19.着飾ってみます?
エンバリー王家に養子入りしてから、約十日。
順調に日々は過ぎています。
まぁ、日中のほとんどが勉強なのですけれど……。
算数、国語、魔法、歴史、礼儀作法、運動、芸術。
これくらいでしょうか。
前世の小学校低学年の教科とあまり変わらない気はします。
で、この中で一番ドキドキとする授業は何か。
それは礼儀作法の授業です。
なぜならこの授業だけは、ほぼ王妃様が立ち会われるから。
お披露目パーティーが近日中にあるので、しっかりと進捗を確認されます。
今もお披露目パーティーが行われる大広間を貸し切って、予行演習中です。
まだそっけないテーブルと椅子が並んでいるだけの空間。
王妃様がそこで紙を手によく通る声で説明してくれます。
フェルトも当然出席予定なので、一緒にいます。
「この辺りがウルバルト辺境伯のグループね。彼らはリリアちゃんの王家入りに賛成だから、にこやかに対応してくれればそれで大丈夫よ」
「ふむふむ……」
ウルバルト辺境伯はエンバリー王国の西に住まう大貴族です。
ただ中央の権力争いに興味はなく、いつも多数派に乗るのだとか。
こうした貴族間の情報も頭に叩き込まないといけません。
もちろん、当日は王妃様や陛下がつきっきりで居てはくれますが……。
私は私で立ち振る舞いをしっかりしないと。
王妃様の後ろで私が一言も発しなかったら、諸侯はどう思うでしょう?
良い感情など抱きません。私を愚かな子どもと見なすでしょう。
……私がフェレント公爵家で虐待されていたことは、ほんの一部しか知りません。
お披露目パーティーに来られる方々に、情状酌量を期待しては駄目なのです。
私自身の力量と才覚をもって。
納得してもらわなければいけません。
緊張です。
今の予行練習でも心臓が結構バクバクして……。
王妃様と挨拶ルートを確認しながら大広間を歩き回ります。
「フェルトはもちろん、リリアちゃんも礼儀作法はほとんど問題ないわ。
あとは貴族間の立ち回りさえ気を付けてくれれば……」
「は、はい」
そう言ってもらえると、ちょっと心強いです。
フェルトはさほど緊張はしていないようですけれど……。
「この辺りが南方のラーグ大公のグループね」
「…………」
ラーグ大公。
その名前を聞いて、フェルトも一瞬だけですが目を細めました。
「ラーグ大公はフェレント公爵の本家筋に当たる貴族よ。近年は南方の最前線にいて王都に来ることは少ないけれど……。今回は総出で来るとのことよ」
「……はい」
「リリアちゃん、言いにくいけれどラーグ大公は油断のならない諸侯よ。先の大戦での戦果をもとに、急速に力を伸ばしているわ」
私はそれを《《知っています》》。
原作の世界で、私は他国と内通した罪で処刑されました。
それは冤罪で濡れ衣でしかなかったのですが。
その濡れ衣を私に被せてきたのはハーマですが、裏で糸を引いていたのはラーグ大公です。
ラーグ大公は八年前に終結した南の帝国との大戦で活躍した英雄です。
魔法戦なら大叔父と並んで国内最強の呼び名も高い人です。
……その大戦はエンバリー王国に大きな傷跡を残しました。
祖父母や親世代のかなりの人数が亡くなったのです。
私の母のシャーレもそのうちのひとりでした。
戦争に勝つため、妊娠中にも関わらず魔法を使い続けて……。
私を産んで力尽きてしまったのだとか。
陛下と王妃様のご両親も魔力の使い過ぎで寿命を減らし、もう亡くなられています。それだけの被害が出てしまったのです。
最終的にラーグ大公の軍が帝国を押し返して領土も広げ、戦争は終わりました。
でも大戦の傷は今も王国に残っています。
「戦争に勝利したとはいえ、私たちの王国は弱体化しました。ラーグ大公は戦争の英雄ですが、野心的です。上手く付き合っていかないといけません」
「はい……!」
ラーグ公が他国と内通するのは、もっとずっと未来の話。
しかも私が公爵家に残って成長した、すでになくなった未来の話です。
……今の私がどうこう言うべきことじゃない。
お披露目に最善を尽くす。
それが今、一番やるべきことのはず。
お披露目パーティーの段取りについて、私やフェルトは関わりません。
まぁ、八歳だからね。
私の仕事は貴族の顔と名前を覚えること。
機転の利いた受け答えを考えておくことです。
王妃様がぶどうジュースの入ったグラスを傾けました。
「ドレスに飲み物がかかっても、動じてはいけませんよ。
替えのドレスはあるから、そのまま優雅に」
「……そんなこともあるんですか?」
「リリアちゃんの反応を見ようと、わざとかけてくる方がおられるかも。
貴族学院で何度もあったわ」
こっわ……。
アクシデントを起こして、本性を見ようってことね。
で、王妃様がくるっと笑顔になります。
「さて――憂鬱な話はこれくらいにして。肝心のリリアちゃんのドレスはどうしようかしら?」
王妃様の言葉を合図に、侍女がぞろぞろとドレスを持ってやってきました。
ええと、五着も……?
まだ仮縫いのようですが、それでも豪華です。
「パーティーの雰囲気は決めてあるの。夜を基調に、気品良く。リリアちゃんの黒髪にきっと似合うわ」
ううむ。
そう言われても、私にはパーティーを主催した経験などありません。
とりあえず頷いておきます。
フェルトがドレスと私を交互に見比べていました。
「リリアなら銀も似合うと思います。ネックレスや指輪にどうでしょうか」
銀……!?
生まれて一度も身につけたことがありません。
とりあえず頷いておきます。
頷いてばかりです。
「いいアイデアね。髪飾りはどうしようかしら。リリアちゃん、何か好きなデザインはあるかしら?」
「そうですね……」
個人的に好みなのは、シュシュかなぁと思います。
あまりキラキラしているんじゃなくて、ぱきっとした白と真鍮色の組み合わせとか。それともこれは大人すぎる……?
リリアとしてはお洒落をして来なかったのもあって、これといった主張はないような。
何でもいいような感じではありますが。
……。
とりあえず言ってみましょう。
「あまりゴテゴテとせず、すっきりとした白と真鍮色のシュシュとか……」
「まぁ、いいじゃない! 似合うと思うわ!」
「きっとドレスにも合うね」
……そうかな?
でも可愛らしいドレスと自分で良さそうと思った髪飾り。
これをセットで身に着けられるのは、とってもウキウキします。
こうして王妃様とフェルトによって。
私は頭のてっぺんからつま先まで、コーディネートされるのでした。
ふぅ……。
着飾るというのは、いくつになっても楽しいです……!
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