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3/10

3 観察

(いい天気だなぁ)


 屋敷内にある小さな庭園のガゼボで、キャロラインは一人お茶をしていた。ぽかぽかとした陽気だったので、日向ぼっこも兼ねている。


 キャロラインが頭を打って転生前の記憶を思い出してから一週間が経った。その間、メイドや屋敷内の人たちとは少しずつ打ち解け始めたように思う。

 だが、クロークとはほぼ接点がなく、たまに顔を合わせてもキャロラインへ冷ややかな瞳をむけるだけで、そのまま通り過ぎてしまう。


(夫婦なのに朝食も夕食も毎回別だなんて相当嫌われているのね、私)


 クロークは公爵家の次男だが騎士であり、すでに自分の屋敷を構えている。キャロラインがいるのもクロークの屋敷だ。騎士ゆえに忙しいのは当たり前で、食事が別になるのは致し方ないとは思う。

 だが、クロークの場合は忙しいというだけではなく、明らかにキャロラインを避けているのだ。


(話ができないとなると対応が何もできない)


 どうしたらクロークと近づくことができるだろうか?一人で悶々としながらお茶を静かにすすっていると、足音が近づいてくる。

 視線を送ると、そこにはクロークとレオがいた。


(えっ!?クローク様!?)


 クロークは綺麗なオッドアイをキャロラインに向けて見つめている。


「今日はお休みなのですか?」

「ああ」


 クロークは騎士服ではなくシャツにスラックスというラフな服装だ。


「ティーカップが空になってる、入れよう」


 そう言って、クロークはティーポットを持つと、カップのはるか頭上からお茶をドボドボと注いでいく。あまりにカップから離れているので、お茶は溢れ跳ねている。


「熱っ」


 まだ冷めていないお茶は、キャロラインの手に跳ねて当たる。手だけてなく、ドレスにも飛び跳ねてドレスのあちこちにシミができていた。


「すまない。手元が狂ったようだ」


 感情のない眼差しでクロークはキャロラインを見下ろしている。


(こうすれば、悪女である私がヒステリックを起こしてわめき散らかすとでも思った?)


 キャロラインの中にふつふつと怒りが湧いてくる。どうしてこの人はこんなにも酷いことを平気でしてしまえるのか。でも、こうしてしまいたくなるほど、今までのキャロラインはクロークに対しても酷かったという自覚がある。


 キャロラインはキッとクロークを見上げると、すっくと立ち上がる。クロークはそれを見て少しだけ表情を緩めたように見える。今まさに、キャロラインの行動を待ちわびているかのようだ。


 キャロラインはクロークの目の前に立つと、クロークを見上げてキッと睨みつけた。


「クローク様。私のことがお嫌いなのはよくわかりました。それに、そこまで嫌われるほど私のクローク様に対する行いが酷かったんだろうとも思います。でも、だからといってこんな子供じみたことをするのはおやめください」


 キャロラインはそう言って、しっかりとクロークのオッドアイを見つめる。


「お茶を入れてくれたユリアにも失礼ですし、お茶を作ってくれた生産者さんにも失礼です。それに、クローク様がどんなに酷いことをしようが、私はもう前までの私に戻るつもりはありません。私はただ、平和に平穏に日々を過ごしていきたいだけです。なので、私のことが嫌いなら、もう私のことは放っておいてくださって結構です」


 そう言ってキャロラインは静かにお辞儀をし、顔をあげるとキャロラインはハンカチでテーブルを拭いてからユリアを見る。


「テーブルを汚してしまってごめんなさい。お茶も無駄になってしまったわ。でも、とても美味しかった。ありがとう。申し訳ないけれど、片付けをよろしくね」

「えっ、あっ、はい!」


 ユリアの返事を聞いてキャロラインは申し訳なさそうに微笑むと、クロークを見ずにその場から立ち去った。


「……わぁお」


 キャロラインのいなくなったその場が静寂に包まれ、レオの呟きだけが空を切る。クロークは遠ざかっていくキャロラインの背中を見つめたまま固まり、そんなクロークをレオは何食わぬ顔で見つめていた。




(やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったよ!うわあああああんんんん)


 クロークの前から立ち去り、急いで自室に戻ってきたキャロラインはベッドに勢いよくダイブすると枕に顔を埋めて唸っていた。殺されたくないからクロークとなんとか距離を縮めていく筈だった。なのに、キャロラインはそれとは真逆のことをしてしまったのだ。


 ガゼボでのクロークの態度を思い出してキャロラインはため息をつく。


(だって、あんなの、ただの性格の悪いモラハラ夫じゃない) 


 クロークはそもそも性格に難がある。いつも無表情で感情が読みにくく、誰に対してもいつも冷ややかな視線を向ける。それはわかっていたことだ。だが、生い立ちがそうさせてしまったことも一理あるし、何より小説の中のクロークは良い所だってあるのだ。

 でも、あのクロークは明らかに性格がよろしく無い。そしてそんな行動をとらせてしまったのは、やはり頭を打つ前のキャロラインのせいだ。


(でも、やっぱりあんなことは許せない。お茶を淹れてくれたユリアにも失礼だし、お茶を作ってくれた生産者にも失礼、ドレスを作ってくれた職人さんにも失礼よ)


 自分にされたことにも腹が立つが、それ以外にも無性に腹が立つ。


(クローク様と距離を縮めるなんてもう無理な気がしてきた……)


 自分がしたことに後悔はない。でも、きっとクロークはあれだけでは何も思うことはないだろう。ただキャロラインに対して腹が立つだけだ。このままでは、当初の計画が全ておじゃんになってしまう。


 ひたひたとにじみ寄る死期に、ただただ怯える、はずだった。




(これは、一体、どういうこと………?)


 夕食の時間になりダイニングで自分の席に座ると、何故か来るはずのないクロークがやってきてキャロラインの目の前の席に座った。近くにはレオが静かに立っている。


(え?なんで?どうしているの?)


 不安になってレオを見ると、レオはキャロラインの視線に気づいてニッコリと微笑む。


(うっ、推しの笑顔!ってときめいてる場合ではなくて、この状況一体どういうことなの?)


 クロークをじっと見つめると、バチッと視線が重なる。相変わらず相手を凍らせてしまうかのような冷ややかな視線だ。


「なんだ?」

「え?いえ、あの、クローク様がいらっしゃるのは珍しいなと思いまして」

「俺がいるのはダメか?」

「いえ、ダメではないですけど、不思議で……それに昼間あんなことがありましたし」


(え、まさか私毒殺される?私が死ぬところをわざわざ見に来たとか?)


 そうだとしたら趣味が悪すぎる。ゾッとしてクロークを見ると、クロークはフイ、と視線を落とした。


「君は本当に別人のようになってしまったんだな。レオに言われた時はまさかと思っていたけれど、実際に目の当たりにして驚いた。そして興味が湧いた」


 クロークはまたゆっくりとキャロラインに目を向けた。綺麗なオッドアイが宝石のようにキラキラと輝いている。


「君がどんな風に変わってしまったのか、当分間近で観察することにした」

「え?観察?」


(私は珍しい希少動物ですか?)


 戸惑うキャロラインを気にするでもなく、クロークは言葉を続ける。


「そういうことだ。料理が来たぞ。冷めないうちに食べないと料理長に失礼だ」

「……はい。いただきます」



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