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15 ふたりの距離

 マリアがレオのことを実は知っている。そうキャロラインに言われたクロークは、キャロラインの瞳を探るように見つめた。


「レオを知っている?二人は以前会ったことがあるのか?それにしてはレオが来た時、お互いに初対面だと挨拶を交わしていたが。……キャロライン、いくらわが身が可愛いとはいえ、すぐにばれるような嘘をつくのは感心しないな」

「う、嘘じゃないですよ!確かにお二人は今日が初対面です。でも、マリア様はレオのことを知っているんです。……マリア様も、私と同じように転生前の記憶を持っていらっしゃって、ここが小説の中の世界だということをご存じなんです。なので、マリア様はあの時咄嗟にあのようなことを言っていましたが、実際には私がマリア様にレオのことを話したわけではないんです」


 慌ててまくしたてるようにキャロラインが言うと、クロークは目を見開いては?と疑問の声を上げた。


「マリア嬢も、キャロラインと同じように転生前の記憶を持っている?……ユキと同じ世界の人間だったのか?」

「あ、いえ、同じ世界だったかどうかは聞いていません」


(そう言えば、マリア様の前世については詳しく聞いていないわ。そもそも、私も詳しいことは話していないし)


 お互いに、頭を打って転生前の記憶を取り戻したということだけで意気投合した。そう言うと、クロークは眉を顰めた。


「それは信じられることなのか?マリア嬢が嘘をついている可能性は?」

「それは……わからないです。でも、こちらから言う前に、頭を打って記憶を思い出したのではないですか?と聞かれたので」

「……なるほどな。それでレオのことも知っていると。つまり俺や兄のことも最初から知っていたということか」


 顎に手を添えながら、クロークは考えるように地面を見つめた。


「マリア嬢もレオを推しているのか?君から話を聞いたわけではないのに、レオにずいぶんと会いたがっていた。彼女もレオに好意を?」

「えっと、それは……たぶん推しているというのとは違うと思います。マリア様自身もおっしゃっていましたけど、クローク様とレオの主従関係が好きなんだそうです」


(さすがに、お二人をカップリングして愛でてらっしゃるとは言えない!)


 何とか微笑んでクロークにそう言うと、クロークはふうん、と目を細めて首を傾げた。


「そういうものなのか?よくわからないが」

「私も、小説を読んでいる時お二人の主従関係は好きでしたよ。お互いがお互いを認め合い、信頼関係がしっかりできているのが素敵だなぁと思っていました」

「それで社交パーティーの時、マリア嬢と話が弾んでいたというわけか」


 クロークにそう言われてキャロラインが頷くと、クロークはふむ、と小さく呟いてから胸の前で腕を組んだ。


「君がマリア嬢にレオのことを話したというわけではないことはわかった。ただ、マリア嬢が君と同じように転生前の記憶を持っているのなら、その点についてもっと詳しく聞いてみるべきだろう。嘘はついていなさそうだが、それでも完全に信用するにはまだ不確定だ」


 確かに、マリア嬢とはお互い頭を打って転生前の記憶を思い出し、ここが小説の世界と同じだということ、クロークとレオの関係性が好きだと言う話しかしていない。同じ世界の人間だったかどうかもわからないのだ。


(別に聞かなくてもきっと同じ世界の人だと勝手に思い込んでいたけれど、たしかにそうとは限らないわよね……)


「今度マリア様に会ったとき、詳しく話をしてみますね」

「ああ、ぜひそうしてくれ」


 そう言うと、クロークは小さく息を吐いてからキャロラインをジッと見つめる。次は何を言われるのだろうかとキャロラインが身構えると、クロークは頭を下げた。


「君がマリア嬢にレオのことを話したわけではなかったのに、疑うようなそぶりを見せてすまなかった。許してほしい」

「……え?」


 あのクロークが、キャロラインに頭を下げているということに、キャロラインは思わず唖然として固まってしまった。クロークは顔を上げると、そんなキャロラインを見てムッとする。


「どうしてそんなに意外そうなんだ?」

「え、あ、いえ、すみません。まさかクローク様が謝ってくださると思わなくて」

「俺だって間違った行いは訂正し謝罪する。当然のことだろう。それとも俺は、そんなこともできない男だと思われているのか?……ああ、でもそうか。君が知っている小説内の俺はそういう男なんだろうな。それに、ユキの記憶を思い出す前の君に対しては、確かにそう思われても仕方のない対応をしていた」


 小さく苦笑しながらそう言って、クロークはまた小さくため息をついた。


「あ、いえ!クローク様がそんな人だとは思っていませんよ!ただ、ちょっと驚いてしまっただけで……私こそ、すみません」


 クロークを傷つけてしまった。その事実に、キャロラインの胸がチクリと痛む。確かに小説内のクロークは性格に難があったが、根本的な部分は素直できちんとしている。レオに対してそうであるように、信頼する相手には情が深いのだ。それを知っているはずなのに、どうしてあんな反応をしてしまったのだろうとキャロラインは反省する。


「いや、いいんだ。とにかく君に嫌われないのであればそれでいい」


 そう言って、クロークはキャロラインの体をくいっと引き寄せ腕の中におさめた。


「俺はレオや兄のことになるとどうも冷静でいられない。君がレオや兄へ思いを募らせてしまうのではないかと思うと気が気じゃないんだ」

「ですからそれは……」

「いくら君が大丈夫だと言ってもだ。……俺の問題なんだろうな」

 

 そう言って、クロークはキャロラインの頬に自分の頬を摺り寄せる。それはまるで猫が必死に親猫や飼い主にすり寄るようだ。


「クローク様……。何度もお伝えしている通り、私はクローク様から離れたりしません。でも、きっとクローク様は不安なんですよね。その不安がいつか消えてなくなるように、私も頑張ります。もしまたクローク様が不安にさいなまれて押しつぶされそうになっても、その度に私は大丈夫ですって伝えます。だから、心配しないでください」

 

 そう言って、キャロラインはクロークの頭をそっと撫でた。ユキとしての記憶を取り戻す前は、二人とも軽蔑し合い、いがみ合い、近寄ろうともしなかった。今はこうして仲を深め合っている二人だが、まだ関係性は始まったばかりなのだ。


(もっといろんなことを話して、一緒に過ごして、二人の時間を育んでいかないと)


 

 ◆



 マリアとトリスタンがキャロラインたちの元を訪れてから数週間が経った。


(今日も平和だわ)


 コンサバトリーで陽の光を浴びながら、キャロラインはほうっと息をつく。ゆっくりとお茶を飲みながらソファに座り、くつろいでいた。お茶を飲むときは庭園内にあるガゼボが多いが、季節も移り変わり涼しくなってきたので、コンサバトリーでお茶をしていた。

 小説内ではマリアとトリスタンに出会ってからキャロラインはクロークに殺される運命をたどるが、ユキの記憶を持つキャロラインはクロークに殺される世界線を回避できたようだ。


 相変わらずクロークはキャロラインにべったりで扱いにこまることも多いが、二人で色々なことを話し時間を過ごすことでクロークのキャロラインへ対する気持ちが以前よりもだいぶ落ち着いてきたように思える。


 クロークは公爵家の次男ではあるが騎士であり、普段は忙しい。騎士としての立場は実質隊長以上なので、休みの日でも屋敷の執務室で事務作業を行なうこともある。この日も、クロークは執務室で仕事をしているため、キャロラインは一人の時間を満喫していた。


 ユキの記憶を取り戻してからのキャロラインはまるで別人になったかのようになり、周囲の人々への対応もすっかり変わった。あまりに違いすぎて最初はみんな戸惑っていたが、次第にキャロラインの人柄に惹かれ、今では屋敷の人間みんながキャロラインを慕っている。

 もちろん、ユキの記憶を思い出す前までのキャロラインの行いは相当酷いものだったので、キャロラインをいまだに憎く思っている人間もいる。だが、それは仕方のないことだとキャロラインは思っていた。


(キャロラインの頃の記憶もちゃんとあるから、あの頃の私がどれだけ最低で最悪な人間だったかというのも自覚してる。全てを許してもらえるだなんて思っていない。ただ、今はあの頃のキャロラインではなく私として、きちんと生きていくだけ)


 窓の外から差し込む陽の光がキラキラと輝いている。コンサバトリー内の植物たちも、心なしか嬉しそうだ。

 幸せを噛みしめながら色とりどりに咲く花を眺めキャロラインが微笑んでいると、ふとそこに人影ができる。誰だろうと視線を向けると、そこには意外な人物が立っていた。



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