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17.パンケーキを前にして集中しろと

 私の目の前のテーブルには赤い水晶のブローチがありました。

 あのサファイアのブローチに似ていますが、一回り以上小さいです。

 ほとんど幼児用な気がします。


 そして、隣にはパンケーキです。

 とても美味しそう……。


 目がブローチとパンケーキを往復します。


「このブローチは弱い熱を発する魔道具です。

 ちゃんと集中していれば発動させるのは難しくないでしょう」


 これはローラ先生の言葉。

 私の左手の上にブローチが置かれました。

 フェルトも同じです。


 ふぅ、雑念を振り払って……。

 パンケーキのことは頭から追い出して。


 集中です。

 意識と魂がブローチに注がれます。


 うん……。

 ブローチに刻まれた魔法が浮かんで見えてきます。


『はーるだよー』


 のんびりとして、眠そうな声。

 このブローチからの声です。


 このブローチにあるのは……春。

 そうです、優しい春が付与魔法で刻印されています。


 そこにぎゅーっと神経と意識を向けます。

 あのサファイアのブローチよりは簡単かな?


 数十秒くらいでしょうか。

 集中を続けて……うん。

 多分、繋がった気がします。


 あとはゆっくりと魔力を流し込むだけ。

 人差し指でノーツを叩いてリズムを取るように。

 春のように穏やかで、温かい旋律。


 手のひらの上のブローチがじんわりと温かくなってきました。

 ……とても弱いホッカイロ?

 冬にはちょうどいいかもです。

 

 フェルトが私に向かって首を伸ばします。

 

「リリア、もう発動できたの?」

「うん。あったかい……」

「凄いなぁ、僕もあともうちょっとなんだけど……」


 悩むフェルト。

 私からアドバイスを言っていいのでしょうか。


 ローラ先生を見るとすまし顔です。

 これは言っていいと判断します。


「……春をイメージするといいかも」

「わかった。春だね。これがリリアには春に感じるんだ」

「うん。今は温かくてイイ感じ」


 アドバイスを受けて数十秒後。

 フェルトの左手にあるブローチにも魔力が集まっています。


「あ、わかったかも。確かにこれは春だ」


 フェルトがにこっと微笑みます。

 その顔を見ていると、私もほっこりしますね。


 ローラ先生がぱちぱちと手を叩きます。


「お見事です、ふたりとも。この課題は通常、十歳か十一歳向けです。

 八歳でこれをクリアできるなら充分過ぎるほど神童です」

「……僕はリリアのアドバイス通りにやっただけです」

「魔道具のイメージを聞いてすぐ出来るほど、簡単ではないです。

 フェルトくんの基礎力とイメージ力のおかげですよ。自信を持ってください」

「は、はい……」

「子どもの頃の私ならダッシュで見せびらかして、親からお菓子をせしめてます」


 吹き出しそうになりました。

 集中が乱れて、ブローチの熱が弱まりそうになります。


 一方、フェルトは困った顔をしています。

 そんなことは考えたこともないって顔です。

 彼はそうでしょうね。王妃様や陛下にそうしているイメージがありません。


 ローラ先生が私に向き直ります。

 

「リリアちゃんの制御術は素晴らしいです。これについては教えることがそれほど残っていません」

「そうなんですか? どんどん先に進むわけには……」

「私もそうしたいですが駄目です。リリアちゃんなら、魔道具作りでも歴史に名前を残せると思いますが……。十三歳以上の課題は貴族学院に入ってから学ぶべきです」


 なるほど。

 このエンバリー王国の貴族は十三歳くらいから四年間、貴族学院に通う。

 その課題を先取りすることはしない、ということですね。

 

「その代わり基礎をとことん高めます。さぁ、パンケーキを見てください」


 ……くっ。

 あえて視界に入れないようにしていたパンケーキ。


 ああ、湯気が。蜂蜜が。芳醇なバターの香りが。

 お昼前の空腹にダイレクトに響いてきます。


「これから近いうちに国中の貴族を集め、リリアちゃんの王族入りお披露目パーティーを行います」


 それについては王妃様から、ちらっと聞きました。

 まだ日程調整の段階だけれど、やはり告知しない訳にはいかない。

 私がエンバリー王家に入ったこと。

 それをしっかり知らしめる場になるはずです。


「そこで私は王妃様に進言しました。お披露目パーティーでリリアちゃんが魔道具を使ったデモンストレーションをするのはどうですか、と。そうすれば納得される貴族も増えるでしょう」

「な、なるほど……」


 私はハーマの策略でほとんど社交界にも出ていない。

 フェレント公爵家の長女ではあったけれど、私を直接知っている貴族はほとんどいないはずです。記憶にもないですし。


 だからこそのお披露目パーティーでもあるのでしょう。


 その場で私が年齢以上の魔道具をうまく扱えたら?

 きっと皆、私を評価してくれるはずです。

 王家に入るのにふさわしい人間、と。


「ローラ先生、いい案だと思います」


 と私は言ったのですが。

 フェルトが少し不安そうな顔をしています。

 なぜでしょう?


 ローラ先生が私の前に座り、パンケーキを切り分けます。


 ……今、どうして切り分けているのでしょうか。

 しかもそんな、美味しそうに。

 パンケーキからじゅわっと汁が出ているじゃないですか。


「ただし、そのデモンストレーションには平常心と制御術が大切です。

 大勢の人が注目して見ています。雑音も授業と比べると非常に大きいです。

 他にも集中できない要素がたくさんあります」


 ローラ先生がフォークでパンケーキを刺して。

 これみよがしに私の口の前に持っていきます。


 あっ、うっ、あっ……。


 なんという――。


 食べたい。

 とても食べたい。


 左手の上にあるブローチに集中できません。

 熱が弱まり、点滅しています。


 ローラ先生はそれにしっかり気付いているようでした。

 パンケーキが私の目の前を行ったり来たりします。


「……リリアちゃん、集中です」

「無理ですっ」

「じゃあ、パンケーキはお預けです」


 ローラ先生がしゅっと自分の口にパンケーキを放り込みます。


 あっ――。


 無情。

 虚無。

 絶望。

 

 目の前でパンケーキは消えてなくなってしまいました。


 反面、パンケーキがなくなったことで集中力が戻ってきました。

 なんというわかりやすさ。

 食べるモノが目の前から消えて、魔道具に意識が向くなんて。


「集中が切れるたび、私がパンケーキを食べます」

「……!?」

「パンケーキを食べたければ、集中を切らさないことです。お披露目パーティーを無事に終わらせるため、頑張りましょう」


 くっ、恐ろしい課題!

 さすがローラ先生……!


 で、当然と言いますか。


 同じことをされても、フェルトは集中力を全然切らしません。

 目の前でパンケーキをゆらゆらされても、魔道具へ集中しています。


 私はこの時、フェルトをとても凄いと思いました。

 

 ああ、鋼の精神力が……。

 パンケーキを目の前にしても揺らがない集中力が欲しいのです。


 もちろん。

 パンケーキも食べたいです。

八歳には過酷かも……??


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[一言] これは子供に、好きなものを買ってあげると言って勉強をさせる方法ですね!! 私も家庭教師でやった経験で同じ事しました(笑) でもまだ小学生の子供の家庭教師をやっていたので、子供が可愛くて折…
[一言] たとえ大人の記憶を持っていても、子供の体で飢餓に晒された経験は染み付くだろうしなぁ……。なんせ本体な訳だし。 何気にエグい試練だコレ。
[一言] 大人の記憶アドバンテージは時間経過で今生の幼女の精神に引っ張られて薄くなって行ってる設定かなぁ。
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