45.絆を知る
それから聞いたところでは、ラーグ大公派は意気消沈したとのこと。
悪くない策略だったけれど、完全に王家にしてやられた形になったので。
名実ともにエンバリー王家が盤石なのを示したのもあって、彼の派閥の弱体化は避けられないとか……。
夏の陽気の中、私は王妃様お気に入りの茶の間で向かい合っていた。
王妃様は扇で顔を隠していますが、ご満悦です。
声が弾んで悪い顔になっていた。
「それにフェレント公爵も大変みたいね」
「ほうほう」
私は神妙な顔をしていますが、内心はざまぁみろって気持ちで一杯だ。
「ほら、彼は何の役にも立たなかったでしょう? それどころか自派の面子も潰して、リリアちゃんも逃して……派閥内から相当な突き上げを喰らってるみたいね」
あー、なるほど。
派閥内の不満がノルザのほうに行ったみたい。
わかりやすいスケープゴート……っていうか、ノルザの責任だから自業自得ですね、それは。同情しません。
「よくわからないですけれど、大変そうですね」
「これが大変そうってわかることは、ほとんど理解してるってことね?」
「……正直、いい気味です」
「ふふっ、本音を言うのはいいことよ。ねぇ、リリアちゃんは将来どうしたいとかある?」
「いきなりですね」
「雑談よ、雑談」
将来……この生活が続けば他に望みはないのだけれど。
でもやっぱりひとつ、やりたいことがあるというなら――。
「魔道具作りをしたいです」
「欲がないわねぇ」
「八歳ですよ、私」
「そうね。でもそれで満足? リリアちゃんなら、《《色々なこと》》ができると思うけど」
なんだか不穏です。私はこの国をどうこうするつもりはないので。
かかってきた火の粉は別ですけれど……。
「とりあえずローラ先生をあっと言わせる魔道具を作りたいです」
「……それはまた別の意味で大変ね」
王妃様が笑います。私も大変だと思います。
けれど、あの人を一度はあっと言わせてみたいです。
ここまで来れば私も意地です。
「試練でフェルトはどうだったかしら?」
「とても素敵でしたよ」
王妃様が眉を上げて喜びました。
普段、他の人がいる場所では自分の子が褒められても謙遜が必要です。
でも今は割とストレートに王妃様も反応してくれます。
「そう? なら、良かったわ」
「あんまり重圧をかけないであげてくださいね」
「そうね、休息が必要だわ。しばらくはラーグ大公もおとなしいでしょうしね」
私は話しながら、昨日の夜のことを思い出していました。
大広間を出た私とフェルトは、離宮のテラスで夜の食事を一緒に食べたのです。
「はぁ、終わったね~」
「うん……僕、初めて大人がいない冒険をしちゃった」
「あはは、私も」
満天の星空の下、離宮のテラスで私とフェルトは紅茶を味わっていました。
豚の炙り焼きとセットです。勝利の晩餐ってやつで。
お腹をぱんぱんに膨らませ、ゆったりと静かに紅茶を飲んで……。
金貨のようにきらきらと光る真円の月にため息が出ます。
「リリア、あの幽霊の王ってやっぱりさ……フェレント公爵夫人だよね?」
「会ったことあるんだね」
「昼食会で何回か。あの時はリリアは病気だって話だったけど……」
フェルトが好奇心ではなく、心配して聞いているのがわかる。
優しいなぁ。ここでお姉さんとして嘘を言うのは簡単だった。
いくらでも煙に巻けるし、フェルトは《《騙されて》》くれるだろうと。
彼は私を信じてくれるのだから。
でも、そうしたくはなかった。彼ならば信じられると魂が囁いてる。
その衝動に私は従う。
「あれは嘘。全部、作り話だよ」
「……そうなんだ」
「でも心配しないで。私は健康だから。あの女も怖くないし」
「リリアは強いね」
「そうかなぁ」
フェルトが私をじっと見つめてくる。
気のせいだろうか。たまにだけど、内側の魂までもフェルトに見られている気がするのだけれど。今は、その感覚がかつてないほど強い。
もしかして彼は気付いているのだろうか。
私が二重の魂を持っていることに。
言葉にはできなくても、私が普通じゃないのはわかっているかも。
フェルトはとても察しが良いから。
……あるいは。
「もしかして私の顔のどこかに、ソースついてる?」
「うん。顎のところに」
「――っ!!」
ナプキンで拭おうとして、その前にフェルトがさっと私の顎を拭う。
フェルトとふたりきりという状況でがつがつ食べ過ぎて、ソースがついていたのに気が付かなかった――!
さすがに王妃様や陛下が同席していたらこんな不始末はしませんよ?
「いつも色々と考えてるリリアも、気を抜くことがあるんだね?」
「むぅ……悔しい」
「ねぇ、リリアはここに来て良かった?」
「もちろんっ!」
「僕もリリアと一緒に居られて、楽しいよ。でももっと頑張らないとね。でないとリリアを守れないし」
フェルトは微笑む。
いやいや、そんな焦らなくても良いと思うけど。
彼は十分過ぎるほど努力してる。才能もある。
これ以上の高望みは、彼のためにならない。
私のような人間はこの世界にいないのだから。
「私がおかしいだけだよ。私に合わせようとしなくたって、いいの!」
「そうなの……?」
「うん。フェルトはフェルトの速さで頑張ればいいから!」
ナプキンを持ったフェルトの手を握った。
「わかった。自分の速さで頑張る」
「うん!」
頷いて、笑って。
星空に小さな流れ星が横切った。
その時に私は確かに感じた。
彼との絆が切っても切れないものであると。
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