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32 絶対に渡さない

 執務室の仮眠用のベッドには、キャロラインが可愛い寝顔と共にすうすうと小さな寝息を立てて眠っている。クロークの愛を全身で受け、疲れ切って寝てしまったのだ。

 そんなキャロラインを見つめながら、クロークはキャロラインの髪の毛を優しく指で梳かしていた。優しい微笑みを浮かべているのに、その目の奥には仄暗さが潜んでいるように見える。


(ようやく、ようやくキャロラインの全てが手に入った)


 クロークはこの日をずっと待ち侘びていた。キャロラインを失いたくない、誰にも渡したくないと思うようになってから、いつかキャロラインの心も体も全てを自分だけのものにしたいと思っていたのだ。


 転生前のキャロライン、つまりユキは病弱で入退院を繰り返し二十歳になる前に死んでしまったため、恋愛経験がゼロだったと言う。そんなユキを怖がらせないように、ユキのペースでいつか自分を受け入れてもらえるようにと我慢してきた。


 だが、クロークの父親ロッグヴェルと双子の兄トリスタン、キャロラインの両親のせいで悠長に待っていることもできなくなった。

 キャロラインに決意してもらうため気持ちを固めるように促した矢先にロッグヴェルの訪問だ。あれがなければ、もう少しだけキャロラインの気持ちを待ってあげることもできたかも知れない。


(だが、それでも数日程度の誤差だ。むしろあのクソ親父がやってきたおかげですぐにこうなれたと言っても過言じゃない)


 するり、と髪から頬へ手を滑らせ、キャロラインの頬を優しく撫でる。キャロラインは少しだけ顔を動かしたが、何事もなかったかのようにまた寝息を立てている。


(こんな執務室の仮眠用ベッドではなくどちらかの寝室でもっとロマンチックに、とは思っていたが、仕方がないか。それに、もうこれからは遠慮せずいつでもキャロラインへ触れることができるんだからな)


 フッと、不適な笑みを浮かべると、クロークはキャロラインの髪の毛をひとふさ手にとり口づける。その口づけはたかが髪の毛にするだけなのに、甘ったるくまるでキャロラインの唇へするようだった。


 クロークのためにロッグヴェルへ啖呵をきる姿も、恐ろしい姿を見せた自分を恐れて震えているにも関わらずそれでも自分から離れないとしがみついてきた姿も、頭を打つ前の自分の行いを嘆いて許しを請う姿も、その全てがクロークの心を鷲掴んで離さなかった。今すぐキャロラインが欲しい、隅々まで愛して、自分のキャロラインへの愛がどれほどまで強く深いかを伝えたいと思った。ずっと思っていたが、その気持ちは一気に溢れ出してしまった。


 そして、その願いはようやく叶ったのだ。クロークは仄暗さを宿す瞳をキャロラインへ向けながらうっとりと微笑む。


(絶対に誰にも渡さない。絶対にどこにも行かせない。キャロラインは、ユキは俺のものだ)


 そう思いながらキャロラインの頬へ小さくキスを落とす。すると、キャロラインの瞼が震える。そしてん、と小さな声がするとゆっくり瞳が開かれる。美しい紫水晶のような瞳には、嬉しそうに微笑むクロークの姿が映っていた。


「クローク、様……」

「すまない、起こしてしまったか」

「あ、え、いえ……」


 キャロラインは目の前の美しい男の顔を見てから、かけ布団から少しはみ出ている男の上半身が裸なのに気がつく。そして、自分の姿も裸なことに気がついて一気に顔を赤くした。


(わ、私そういえばさっきまで……!)


 クロークにドロドロに溶かされ愛されていたことを思い出し、キャロラインは恥ずかしさのあまりかけ布団で顔を隠す。


「照れているのか?はは、可愛いな。そんなだともっと愛したくなる」


 そう言ってクロークは隠れるキャロラインの顔を見ようとかけ布団をそっと捲った。中には、顔を真っ赤にして慌てているキャロラインがいる。


(ど、どうしよう、クローク様の顔を見ることができない!)


「あんなに愛し合ったのに、俺を受け入れてくれたのに、目も合わせてくれないのか?さっきまでのことは全部嘘だったのか?」


 しゅん、と悲しげな声で言うクロークに、キャロラインはうっと言葉を詰まらせる。


(クローク様はずるい。嘘なのかと聞かれたら、嘘じゃないですと言いたくなってしまう)


「……嘘じゃ、ない、です」

「だったら、ほら、俺の顔を見て」


 クロークの甘ったるい声がする。キャロラインは決意してエイッとクロークの顔を見る。そこには、あまりにも優しく愛おしいものを見つめるような顔をしたクロークがいた。


(うっ、イケメンの破壊力!それに、どうしてそんな顔をしてるんですか!?心臓がもたない!) 

 

 目の前にいるクロークは砂糖を煮詰めたような甘さを醸し出している。そして、それはつい先ほどまで起こっていた最中にも幾度となく見えた表情だ。さらに、その最中では甘い顔だけではなく時折どうしようもなく何かを我慢するように苦しそうで、余裕のない顔もよくしていた。ドロドロになった思考の中で見えていたクロークの表情を思い出し、キャロラインはまた赤面する。

 

「ようやく俺を見てくれた。こんなに顔を赤くして、まるで茹蛸のようだな」


 ふふ、と嬉しそうに微笑んでクロークはキャロラインの頬を優しく撫でる。そして、いつの間にかキャロラインの唇はクロークの唇で塞がれていた。


(んっ!?)


 優しく啄むように何度もキスをしてから、クロークは唇を離す。


「これ以上やるとまた君を愛したくなる。ダメだな」


 そう言ってキャロラインから体を離すと、体を起こして近くの椅子に投げかけられている服に手を伸ばした。


「本当はこのまま二人でシャワーを浴びに行きたいところだが……そうするともっと君を愛したくなるのは目に見えてる。これ以上は君に無理をさせられない。メイドたちに君の世話を任せよう」


 服を着終わったクロークは、かけ布団をめくってブランケットごとキャロラインを包み込むようにして持ち上げる。


「きゃっ、ええっ!?」

「大人しくしてないと落ちるぞ」


 クロークはキャロラインを抱えたまま魔法でドアを開けると、廊下を歩いていく。


「えっ!?キャロライン様!?」

「ちょうどよかった。キャロラインをバスルームへ連れていく、後は頼んだ。一人では心もとないだろうからな、丁重に扱えよ」

「え、あ、はい!」


 キャロラインとクロークの姿を見たユリアは驚きながらも目を輝かせて大きく頷く。その顔は、ついにやりましたねキャロライン様!と言わんばかりの顔だ。


(ユリア……!これは絶対にバスルームで色々と聞かれるわね。うう、恥ずかしい)



 




「随分とご機嫌ですね、クローク様」


 キャロラインをユリアへ預けたクロークは、レオに呼び出され応接室に来ていた。


「そうか?まあ、そうだな」

「どうして仕事の話なのに執務室ではなく応接室なのかはわかりますよね。全く、仕事場で事に及ぶなんてそんなに我慢できなかったんですか」


(まあ、あの状況なら仕方ない気はするが)


 ロッグヴェルをボコボコにした後、キャロラインの手を引いて執務室へ閉じこもったクロークを思い出してレオは眉を下げて微笑む。執務室はベッドメイキング中だ。そしてレオにそう言われても、クロークはしれっとした顔をしている。

 

「それで、話というのはなんだ」


 すぐに真剣な顔でクロークはレオを見つめる。レオも、表情を厳しくさせてクロークを見つめ返した。


「……トリスタン様から手紙が届きました」

「兄上から?」


 レオから差し出された手紙を受け取り、封を開けて中を取り出す。中身を見てからクロークは真顔でクシャリ、と手紙を握りつぶした。


「三日後に、会いに来るそうだ」

「キャロライン様のことでしょうか」


 ロッグヴェルは数時間前に追い出したばかりだ。手紙とは恐らく行き違いだろう。


「まあ、そうだろうな。キャロラインの両親から泣きつかれでもしたか」


 ロッグヴェルにしてみればもう二度とクロークにもキャロラインにも会いたくないだろうから、キャロラインとトリスタンの縁談話は無くなるはずだ。しかし、トリスタンとキャロラインの両親はそのことをまだ知らないだろう。

 だが、知ったところでトリスタンはそれでも来るだろうとクロークは思う。それに、今回の件についてどういうつもりなのかトリスタンにはきちんと話を聞きたいという気持ちもある。


 クロークは手紙を手から離すと、地面に落ちた手紙をグシャリと靴底で踏みつける。

 

「来るならこい。どんなつもりだろうが、キャロラインは絶対に渡さないからな」


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