕えられるなんて最悪だから自分のことなど放って置いてくれて構わないとおっしゃいました。正直、俺も最初は戸惑いました。でも、俺は代々レギウス家に仕える人間として仕事を放棄することはできなかった。ですので、嫌がるクローク様になんとか信頼してもらえるよう努力しました」


 そうして、日々クロークと共に時間を過ごすことで、クロークはさまざまなことが人よりも抜きん出ていることを知る。


「学習能力が高く、頭の回転も速い。学校には通っていませんでしたが成績は優秀でした。魔法も剣術も優れ、普通の人よりも秀でていることがわかったんです。どうして忌み嫌っている子供にわざわざ従者をつけたのかと疑問でしたが、幼少期から人よりも能力が秀でていることをロッグヴェル様は感じ取っていたのでしょう。うまく育て上げれば、もしもの時に使えるかもしれないと思ってのことだったのでしょうね」


 そう言って、レオは小さく息を吐く。


「クローク様のオッドアイは呪われた瞳とは言われていますが、実際は何も起こりません。それにクローク様は生い立ちのせいで気難しいところがありますが、実際は情に熱い方だということもわかり、思いやりもある。俺にとってはかけがえのない主となっていきました。クローク様が望むことであれば、誠心誠意を持ってそれにお応えしていきたい。そう思って日々お仕えしています。……ですので、クローク様がいつかロッグヴェル様を殺すことがあったとしても、それを否定することなく最後までご一緒するつもりでもいました」


 最後の言葉を聞いた瞬間、キャロラインは両目を大きく見開く。そんなキャロラインの瞳を、そらすことなくレオは話を続けた。


「クローク様との信頼関係ができてから、クローク様はいつか自分の手でロッグヴェル様を殺してやりたいと言い続けていました。恐らく本気だったと思います。そのために騎士となり、剣術も魔術も磨き上げてきたのです。オッドアイではありますが、実力至上主義の騎士団ではその腕と技術を認められています。そうして騎士としての肩書きを得た今でもなお、ロッグヴェル様への殺意は消えることはありませんでした」


 レオのペリドッドのような美しい若草色の瞳がキャロラインの瞳を射抜く。垂れ目がちで柔らかな表情のはずのレオの瞳にはそらすことの出来ない重圧さがあり、キャロラインはただレオの瞳を凝視するしかなかった。


「キャロライン様に手を上げようとしたロッグヴェル様を、クローク様は本気で殺そうとしたはずです。ずっと殺したいと思っていた相手が、最愛の人に手を上げようとした。その事実は殺意を増幅させる格好の餌になります。もしかすると、ようやく時が来たと思ったかもしれません。実際、俺もそう思いました。ですが、キャロライン様はクローク様を必死で止めました。こんなクソみたいな人間のために、クローク様がそんなことしなくていいのだと、クローク様の手を汚す必要はない、そんな価値はこのクソ男にはないのだとはっきり言い切ってくださいました」


 その時の光景を思い出したのだろう、レオは嬉しそうに微笑む。だがその微笑みにはほんの少しだけ悲しさが漂っていた。


「もしロッグヴェル様を殺せば、クローク様は罪に問われるでしょう。それでも、俺は最後までご一緒するつもりでした。クローク様にとって生きることはただ辛いだけのこと、ロッグヴェル様がいる限り、クローク様は幸せにはなれない。だからそれを終わらせることがクローク様にとって救いになるなら、俺はそれでも構わないと思っていたのです。絶対に一人にはしない、一緒についていくと決めていた。ですが、キャロライン様のいる今のクローク様にとって、生きることはもう苦しいことではないのです。キャロライン様はクローク様を破滅の道ではなく、一緒に未来を見て生きていく道へ導いた。……俺には絶対に出来ないことでした」


 そこまで言って静かに目を伏せ、レオは小さく息を吐く。それからすぐに顔を上げてキャロラインを見つめたレオの瞳は強く美しい。その真っ直ぐで凛とした表情にキャロラインは思わず息を呑む。


「クローク様のあんな恐ろしい姿を見たのに、それでもキャロライン様はクローク様を受け入れた。そして、怒りで我を忘れていたであろうクローク様を正気に戻し、光の差す方へ導いてくださいました。どんなことがあっても、キャロライン様がクローク様のそばにいてくれる。そのことが俺には本当に嬉しくて、……少しだけ悔しくもあります。ふふ、悔しいだなんておかしいですよね。でも、キャロライン様がクローク様を救ってくださって心から感謝しているんです。クローク様の相手がキャロライン様、……ユキ様で本当に良かった。クローク様のそばにいてくださり、ありがとうございます」




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