28.お披露目パーティーで頑張ります!②
戻ってきたセバスさんが王妃様に報告いたします。
その顔には緊張が見られます。
どうやらコードラン侯爵の件とはまた別の件のようでした。
「王妃様、ヴェラー大公が来られました」
ついに。
私の祖父が会場に来られたようです。
会場の時計を見ると、陛下のご挨拶までさほど時間がありません。
少しやきもきいたしますが、仕方ありません。
覚悟を決めて出迎えるだけです。
「リリアちゃん、準備はいい?」
「……大丈夫です!」
待っていると、車椅子に乗ったヴェラー大公が大広間に来られました。
出入り口周辺の空気がしんと静まり返った気がします。
……ごくり。
夜色の髪と白髪交じり。手足は細く、頬は痩せこけています。
それは間違いなく公爵邸で虐待されていた頃の私に似ていました。
しかし眼光は鋭く、切れ長の瞳にはしっかりとした凄みがあります。
「ヴェラー大公……」
「来られるとは聞いていたが」
「前にお目見えした時よりもさらに痩せておるではないか……」
周囲の貴族のひそひそ声。
やはりヴェラー大公が来られるとは思われていなかったようです。
王妃様と私がヴェラー大公の元に進み出ると、彼は頭を深々と下げました。
「両殿下、本日はかような晴れの場にお招き頂き恐悦至極に存じます」
彼の言葉からは息が漏れ、言葉を発するのも楽ではなさそうでした。
王妃様がヴェラー大公に歩み寄り、膝を軽く曲げます。王族の礼としては最上級のものです。
「どうかお顔を上げてください、ヴェラー大公。こうして王都でお会いできて、何よりですわ」
そして、私の番。
「大公様。遠方よりご足労頂き、感謝申し上げます」
その言葉にヴェラー大公が顔を上げます。
確かにお爺様……ヴェラー大公はお身体の加減が良くない、としか思えません。
ですが、私は冷淡なのでしょうか。
特に悲しみを覚えているわけではありませんでした。
そもそも物心ついてから、ヴェラー大公と会ったことは一度もありません。
公爵邸で助けられた記憶も、何もありません。
肉親ではありますが、言ってしまえばヴェラー大公は他人です。
王妃様や陛下、フェルトのほうがよほど家族で。
ヴェラー大公は祖父でありながらも遠い遠い親戚としか感じられません。
「……私の娘に似てきておる」
その言葉には深い親愛の情がありました。
大叔父様と同じく、私を通して遠い母上を見ているのです。
でも大叔父様の時とは違います。
今の私はヴェラー大公の言葉に流されてはいけません。
毅然と私の立場を示さなければ。
「申し訳ございません。私は――覚えておりません」
私はもう戻りません。
自分で選んだ人生を生きたいと思います。
王妃様が私に一瞬、視線を送りました。
その意味を推し量る間もなく、ヴェラー大公が頭を再び下げます。
私の言葉の意味はこれ以上なくヴェラー大公に伝わったようでした。
「でしょうな。お気になさらんでくだされ」
「…………」
「はっは、娘も儂によくそう言っておった。その意味をもっと深く考えておれば……」
この人は悔いておられるのでしょうか。
多分、そうなのでしょう。
父と娘。きっと色々なことがあったのだと思います。
私はヴェラー大公に歩み寄り、その手を取ります。
骨と皮だけの手の奥。そこにはしっかりと燃えるような魔力があって。
温かい想いがありました。
「……殿下。まことに、まことに……もったいなきことです」
「はい……大公様、どうか長生きなさってくださいませ」
どこからともなく、周囲の貴族からぱちぱちと拍手が上がります。
実際、これはひとつの区切りです。
王国を代表する大貴族の孫娘。
それが王家に入り、新しい人生を歩むことを表明する場なのですから。
祝福されたような雰囲気の中で。
私はほっとしていました。
ですが、ヴェラー大公がさっと大広間の出入り口に視線を送ります。
その視線には……たくさんの意味があるように見えました。
「どうやら彼奴が来たようでございます」
同時に大広間の出入り口付近からどよめきが響いてきます。
緩んだ雰囲気を塗り替えるような、そんな興奮が起こっていました。
「リリアちゃん」
小さく鋭い声で王妃様が私に呼びかけます。
私はその声音で誰が来たのか、おおよその察しがつきました。
「やぁやぁ、遅くなって済まない。私の酒は残っているかね?」
朗らかでいながら油断のない鋭い瞳。赤みがかった髪と細身ながら筋肉質な身体は、どことなく鷹を思わせます。
大叔父様とはまた違う部類ですが、紛れもない武人の雰囲気です。
周囲の貴族も誰も彼もがラーグ大公のために道を開けます。
ラーグ大公がパーティーの注目を一気にさらっていきました。
ヴェラー大公さえも私の手を離して道を開けました。
その隙間にラーグ大公が大手を広げて参上します。
「これはヒルベルト殿下。久方振りでございますな。ご尊顔を拝し、誠に嬉しく思います」
ラーグ大公はこれ見よがしに王妃様の足元に膝をつきます。
そうしても自分の格は落ちない、とでも言うように。
自分に対する絶対的な自信。
確かに……彼は王妃様に対して少しも引け目を感じていません。
ですが王妃様も負けてはいません。
ラーグ大公の圧を跳ね返すよう、氷の微笑みを浮かべます。
「ラーグ大公、遠路はるばるご苦労様」
「なんの、たまには王都に来ないと忘れられてしまいますからな。おっと、ヒルベルト殿下の側におられるのが、もしや……」
役者かと思うほど顔を動かし、ラーグ大公が私の顔を覗き込みます。
……負けてはいけません。
これは単なるパーティーではないのです。
私の一挙手一投足をエンバリー貴族の全員が見ています。
私はあえて一歩、ラーグ大公の前に出ました。
「初めまして、ラーグ大公。リリア・エンバリーです。以後、お見知り置きを」
挨拶をした瞬間、ラーグ大公の背後にひとつの姿を見つけました。
彼の一連の動作は、私にちょうど《《あの人》》が見えるよう仕組んだものでした。
確かにラーグ大公は全てを計算しています。
「……リリア」
その声で私を呼ばないで欲しいのに。
ラーグ大公の背後には私の父だった人――ノルザがいたのでした。
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