10 ハッピーエンド
「あの、キャロライン様、少しお話よろしいでしょうか?」
クロークとキャロラインが話をしていると、マリアが近づいてきてキャロラインへ微笑みかける。
「えっと、私ですか?」
「はい、二人きりで」
にっこりと微笑むマリアに連れられて、キャロラインはバルコニーにやってきた。人はほとんどいない。
「あの、マリア様、お話というのは?」
「単刀直入にお聞きしますね。キャロライン様は、頭を打って転生前の記憶を思い出したのではないですか?」
「えっ!?」
驚愕の眼差しでキャロラインがマリアを見つめると、マリアはにっこりと微笑んで話を続ける。
「実は、私もそうなんです。転生前の記憶を思い出して、ここが小説の中だと気がつきました。なので、悪役令嬢であるマリア様に目をつけられていじめられるのは嫌だな、なんて思っていたのですけど、今日のご様子を見て心配はいらなそうだなって」
うふふ、と嬉しそうに笑うマリア。キャロラインは呆然としているが、マリアはそうだ、と両手を合わせて嬉しそうに笑う。
「今日はレオ様はいらっしゃらないんですか?私、実はクロレオのカプ厨なんです」
「……はい?」
「あ、キャロライン様はクローク様とレオ様がご一緒にいるところをいつも見てらっしゃるんですよね。羨ましいです。小説を読んでいた頃からお二人の信頼関係と仲の良さに胸をときめかせていたので……。あ、ごめんなさい、一人でこんなに話をしてしまって。お恥ずかしいわ」
両手を頬に添えてウフフ、と可憐に微笑むマリアだが、キャロラインは相変わらず口をあんぐりと開けてマリアを見ていた。
(まさか、マリア様も転生していて、さらには転生前はカプ厨だったなんて)
キャロラインも転生前は小説を読みながらクロークとレオの関係性に胸をときめかせてはいた。だが、キャロラインの場合は腐目線ではなくブロマンスとして二人を眺めていたので、マリアの思う二人への気持ちとはまた随分違う気がする。それに転生前はキャロライン自身がレオを推しに推しまくっている。
「あの、すみません、急すぎて頭が追いつかなくて……。つまり、マリア様も転生前の記憶を持っていると。あ、ちなみに私もクローク様とレオ様の関係性はとても好きでしたが、ブロマンス目線でした。でも、腐が良くないとかそんなことは全く思ってません。あの、そこは何を好きでも自由だと思うので」
「そうでしたの。同じカプ厨でないのは残念ですけど……でもブロマンスも素敵ですわよね」
キャッキャと嬉しそうにはしゃぐマリアを見て、キャロラインはこんなこともあるのかと驚いていた。自分だけが転生前の記憶を持っているのだと思っていたけれど、同じようにここが小説の世界だと知っている人間が、こんなにも身近にいただなんて。
「まさかこんなに近くに、しかもヒロインであるマリア様がまさか転生前の記憶を持っていただなんて……それにここが小説の中の世界だと知っている人が他にもいただなんて、衝撃だけど、とても嬉しいです」
「私もです!あの、よかったらお友達になってくださいませんか?」
「もちろん!ぜひ!」
キャロラインの返事に、マリアはよかった!と嬉しそうに笑う。マリアが転生前の記憶を持っていると知って、キャロラインは一気に心が軽くなっていく。寂しかったわけではないが、それでも同じような境遇の人間が他にもいるとわかって心底ホッとしたのだ。
「そろそろ戻りましょう、あんまりキャロライン様を独り占めするとクローク様に怒られそうですし」
マリアのいう通り、会場内へ戻るとクロークがつまらなそうな顔でキャロラインを待ち侘びていた。
「遅い。長い。一体、ライバルと何を話していたんだ?」
「ライバルじゃありません。すっかり意気投合して、お友達になりました」
「あのキャロラインにお友達……まあ、今の君なら友達ができてもおかしくないか」
そう言って、クロークは少し離れた場所にいる男に視線を送る。
「じゃ、あの男もお友達か?さっきからキャロラインを見て話しかけようかどうしようか何度も迷っているようだが」
「え?……あれは」
キャロラインと目が合うと、その男はキャロラインの近くまで来た。隣にいるクロークを見て一瞬怯むが、またキャロラインを見て口を開く。
「久しぶりだな、キャロライン」
「オルレアン卿……お久しぶりです」
「こちらは?」
「クローク様と結婚する前に、ほんの一瞬婚約していた方です」
キャロラインの返事に、クロークが片方の眉をピクリと上げる。
「君はずいぶんと性格が変わったらしいね。穏やかで優しく、まるで改心したかのようだと聞いたよ。それなら、今度こそ俺の婚約者にならないか?」
「「は?」」
キャロラインとクロークは同時に疑問の声を発した。オルレアン卿はそんな二人を気にもせず、話を進める。
「レギウス卿は呪われた瞳のオッドアイ。君だって本当はそんな男と一緒なのは不服だろう。性格の変わった今の君であれば、昔の君とは違って妻にしたいと思う貴族は多いだろう。俺だってそうだ。どうせその男とは白い結婚なんだろう?早いところ離縁して、俺のところに来るといい。もちろん不自由はさせないよ」
にっこりと詫びれもなくそういうオルレアン卿に、キャロラインは絶句してしまう。この人は、一体何を言っているのだろうか?貴族の考えることはさっぱりわからない。
「申し訳ありません。私はクローク様と離縁するつもりはありません」
「どうして?そんな無愛想で呪われた瞳をもつ男に、君を幸せにできるとは到底思えないな」
「さっきから呪われた瞳とそればかりおっしゃいますが、実際にこの瞳に何かされました?何もされていないのですよね?実際には何もないのに、古い言い伝えをそのまま鵜呑みにしてクローク様自身に問題があるかのようにおっしゃいますけど、クローク様はとても素敵な方です。私のこともとても大切にしてくださいます」
きっと睨みつけるようにオルレアン卿を見て、キャロラインは話を進める。
「それに、ご存じないのですか?他の国ではオッドアイの瞳をもつ生き物は神聖な生き物、縁起のいい生き物として崇められているのですよ。それなのに、呪われているだの不吉だのと、バカの一つ覚えのようにそればっかり。貴族であれば、もっと見聞を広め視野も広げるべきではありませんか」
一気にそこまで行って、キャロラインはフーッと大きく息を吐いた。オルレアン卿も周りにいる貴族たちもみんなポカンとしてキャロラインを見ている。
「ふふっ」
隣にいたクロークが、静かに笑った。そして、キャロラインの体をグイッと引き寄せると、キャロラインへ強引にキスをした。キャロラインも、周囲の人間も突然のことに驚く。
「!!」
何度も何度もキャロラインの唇に自分の唇を重ね、クロークは満足するまでキャロラインへ口づけをした。ようやく終わってクロークの顔がキャロラインから離れると、キャロラインはぼうっとしながら顔を真っ赤にしている。
(な、何!?何が起こったの!?なんで急にキス!?)
「いいか、先ほどオルレアン卿は俺たちのことを白い結婚と言ったが、見ての通り俺たちは愛し合っている。他の人間が入り込む隙はない。わかったらとっととうせろ。そして二度とキャロラインに近づくな」
キャロラインを抱きしめたままクロークはドスの効いた声でオルレアン卿へ言うと、オルレアン卿はヒイッと小さく悲鳴をあげてその場からいなくなった。
「な、なん、キス……え?」
「すまなかった。ああするのが一番わかりやすいかと思って」
「で、でも、だからって、あんな突然、しかもたくさんの人の前でしなくても!」
顔を真っ赤にして潤んだ瞳で訴えかけるキャロラインを、クロークはさも愛おしいと言わんばかりの目で見つめる。
「悪かった。帰ったら二人きりで、もっとロマンチックに丁寧にキスしてあげるよ。ああ、嫌でないのであればそれ以上のことも」
「んなっ!?」
こうして、元悪役令嬢キャロラインは、ラスボスになるはずだったクロークに惨殺されることなく、クロークに溺愛されて幸せに暮らしていくことになった。
最後までお読みいただきありがとうございした!二人の恋の行方を楽しんでいただけましたら、ブックマークや☆☆☆☆☆での評価、いいね等で応援していただけると嬉しいです。




