セーフハウス
非常時にはそこに行けと、小さな頃に言われた場所がある。
今でもその場所についてはよく覚えていて、独り立ちしても、結局彼女とは別れて独り暮らし継続真っ最中になったとしても覚え続けていた。
そして月日は流れて今。
あああの時親に言われた非常時っていうのが今なのか、とわかる事態がやってきた。
法的にいえば、重要事態が発生したということになるのだろうが、それが起こったからといって一市民である俺に何かできることがあるのかといえばなにもない。
せいぜい邪魔にならないように逃げるだけだろう。
そういうことで思い出したのはそのセーフハウスだ。
ほうほうの体で数多くの戦闘地域や武装集団の群れを避けながらセーフハウスだといわれていた場所へとやってくる。
「おや」
そこには初老の女性がいた。
「おじいさんや、面白い人がやってきましたよ」
家は洞窟らしく、洞窟には普通の家の玄関ドアがはめ込まれている。
山の一部をくりぬいたような者らしいが、女性は俺を見つけると同時に、玄関ドアの中へと声をかける。
「おやおや、これはこれは」
中から出てきたのは、女性と同じくらいの見た目年齢の男性だ。
「ご夫婦、でしょうか」
俺はお二人に話しかける。
「ええ、そうですよ。もしかして……」
名前を言われると、確かに親の名前だ。
「そうです、両親の名前です」
「そうですかそうですか、となれば、あの戦争から逃げてきたってことでしょうね」
「ええまあ」
あいまいに答えたが、どうやら二人には見抜かれていたらしい。
「どうぞ、家の中へお入り。この戦争もしばらくしたら終わるでしょうから、それまでの間、ね」
女性に誘われるままに、男性はいつの間にか俺の後ろに回られて軽く圧力をかけてくる。
否応なく、俺は家へと入るしかなかった。