第八話
ノートル孤児院では、いつもの朝を迎えていた。
サチャたち年長組が朝食の準備をしている間、年少組の子どもたちで院内の掃除を行う。トイレ、お風呂、廊下や大広間など一通りきれいにした後、食堂に集まって年長組が用意した朝食をみんなで食べるのだ。
この日の朝食は、堅パンにシチューだった。
「それではみなさん、残さず食べましょう。いただきます」
「いただきまーす!」
エリザベス院長のあいさつと共に、子どもたちの豪快な食事が始まる。食べ盛りな少年たちには少し物足りないが、町の人々の寄付金でまかなっているノートル孤児院ではこれでも多いほうだった。
「おじさん、どこ行っちゃったんだろ」
手でちぎった堅パンを口に放り投げながらカシムはつぶやいた。
「さあ。もうどこか行っちゃったんじゃない?」
サチャが答える。
ソラリスは、魔法展での戦いのあと姿を消していた。どこへ行ったのか、町の人々も誰も知らなかった。
「伝説の英雄のお姿、見てみたかったわ」
エリザベス院長がおっとりとした声で言った。七年前に起こった王都ノアの奇跡は、いまだ記憶に新しい。
冷たくなった夫と我が子を抱き締めながら、道ばたでうずくまっていた彼女。迫り来る魔物が一瞬にして光に包まれて消滅した。
王都を襲っていた魔王の軍勢が空から降り注ぐ光の柱によって全滅した出来事は大々的に報道され、国を救った英雄の名は伝説として語り継がれた。
さらにその二年後には魔王を倒した賢者として讃えられると、ソラリスの名はまるで神のごとく崇高なものになった。いまだに、エリザベス院長の中では神聖ノアの守り手ソラリスは神格化されている。
「普通のおじさんだったよ」
サチャの言葉に、カシムもうなずいた。
「胡散臭そうな占い師みたいだった」
エリザベス院長は、聞きたくないとばかりに耳をおさえた。
「やめて二人とも。イメージが崩れるから……」
エリザベス院長の言葉に、子どもたちが笑った。
束の間の楽しい時間が、急に打ち破られたのはそんな時だった。
食堂の扉を勢いよく蹴破る集団が現れたのだ。
黒い甲冑を身に着けた漆黒の騎士。神聖騎士団である。
彼らは、冷たい目を向けながら子どもたちを眺めまわした。
「ここにおったか」
「な、なんです、あなたがたは!?」
すぐさまエリザベス院長が立ち上がる。
騎士団はぐるりと室内を囲んだ。
「何用です!? ここはあなたがたの来るところでは……」
「黙れ。ここに魔法展に来ていたガキが二人、いるはずだ」
神聖騎士団の黒い甲冑を見て、サチャとカシムは体が震えた。まさか、ここまで来るとは。
立ち上がる二人の姿に、騎士は言った。
「お前たちか」
「は、はい……」
「城へと連行する。おとなしくお縄につけ」
サチャとカシムに手を伸ばす騎士の手を、エリザベス院長が即座に払いのける。
「待ってください! この子たちが何をしたというのです!」
「邪魔だてするな。先だっての魔法展において、こいつらは我ら神聖騎士団を侮辱したのだ。これは立派な反逆罪だ。捕らえねばならん」
「何を言ったか知りませんけど、こんな小さな子どもの言動に目くじらを立てるのは、騎士としてあるまじき行為ではございませんか?」
「知らん。国主様の命令だ。連帯責任でこの孤児院のすべての者を捕らえよと命じられている。貴様もこい」
「な、なんですって……!?」
エリザベス院長が気づく頃には、食堂にいた子どもたちが泣き叫びながら騎士たちに次々と引きずり出されようとしていた。
「な、なにをするんです! やめてください!」
慌てて追いすがるエリザベス院長は目の前にいる騎士に手刀を打ち込まれ、気絶した。
「エリザベス先生!」
サチャとカシムが叫び声を上げる中、ノートル孤児院の子どもたちはすべて捕まってしまったのだった。