36.ふたりの先生
私の言葉に真っ先に反応したのはフェルトでした。
「僕もそれがいいと思います。やらせてください!」
「ありがとう、フェルト」
「気にしないで。リリアのためだからね」
陛下は額に手を当てていました。
困惑しきりのようです。
「確かに悪い手ではないが……本気なのか?」
「本気です! 今から火の試練を突破して戻ってくれば、ラーグ大公もしばらくは無茶を仰らないはず」
ラーグ大公は1ヵ月で私たちに火の試練を突破させると言いました。
その先回りをしてしまえば、彼が干渉する口実はなくなります。
「……それはそうだが。しかし失敗したら――」
「あなた、やらせてあげましょう」
毅然と断言する王妃様。
「リリアちゃんの提案はハイリスクだけどハイリターンよ。ここで行って戻ってくれば、ラーグ大公を確実に出し抜けます。時間をかければ、彼はさらに別の手を考えて打ってくるでしょう」
「ふむ……ここで止めるには、か」
陛下はじっと王妃様を見つめました。
張り詰めた空気が場を満たします。
「余はふたりの受けてきた講義に詳しくない。突破できるのか?」
「信じましょう。ふたりなら、できます」
陛下の目元がふっと緩み、優しいものになりました。
「わかった。余も信じよう」
「ありがとうございます……!」
「はは、あのラーグ大公を見返してやれ。フェルト、わかっているな。これがお前の初陣だぞ」
「リリアちゃんをしっかりと守るのですよ」
「はい! 僕がリリアを守ります!」
よし……。
おふたりの許可はもらえました。
決まったら後は進むだけ。
まずは動きやすい服装にお着替えです。
王妃様が命じると、ほぼ登山服みたいなのがすぐさま出てきます。
ふわっとしたジャケットとズボンですね。
フェルトは騎士の平服です。これも動きやすさ重視でしょう。
『お城で何かあった時のために』
王妃様が用意させていたのだとか。さすがに用意周到です。
さっと着替えてみると動きやすくて丈夫そうな布地。かなり実用的な服装ですね。
これなら走ったり跳んだりも問題ないでしょう。
そして試練に挑む前に、ふたりの人物が呼ばれました。
まずは大叔父様です。
彼もある程度の内容は知っているようでした。
まぁ、大公でもありますし身内ですからね。
「……まさか、こんなことになろうとはの」
「大丈夫ですよ、大叔父様。心配なさらずに」
本当はちょっと心配です。
でも今ここで恐怖を顔に出しても仕方ありません。
もう私は勝負をすると決めたのですから。
「うむ、強い子だ」
大叔父様が私に短剣を下さいました。
手にずしりとした重さが伝わってきます。
鞘から抜いてみると、細身の刃に付与魔法が刻まれていました。
本物の刃物です。これは今までのおもちゃではありません。
「この短剣に刻まれておるのは、高熱の付与魔法じゃ。刃の部分が熱くなるだけではあるがの、扱いには気を付けるんじゃぞ」
「はい、胸に刻みます」
次に大叔父様はフェルトに長剣を授けました。
それをフェルトが両手を上にし、恭しく受け取ります。
フェルトの眼には強い意志、戦う人の勇気が満ちていました。
「もう扱いはわかっておりますでしょうが、油断なされませんように」
「大叔父様、ありがとうございます」
フェルトは長剣をぐっと腰に差しました。そうすると、とても格好良いです。
十年後、王国一のイケメン王子様として騒がれるだけはあります。
「刃に振り回されないよう、腰は重く。足取りを焦らず。お気を付けを」
大叔父様とフェルトの間には厳粛な雰囲気があります。
私も立ち入れないくらいです。
その次にやってきたのはローラ先生でした。
……お腹が普段に比べてちょっとパンパンな気がします。
食べ過ぎではないでしょうか。
「リリアちゃん、これを」
ローラ先生が渡してくれたのは、魔道具のブレスレットでした。
軽くておもちゃのような感じです。
「これは……どういう魔道具でしょうか?」
「使ってみてください」
言われるがまま、ブレスレットを右腕にはめてみます。
そのまま魔力を流してみると深いところから音が聞こえます。
『ぴーちくちく』
可愛らしい鳥の鳴き声です。
ふむ……。これも鳥をモチーフにした魔道具ですね。
心を落ち着かせて、魔道具との繋がりをさらに構築しましょう。
ぐっと分け入るように。
深く、深く。集中して。周囲の喧騒が遠ざかっていきます。
どこまでも広がる青空と森。
静かで心落ち着くような心象風景が広がります。
でも奥の奥まで繋がった感じはまだしません。
空に手を伸ばしているだけのようです。
深呼吸をして、もっと魔道具の深淵に入って――。
『ぴぃぴぃ』
優しい小鳥の鳴き声はします。
しかし青空と森はどこまでも広がって……そこで肩に手を置かれました。
はっとして意識を引き戻すと、ローラ先生の手が私の肩の上にあります。
私の集中を終わらせたのはローラ先生でした。
「どうですか、落ち着いたでしょう」
「は、はい……。でも魔道具はまだ発動させてないような」
「それでいいのです。その魔道具は心を落ち着かせるための補助道具で、他に効果はありませんから」
な、なんですってー!?
そんな……リラックス用品なんですか、これは。
てっきり大叔父様のくださったモノと同じく、試練に役立ちそうな魔道具だと思いましたのに……!
よほど感情が顔に出ていたのでしょう。
ローラ先生の手が私の肩をもみもみします。
「試練の内容は受けないとわからないと聞きます。だからこそ、冷静に。心を落ち着かせたい時に落ち着かせるのが一番です」
「うっ……その通りです」
なんという合理性なのでしょう。
言われれば、試練では何かあっても落ち着くしかありません。
その意味ではこの魔道具は最適です。
ちょっと肩の力が抜けてしまいましたが。
「フェルトくんも頑張ってくださいね。慌てないことです」
「はい、先生!」
「いい返事です。リリアちゃんも頑張ってくださいね。力を入れ過ぎないように」
……どうやらこのやり取りそのものが、私の緊張をほぐすためだったようです。
ローラ先生には敵いません。
私はしっかりとローラ先生の瞳を見ながら頷きます。
「はい、頑張ってきます!」
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