34 信頼
トリスタンが屋敷へ来ることになった当日。キャロラインは自室で朝の支度をしていた。着替えを手伝うユリアはキャロラインの首筋にある赤い花弁のような跡を見ながらにんまりとしている。クロークは先日の宣言通り、前日にまたしっかりとキスマークをつけていた。
(本当に、クローク様の言っていた通りまた跡をつけられてしまったわ……これじゃどうやっても隠しようがないし、頑張って隠したところでクローク様になぜ隠すんだと怒られてしまいそう)
昨晩は宣言通りたっぷりとクロークに愛されてしまい、キャロラインはその時のことをつい思い出して全身が熱くなる。ユリアの視線と嬉しそうな笑みに耐えきれず、キャロラインは顔を赤らめながら俯いた。
(見せつけたくてクローク様はつけたとおっしゃっていたけれど、首の跡をトリスタン様に見られたらどんな顔されるか……それに、トリスタン様がお父様たちから何て言われたのか、そしてそもそもどういうつもりなのか気になるわ)
クロークとトリスタンにはこれ以上仲が悪くなってほしくない。だが、トリスタンは自らクロークの嫌がることをあえてしているのだ。キャロラインは二人のことを考えると胸の中が重く苦しくなるのを感じて表情が曇っていく。さっきまで赤かった顔はすっかり青白くなっていた。
服を着替え終わると、ユリアはキャロラインの両手を掴んでキャロラインの顔を覗き込む。曇りがちな表情に気づいてユリアはキャロラインの両手を優しく握りしめた。
「さあ、キャロライン様。今日もとってもお綺麗ですよ!今日はトリスタン様がいらっしゃる日ですけど、何があってもクローク様がキャロライン様を守ってくださいますから安心してください!それにレオ様、そして私たち使用人もキャロライン様を絶対にお守りします。クローク様から引き離させたりしません。だから何も心配しないでくださいね」
「ユリア……」
にっこりと自信満々に微笑むユリアを見て、キャロラインの重苦しかった心が少しずつ軽くなっていく。
頭を打つ前はユリアや他の使用人たちにキツく当たり、身勝手なことばかりしてきた。そんな自分を、今はこうして信頼し認め、この屋敷に必要な人間だと言ってくれる。頭を打つ前から打った後、そして今に至るまでのありとあらゆることを思い出し、キャロラインは胸が熱くなった。
(酷い人間だった私をこんなにも受け入れて大切にしてくれる。みんなのためにも、塞ぎ込んでいる場合じゃないわね。きちんと目の前のことを見て、私は私にできることをしなくちゃ)
ユリアの両手のあたたかさを感じながら、キャロラインは両目を瞑る。そして目を開くとユリアを見てにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ユリア。勇気がわいてきたわ」
「よかった!」
二人は目を合わせて嬉しそうに微笑む。ふふふ、と二人の嬉しそうな笑い声が、部屋に鳴り響いていた。
*
「今日の午後一に兄上は来る。何度も言っているが、何があっても君のことは渡さない。だから心配しなくていい。安心していてくれ」
朝食を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいたキャロラインの横から、クロークが力強く宣言する。クロークは指でキャロラインの首筋にある赤い跡をなぞりながらニヤリと笑みを浮かべた。指の這わせ方がなぜかいやらしく、昨夜の情事を思い出させる。クロークの妖艶な笑みを見ながら、キャロラインは顔を赤らめながら小さく唸った。
「昨日しっかりとつけたから、白い肌に映えるな。これなら兄上にも見えるだろう」
「恥ずかしいんですが……」
「恥ずかしい?二人が愛し合っている証を見せつけるだけだろう。別に恥ずかしいことじゃない」
(いやいや、恥ずかしいですよ!?)
クロークの発言に赤い顔のままジト目を向けると、クロークは愉快そうにくつくつと笑う。
「そんな顔をしても可愛いんだから、全く困ったものだな」
そう言って、愛おしそうにキャロラインの髪の毛を取り、指で優しく撫で付ける。愛されていると感じられて嬉しいが、この人には何を言っても無駄なのだろうとキャロラインは半ば諦めたように微笑み小さくため息をつく。
「さて、俺は兄上を追い返す最後の仕上げのため執務室へ行く。……レオ」
「はい、お呼びでしょうか」
ダイニングルームの扉のすぐそばで待機していたレオは、クロークに呼ばれてすぐに姿を見せた。クロークは席から立ち上がるとレオを真剣な顔で見つめた。
「キャロラインに話したいことがあるんだろう」
「……はい?」
「何年一緒に過ごしていると思っているんだ?レオとキャロラインが二人きりになるのを嫌がる俺に気をつかっていたんだろうが、顔を見ていればわかる。少しだけ時間をやろう、言いたいことがあるなら言えばいい。人払いもしたままにしておく。終わったら執務室へ来い」
「……よろしいのですか?」
驚きを隠せないレオを見て、クロークはふんと鼻で笑う。
「キャロラインにとってお前は推しだからな、本当であれば二人きりになんてしたくない。だが、お前を信頼してのことだ」
そう言って、クロークは目を丸くしているキャロラインへ視線を向け、ニヤリと笑みを浮かべた。
「体の結びつきも済ませたんだ、この後に及んで推しに気持ちが揺らぐなんてことはないよな?そんなことがあれば俺は絶対に許さない。レオを信頼してのことでもあるが、キャロラインを信頼してのことでもある」
「も、もちろんです!そもそも、私にとって推しは恋愛感情とかではなくて……」
「ああ、わかっている。わかっているが、気に食わないものは気に食わない。それでも、レオが俺の妻にどうしても言いたいことがあるんだ。それを尊重しないなんて、主としても夫としても失格だろう」
そう言ってクロークは歩き出し、レオのそばを通り過ぎて部屋を出ようとする。転生前のキャロラインにとってレオが推しだと知ってからクロークはレオとキャロラインが二人きりになることを嫌がっていたのに、まさかの発言にキャロラインもレオも驚いてクロークをただ見つめていた。
そんな二人を尻目に、クロークは振り向いてまたニヤリと口角の端に弧を描く。
「ああ、そうだ。二人きりにはするが、この部屋には盗聴魔法をかけておく。二人の会話は俺に筒抜けだ。そんなことはあり得ないとわかっているが、二人きりになって変な気を起こされても困るからな」
((結局信頼してない……!))
それじゃ、と手をひらひらさせて退室するクロークの背中を見ながら、キャロラインとレオは目を合わせて苦笑した。




