第四話
突如現れた謎の男。
さらさらとなびく青い髪に、吸い込まれそうな青い瞳、ほっそりとした頬に鼻筋の通ったきれいな顔立ち。美形、と呼ぶにふさわしい容姿をしている。
騎士団長は、自分よりも一回りも小さい華奢なこの男に、怪訝な表情を隠せないでいた。
「何者だか知らんが、我ら神聖騎士団と知りながらたてつく気か」
騎士団長の問いに、男は答える。
「だとしたら、どうするんだい」
「く、はははは! 愚かなやつめ」
思わず、笑った。まさかこの神聖騎士団にたてつく輩がいるとは。
即座に男の周囲を黒い甲冑の集団が取り囲む。殺気をはらんだ目で、すらりといっせいに剣を抜き放った。
その異様な光景に、サチャは思わず「おじさん!」と叫んでいた。
「逃げて! 殺されちゃう!」
「そうだよ! おじさんのインチキ魔法なんか効きっこないよ!」
カシムとサチャの悲痛な叫びに、男は肩をすくめた。
「やってみなけりゃ、わからないさ。それに、オレはこういうのはほっとけない性質なんだ」
「おじさん!」
二人の言葉には耳をかさず、男は両の手のひらを前に突きだした。
武器でも出すのかと一瞬身構えたが、彼が突きだしたのは何も持っていない両手である。騎士たちは、互いに顔を見合わせた。
「………?」
騎士団長も、何をしようというのか理解できない顔つきをしていた。
「何の真似だ?」
騎士団長の言葉に、男は穏やかな口調で問いかけた。
「オレの両手に何が見える?」
「は?」
両手に何が見えるか? 何も見えないではないか。
訝しげな顔をしたまま騎士たちは顔を見合わせた。
「ふざけておるのか。それとも、その両手を切り落としてほしいのか?」
騎士団長は眉を寄せながら冷ややかに言った。
「ふざけてなどいないさ。怖がってないで、かかってきなよ」
ピクッと騎士団長の眉がつり上がる。サチャとカシムは、男の構えを見て出会った時のことを思い出していた。
「サチャ、あれって……」
「見えない魔法……?」
彼が見せてくれたよくわからない魔法。結局なんだったのか、わからず仕舞いだった。
「もしかして、戦いに使う魔法だったの?」
「わ、わからないけど…」
答えながら、サチャは彼の言葉を思い出していた。
(魔法は、攻撃だけがすべてじゃない)
攻撃だけがすべてじゃない……?
サチャはハッとした。
(もしかして、防御の魔法!?)
気づくころには、騎士団長は左手を掲げて騎士団に命じていた。
「戯言はもういい。殺せ!!」
騎士団長の命に、いっせいに騎士たちが襲い掛かる。
(斬られる!)
そう思った瞬間、
キイィィン!!
と、金属のぶつかる音が鳴り響いた。
その甲高い反響音に、その場の誰もが耳をふさぐ。
と、同時に騎士たちの悲痛な叫び声が辺りにこだました。
「なっ……!」
気が付けば、騎士たちが男めがけて振り下ろした剣が弾かれていた。まるで鋼鉄の塊を打ち付けたかのように、騎士たちの手から抜け宙を舞っていた。
「くうっ……!」
しびれた両手を下に向けながら、うずくまる騎士たち。中には、勢いあまって折れた刃が自身に返り、肩に食い込む者までいた。
「ば、ばかな……!」
目の前の光景に、騎士団長は驚愕の表情を浮かべていた。
うずくまる騎士たちの真ん中で、ローブの男が両手を突き出している。その先から、うっすらと反射板のようなものが光って見えた。粉々に砕け散った剣の破片で、透明だった物体が見えやすくなっていた。
それは、円形の壁だった。
小さなドーム状の壁が、男の周囲に張り巡らされている。
「あ、あれは……結界!?」
ローブの男がニヤッと笑う。
騎士団長の知る限りこの世界で道具も魔方陣もなく、結界を自在に扱える者など一人しかいない。
「ま、ま、ま、まさか……貴様は……」
「気づくのが、少し遅かったね」
「神聖ノアの守り手ソラリス……」
騎士団長は、驚愕の眼差しで目の前の男を見つめていた。