44.印を掲げて
全ての準備が整いました。
私は王妃様、フェルトと一緒に大広間へ向かいます。
段取りはありますが、正直……ラーグ大公の反応は読み切れません。
「陛下が会場で根回しを進めてくれているわ。反ラーグ大公派の貴族を中心にね」
「おとなしく負けを認めてくれればいいのですけれども……」
会場に向かう途中、慌ただしい給仕たちとすれ違います。
たくさんのワイングラスをラックで運んでいるのですが、そこにフェルトが目を留めました。
「あの蒸留酒は母上秘蔵のでは?」
「ええ、私のお気に入りの中でも度数の強い銘柄よ。さすがに好評みたいね」
王妃様がちょっと悪い笑顔になります。
まさか、会場の貴族を故意に酔わせているのですか?
「ラーグ大公は酔って隙は見せないでしょうけど、取り巻きは別よ。こちらの空気に流されてもらうわ」
「は、ははぁ……」
うーん、 姑息というか小細工というか……。
でもこういう細かい施策のひとつひとつが技術なのでしょうね。
まさに宴もたけなわ。
夕陽がまぶしく大広間の窓を彩り、緩やかな雰囲気が満ちています。
そこに私たちが現れ――楽団の音楽が変化します。
陛下がこれみよがしに視線を向けてくれたことで、一斉に注目が集まりました。
「王妃様と両殿下が今頃……?」
「とっくに下がられたはずでは?」
諸侯の顔に困惑が浮かんでいます。無理もありません。
どこかにふらっと消えていた私たちが威風堂々と戻ってきたのですから。
ここからは臆することなく――胸を張って進みましょう。
隣を歩くフェルトにも自信が見えます。
もしかすると、先ほどの冒険が彼を強く成長させたのかも?
幽霊に比べれば貴族たちなんて怖くありませんからね。
陛下が目配せをします。
「おお、戻ったか。待ちわびたぞ」
すっとよく通る声です。これまでよりもはっきり聞こえます。
ラーグ大公、ヴェラー大公も集まってきました。
いなくなっていた王妃様と私たちが、何を言うのか。
当然誰もが興味あるのでしょう。
「ラーグ大公、あなたはさっき自分が教師役になれば――と仰っていましたね」
「ええ、結論が出たのですかな?」
ラーグ大公の眼が私とフェルトを射抜きます。
しかし慣れたのか、試練を潜り抜けたからなのか。圧は感じません。
王妃様がびしりと宣言します。
その言葉はまさに、ラスボスの風格です。
「はっきり言いましょう。あなたの教育は必要ありません」
「はは、これはまた……誤解の余地なく仰りましたな。しかし、私の魔力と制御術はご存じのはず。諸侯も私こそ両殿下の教育係にふさわしいと考えておられるのですぞ」
然り、その通りと諸侯から声が上がります。
王妃様はつんと顎を突き上げました。笑みを浮かべながら。
「ラーグ大公、あなたの実力を疑っているわけではありません。《《必要がない》》と言ったのですよ」
「試練の突破は喫緊の課題。まさか十歳まで待てと? 後回しにしては国の大事が成り立ちませんぞ」
ラーグ大公は両手を広げ、これみよがしに王妃様へ揺さぶりをかけます。
……やっちゃいましたね。
私とフェルトが試練を突破したとは思いも至らなかったのでしょう。
きゅっと王妃様の笑みが深くなりました。
陛下が諸侯を見渡し、宣言します。
「見せてやりなさい、ふたりとも」
「ええ、しっかりとね」
「何を……?」
私とフェルトは並んでラーグ大公の前に進みます。
その背後にはノルザがいました。何の感慨もわきませんがしたが。
私がハーマにひどい目に遭わされても見て見ぬ振りをした男です。
家族でさえ、父でさえありません。
そして私とフェルトは並んで手の甲を諸侯へと向けました。
ラーグ大公が目を見開きます。彼の驚いた顔を初めて見ましたが、悪くないものです。
「ま、まさか……」
魔力が手の甲に流れ、赤い鳥の紋章が浮かび上がりました。
大広間の諸侯が驚愕します。
「こ、これは火の紋章!? まさか、そんな!」
「もう両殿下は試練を突破されたのか!?」
「見間違えるものか、陛下と王妃様の印と同じだ!」
ぴーちく騒ぐ諸侯は混乱の真っただ中に叩き落されます。
そこにヴェラー大公が怒声を飛ばしました。
「皆の者、エンバリー王家の真の後継者の御前であるぞ! 控えおろう!!」
「は、ははーーっ!!」
一喝の直後、何十人もの諸侯が片膝をつき、首を垂れました。
まずは親王家、親ヴェラー大公の貴族たちが平伏し、一瞬の間をおいて中立派の貴族も片膝をつきました。
計算外の事態にラーグ大公は私たちから目線を外し、自派の貴族に小細工を弄する暇もありませんでした。
数瞬の後、ラーグ大公派の貴族も――ある者は脱力して、ある者は悔しそうに膝をつきます。
王家の人以外で立って残っているのは、ラーグ大公とノルザだけ。
そのノルザも……右往左往して、がっくりとうなだれながら膝をつきました。
彼もようやく諦めたのです。
「残るはそなただけだぞ」
ヴェラー大公の睨みつける声に押され、ラーグ大公が片膝をつきました。
顔を伏せていても、子どもの私たちには彼が顔を歪ませているのが見えています。
「ラーグ大公、私たちに言うべきことがあるのでは?」
静かにラーグ大公へ問うと、彼が唇をひくつかせています。
負けを認めたくないが負けた、そうわかっている顔です。
やがて息を絞り出すように彼が言葉を発しました。
「くっ、ぐっくぅ……両殿下におかれましては、試練を突破されたことを……心より、お祝い申し上げます……」
この言葉の意味をわからない人間は、この場にはいません。
私たちの完全勝利です……!
陛下のしっとりとした声が平伏する貴族に降り注ぎます。
「さて、これにて一件落着であろう。ふたりとも、大儀であった。もう夜である。ゆっくりと休むがよい」
「ええ、後のことはまかせなさい」
なんと心強いのでしょう。
こうして私たちは悠然と大広間を後にしました。
はぁぁ……!! 本当に、良かった。
歩いている最中、隣のフェルトがそっと私の手に触れてきます。
私は指先で、ちょんと応じて――意気揚々と大広間を出たのでした。
*宴もたけなわ、は酣と書いて酒が発酵する様子からできた言葉とのことです。
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』や広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!





