8.審判
王妃様が私にわずかに顔を向ける。
怒った顔を私に向けないよう、でも雰囲気が緩まないよう。
絶妙な角度だった。
「どういうことかしら?」
「私の母の品物を処分するなんて、普通じゃありません。御病気なのは、向こうのほうだと思います」
私はハーマを顎で差した。
苛立っているのでずいぶん乱暴な仕草だったかも。
でも構わない。
本当に私は怒っているのだから。
「きっと自分が病気だから、私が病気のように見えたのではないでしょうか。ほら、自分に子どもが出来て……」
「……そうね。確かにハーマの振る舞いは病的だわ」
ハーマとノルザは何も言い返さない。
いや、言い返せない。
「私、聞いたことがあります。北の果てには貴族用のとっても良い病院があるのですよね?」
「ノルラント治療院ね」
その名前を聞いてハーマが顔を上げた。その瞳は恐怖で歪んでいる。
ノルラント治療院は雪に閉ざされた地にある病院だ。
だが名前こそ病院ではあるけれど、実態は監獄そのもの。
重罪とは言えないまでも何かしでかし、そのまま貴族社会にいてもらっちゃ困る人間は少なくない。好色すぎたり盗癖があったり、などなど。
裁判にはしたくないが、でもお咎めなしもマズい。
貴族社会においては外聞と面子が大切だからだ。
そうした微妙な政治的バランスの中で生まれたのがノルラント治療院。
要は貴族社会の困ったちゃん収容所である。
で、私がなぜこんなことを知っているかと言うと……。
リリアが成人した後に婚約破棄をして送られたのが、このノルラント治療院だからだ。
太陽の光の届かない、極寒の地。
小説の中でこれでもかと過酷な生活が描かれていた。
あんな所には絶対に行きたくない。
でもハーマにはちょうどいいんじゃないだろうか、うん。
私を病気扱いしたハーマにはふさわしい。
北の果てで後悔しながら性根を叩き直せ。
王妃様も得心したようで、扇をぱたぱたさせている。
「あそこならハーマのノイローゼも治るわ。うん、とってもいい話ね」
「ま、待ってください! あそこに送るなんて……っ」
ぱちんと音を鳴らして王妃様が扇を閉じた。
「ハーマ、あなたも貴族社会の端くれにいるのなら今回の出来事がどういうことか理解しているはずよ。それとも陛下や宰相の手まで煩わせるつもり?」
「そ、そんなつもりはありません……っ」
「むしろリリアちゃんに感謝することね。八つ裂きにしてやりたいのを、私は必死に我慢しているのよ」
それは嘘ではないように思った。
扇を持つ手に力が入りすぎて、赤くなってしまっている。
ハーマはそのまま押し黙った。
それを了承と受け取った王妃様がノルザに向き直る。
「フェレント公爵、あなたにも罪があるわ。
シャーレからリリアちゃんに渡るべき遺品を失くした。
これは王家に対しても敬意の無い行動よ」
王妃様が私に頷く。
どういう罰がふさわしいと思うか――そんな心の声が聞こえた。
遺品は大切だが、もう元には戻らない。
悲しいけれど泣いても返ってきてくれない。
本当はノルザも許せない。
公爵家も消してやりたい。
でも――。
最後の理性が叫ぶ。
私はこれから王家に入るんだ。
しっかりと意味のある罰をノルザに与えないといけない。
……。
私はゆっくりノルザに聞こえるよう、言った。
「王室の出納簿を元に、私の母が王家から頂戴した贈与品。それら品物に相当する金額を公爵家から王室へ納めるべきだと考えます」
これは相当な痛手になるはずだ。
王妃様の口振りでは、母の受け取ったプレゼントは結構な金額のはずだから。
「もし他人に売って取り戻せるのなら、そうして欲しいですけれど。あっ、領民に増税するのはなしで。生活を切り詰めて払ってください」
これでいいのかな?
王妃様の顔を覗き込む。
『中々、考えるじゃない』
……目の奥で褒めてもらったような。
そんな気がした。
王妃様がばっと立ち上がる。
会談の途中で立って発言するのがこれほど効果的だと、初めて知った。
「フェレント公爵、聞こえたわね?」
「……はっ」
「リリアちゃんの裁定通りに進めなさい。もし違反があれば私も容赦しないわ。陛下が止めても、あなたに罰を下す。いいわね?」
「承知いたしました……」
ノルザは顔を伏せたまま、王妃へ答えた。
「セバス、後は任せるわ。ハーマをいますぐノルラント治療院に送りなさい」
「はっ」
ハーマが膝から崩れ落ちた。
終わった。
全部、終わったんだ。
劇の終わりを告げる声が王妃様から発せられる。
「では、ごきげんよう」
私も椅子から立ち上がる。
そのまま何も言わずに、後ろを振り返ることもしないで。
ハーマとノルザにさよならだ。
これで終わり。
私の運命は変わったんだ!
もう破滅するような未来じゃない。
これから私は王家の子として生きていく。
すっごく晴れ晴れしい気持ちに包まれながら、私と王妃様は公爵邸を後にした。
これにて第1章、終了です!
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