33 証
クロークとレオがトリスタンからの手紙について話し合っていた頃、キャロラインは湯浴みをしていた。
ユリアがバスルーム内での世話も行うと言ってきたが、キャロラインは自分のことは自分でできるからと言い張ってなんとか一人でバスルームへ入る。
バスルームへ入ると、鏡にうつる自分の姿を見てキャロラインは絶句した。自分の体のあちこちに赤い花弁のような跡がたくさんついているのだ。うろ覚えではあるが、クロークがキャロラインに甘い言葉を吐きながら執拗につけていたキスマークだ。
(こんな姿、さすがに恥ずかしくてユリアには見せられないわ……)
体を洗ってから湯船に浸かり、さっきまで起こっていたことをつい思い出してキャロラインはぶくぶくと湯船に顔を沈めていく。まるで夢のようだと思えてしまうが、自分の体のあちこちにある跡が実際に起こった証だと言わんばかりに主張している。
(最中もとっても甘かったけど、目が覚めてからのクローク様もものすごく甘くてびっくりしちゃった)
頭を打つ前の二人の間柄では到底考えられない。頭を打ったことで自分の性格が変わったのは当然のことだが、クロークの変わりようも驚くほどだ。頭がくらくらしているのはのぼせているからなのか、それともクロークの熱に浮かされているからなのだろうか。キャロラインは湯船から顔を出してフーッと大きく息を吐く。
「キャロライン様、大丈夫ですか?」
ひょこっとユリアがバスルームの中に顔を出した。キャロラインがなかなか出てこないので心配したのだろう。
「ご、ごめんなさい、大丈夫。今あがるわ」
キャロラインが慌ててそう言うと、ユリアはふかふかのバスタオルを両手に広げてニンマリと微笑んだ。
「よかったですね、キャロライン様」
部屋に戻ってきたキャロラインは、いつものようにユリアに髪の毛を乾かしてもらい、良い香りのするヘアオイルを塗られ髪の毛を優しく梳かされていた。鏡台に座るキャロラインを鏡越しに見ながら、ユリアは嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとう」
(ネグリジェを着ていても、肌が見える場所にある跡は隠しきれないわね)
クロークは服では隠しきれない部分にも跡をいくつか残していたため、キャロラインの愛されっぷりにユリアは頬が緩むのを我慢できないでいる。そしてそんなユリアにキャロラインは苦笑した。
「ようやくお二人が結ばれて私たち使用人も安心しました。キャロライン様がクローク様のそばからいなくなるなんて思ってもいませんけど、それでも白い結婚のままだとまたいつ誰がキャロライン様を狙って奪おうとするかわかりませんからね。でも、お二人の結びつきが強まればもうキャロライン様を軽々しく奪おうなんて気にはならないはずです」
キャロラインの髪の毛を梳かし終わると、ユリアは満足げにそう言って頷く。その時、ドアがノックされる音がした。
「キャロライン、いいか?」
「あ、はい!どうぞ」
部屋にクロークが入ってくると、ユリアは鏡越しにキャロラインと目を合わせる。そして嬉しそうに微笑んでからお辞儀をして部屋を出ていった。
「クローク様」
「無事に風呂からあがったんだな。のぼせたりはしなかったか?」
クロークはキャロラインのそばまで来るとキャロラインの髪の毛を手に取ってからサラリと髪の毛を靡かせる。
「はい、大丈夫です」
「それならよかった」
そう言って優しく微笑むと、クロークはキャロラインの手を取ってソファへ促す。そして隣に座るとキャロラインの首元に残る赤い跡を見て満足そうに笑みを浮かべた。
「きちんと残っているな」
首筋から鎖骨下へ跡を辿って指を這わせる。クロークの艶かしい目線と指先の感触にキャロラインの体はゾクリとして一気に熱を帯びた。
「あの、クローク様、見えるところに跡をつけるのは……」
「ダメか?どうして?こうして俺の大切な存在だと証をつけて見せびらかすのは、夫として当然の権利だろう?」
口の端に弧を描いてクロークはキャロラインを見る。その瞳の奥にはまだゆらゆらと炎のような熱さが見え隠れしていて、キャロラインは耐えきれなくなり思わず視線を逸らした。
「……ダメです。その、見えるところにあるとふとした時に自分でも気づいて、その時のことを、思い出してしまうので……」
伏し目がちになりながら顔を赤く染め小声でそういうキャロラインに、クロークは一瞬目を見張り、すぐに片手で顔を覆ってはあーっと大きくため息をついた。
「キャロライン、あまり煽るようなことを言わないでくれ。今日はもう君に触れないようにしようと思っていたのに、また触れたくなってしまうだろう」
「えっ、そんな煽ってなんか……」
「君のその仕草も言葉も、俺を煽っているようにしかならないんだよ」
フッと微笑みながらクロークはキャロラインの手を取って甲にキスを落とした。そらされない瞳には相変わらず沸々と湧き上がる熱さと共に、ドロリとした粘着質のようなものも含まれている。甘いはずなのにそれだけではない危うさを持っていて、それすらもクロークの魅力を増幅させているかのようだ。
「まあいい。キャロライン、大事な話があってきたんだ。三日後、兄上が屋敷を訪れるそうだ」
「トリスタン様が?」
(もしかして、お父様とお母様から何か言われたのかしら……)
不安げなキャロラインを安心させるように、クロークはキャロラインの手を強く握りしめ、もう片方の手でキャロラインの頬を優しく撫でた。
「ああ、きっと君の両親から泣きつかれでもしたんだろう。だが、もう俺たちは白い結婚のままではないからな。白い結婚だからという理由で離縁を求めることはもうできない。それに、父上もあんな事になったんだ、兄上と君との縁談は無かった事にするだろう。だが、あの兄上のことだ、何を言ってくるかわからない」
クロークは気に食わないと言わんばかりの顔をしながらも、キャロラインから視線を逸らす事なく話を続けた。
「それでも、兄上がどんな手を使ってこようが俺は絶対に君を俺の側から離さない。だから安心してくれ」
クロークのオッドアイがキャロラインを射抜いた。意思の強いその瞳に、キャロラインの心の中からさっきまでの不安がどんどん消えていく。
「はい。私も、何があっても絶対にクローク様の側を離れません」
キリッとした顔でキャロラインがそう言うと、クロークは満足そうに笑みを浮かべながら力強く頷いた。それから、またキャロラインの首元に視線を向ける。
「三日後だとこの跡は少し薄くなってしまっているだろうな。前日にでもまたはっきりとわかるように跡をつけておこう」
「えっ、なっ!?」
急にそう言われてキャロラインは目を丸くする。そしてその言葉の意味に気づいて顔を真っ赤にすると、クロークはくっくっくと嬉しそうに笑った。
「兄上にきちんと見せつけてやらないと、俺の気が済まないんだよ」
そう言ってクロークは艶かしく笑うと、指でまたキャロラインの首元の跡を辿った。




