25.お世話しているような
大叔父様はフェルトの稽古に戻りました。
私と話しながら、ちゃんとフェルトの動きは見ています。
「左腕の角度はそう、それくらいじゃ」
「こうでしょうか?」
「うむ。右利きは右に力が入ってしまう。最初のうちは左に気を付けるように!」
「わかりました!」
あえて離れて観察することで、フェルトの型の癖を見抜いていたようです。
確かに大叔父様がいない時のほうが、癖は出やすくなるかも。
修正された動きをフェルトが繰り返します。
言われたところが直っているのがわかりました。
フェルトは汗をこぼしながら一生懸命、厚紙の剣を振るいます。
その目はとても必死です。座学の時も真剣に取り組んでいるのでしょうが、ここまでの気迫は感じられません。
やっぱり剣術は特別なのかも……です。
そうして打ち込めるモノがあるのはきっと幸せなはず。
これで彼への借りはちょっと返した、と思うことにします。
で、午後の自由時間になりました。
今日はウキウキです。
なぜならフェルトが作るお菓子の試食があるから。
離宮のキッチンを借り、フェルトが調理しています。
私はテーブルに座って待つだけです。
昼食はしっかり食べましたが、訓練場での散歩のせいでしょうか。
めちゃくちゃ食欲が高まってお腹が空いています。
テーブルに座って、歴史の本を読みながら。
なるべく平静にしていますが、心はフェルトのお菓子を待ち望んでいます。
悶々としながら。
待ちます。
私は待てる子です。
本に集中……。
魔眼というものを持つ人の伝記です。
『魔眼王は幾人もの霊を見ていた。さまよう魂は魔眼王を善ではなく悪へと誘う。終わりのない夢、死者の想いはさらなる野望の種を魔眼王に植えつけ――』
子どもに読ませる内容ではない気もしますが……。
魔眼王は歴史上の重要人物なので仕方ないです。
そうしていると、フェルトが大きめのプレートに皿を載せて姿を見せます。
……エプロン姿でも格好いいのは反則な気がします。
髪も短めにまとめていて、新鮮です。
「お待たせ。できたよ~。待たせてごめんね?」
「いいえ! 大丈夫です」
「ふふっ、声に力が入ってるよ。リリアの口に合うといいけど」
皿の上に載っているのは、緑色のゼリーです。
てっぺんにはクリームが少々……ゼリーの中にベリーが入っています。
もう夏に入り始めてますからね。
素晴らしい。
この世界には冷蔵庫、冷凍庫に近い魔道具もあります。
各家庭には程遠いですが、貴族などにはかなり普及しているようです。
フェルトもそれを活用したのでしょう。
彼がスプーンでゼリーとクリームをすくいます。
ぷるぷると震えるゼリーくん。
とても美味しそうです。私に食べられるのを待っています。
「はい、あーん」
……今もお菓子については、フェルトが食べさせてくれます。
さすがに日々の食事でそれはなくなったのですが。
もう体力も回復してきてますからね。
でも作ってもらった手前、このお世話は断れません。
はむっ。
もにゅもにゅ。
おお、この濃密な甘さとほのかな酸味。
ゼリーの緑色の正体はメロンですね。ひんやりと甘くて最高です。
そこにさらなる酸味のベリー。
このベリーも単に入れてあるだけじゃなくて、砂糖漬けにしてあります。
最後にクリーム。酸味と甘さのバランスを甘さに傾けてくれます。
身体にデザートがしみます……っ。
「どうかな? 新しく作ってみたんだけど」
「生きてて良かったです」
「そ、そう?」
ちょっとまぶたに涙が浮かびます。
それくらいひんやりゼリーが美味しくて。
心に響いてきます。
私がじっくり味わっている間に、フェルトもゼリーを試食します。
「うん、うまくいったみたい。このベリー、ちょっと不安だったけど」
「砂糖漬けですよね。メロンに合っていると思います。はむっ」
食べ終わるとまたフェルトからゼリーが差し出されます。
これを食べて、半分くらい。ゼリーくんの命は短いです。
「よくわかるね。やっぱりリリアの舌は鋭いのかな」
そうかなぁ?
なんだか食いしん坊なだけの気もします。
でも食材を当てるとフェルトが喜ぶので、当てたくなります。
今も嬉しそうです。
剣術の時間が必死なら、お菓子の時間は楽しそう……でしょうか。
フェルトがほんわかとしています。
凄くリラックスしているのが伝わってくるのです。
正直、八歳の子にお世話されるのに葛藤がないわけではありませんが。
でも私も八歳なので、甘んじてお世話されます。
子どもの好きにさせるのも大人の役割ですし。
それはそれとして、ゼリーはとても美味しかったです。
次回もひんやり系デザートを所望しておきます。
「今度は別の果物でゼリーを作ってみるね」
「はい、待ってます!」
こうして穏やかな日々を過ごしていると、そのうちドレスもアクセサリーも完成しました。
城内はきらびやかな内装に包まれて華やかな雰囲気に彩られています。
いよいよです。お披露目パーティーが目前に迫っていました。





