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3章-2

 次の日、松田は電話番号を基に佐渡茂男なる人物の住所を特定し、その場所へと向かった。

 そこは古いマンションが集まる、寂れた住宅地であった。

 その中で一番小さく青い瓦屋根と、茶色いトタンで囲った壁のマンションの一番奥の二階が、佐渡がいると思われる住所である。


 松田は部屋のインターホンを鳴らした。

「へい」

 出てきた男は松田の予想に反し、四十代ぐらいのぼさぼさ頭の男であった。


「急な訪問すみません。私、夕朝新聞の松原といいます。こちらに『佐渡茂男』様はいらっしゃいますか」

 松田は偽名と偽装の新聞社名を名乗り、新聞のセールスマンらしく丁寧に佐渡の所在を尋ねた。

 住人の男は

「佐渡?もしかしたら前の住人じゃね。俺は一週間前にここに引っ越してきたばかりだから知らないんだよ。一階の西端に管理人が住んでるから、そこに行ってきいてみてくれ」

 じゃ。というと大雑把にドアを閉め、部屋の中に入って行った。


 松田はため息をつきながら男の言った部屋を訪れた。

 インターホンを鳴らして出てきたのは、初老の小太りの男だった。


「はい。あれ、どちらさんで」

「私、夕朝新聞の松原と申します。前にこのマンションの207号室に住んでいた『佐渡茂男」様を探しているのですが、ご存知でしょうか」


 松田はまた偽装の会社と名前を名乗り、管理人に尋ねた。

 管理人はちらと松田をのぞきこむと、こう言った。

「いや。そこに住んでいた人は『佐渡』という苗字ではなかったよ。第一ここは、訳ありの人間が集まる所だ。本名なんて名乗らないよ」

「では、その人がどこに行ったか、検討はつきませんか?小さな心当たりでもいいのです」

 あきらめきれない松田は、必死に管理人に尋ねた。


「…さあ、知らないね。たとえ本人が行き先を行ったとしても、嘘の可能性がある。わしが言えるのはそのぐらいだ」

 では失礼。と管理人は家の中に入り、扉は閉められた。


 手がかりを失った松田は呆然とした。




 失意のうちに帰る途中、川原沿いの道に来た時だった。

 松田は「カキーン」という金属バッドが球を打つ音が耳に入った。

 その方角を見ると川原沿いのグラウンドで、草野球チームの少年達が練習しているのが見えた。


(一年前の俺も野球をしてたんだよな)


 打たれたボールは、松田より数メートル先に転った。

 それを一人の少年がその球を拾い上げ、仲間の方へ投げようとしていた。


「おい!ちょっと待て!」


 松田は思わず声を上げた。

 その松田の声に、ボールを投げようとした少年もびっくりしたらしく、投球フォームをぴたりと固まらせたまま、松田の方を見た。


(あちゃ~。元野球部部長の癖でやっちまった。まあここまで来たらしゃあねえ)

 松田は心で腹をくくりながら少年のほうに近づいた。

「お前。遠方に投げるフォームがそれじゃ肩を痛めてしまうし、球も伸びない。こうして、こう腕を上げて…」

 松田は少年の投球フォームを少し手直しした。

「これで投げてみろ」

 少年は半信半疑で球を投げた。

 彼が投げた球は効率の良い綺麗なアーチを作り、すうっと遠くまで吸い込まれる様に飛んで行った。


 それを見た当の少年は信じられないというように、その光景に目を丸くした。

 次に尊敬のまなざしで松田を見つめた。


「スゲーっ!兄ちゃんありがとう!」


 少年は元気よく、松田に礼をいった。

 それに対し、松田は笑顔でこういった。

「いや。お前の本来の力が出たおかげだ。フォームは大事なんだ。しっかり学べよ」

 それを聞いた少年は、目を見開き、松田に頼んだ。

「じゃあ、兄ちゃん。そのフォーム教えてくれよ!明日負けられない試合があるんだよ。今日だけでも良いからお願い!」

「お願いです、師匠!」

「お願いします!」

「お願いします!」

 気がつけば松田は草野球の少年達に取り囲まれていた。

 あっけに取られた松田だが、本来後輩の面倒を見るのが好きな松田は「よし」と言った。


「今日だけだぞ。俺の指導は厳しいがついてこいよ!」

 それを聞いた少年達は、両手を上げて喜んだ。

 


 松田はしばらく少年達の野球を指導していたが、子ども達だけの球団にしてはとても上出来だと感じた。

 彼らの中に球団の出身者がいて、その者がリーダーとして指導をしているのかとも考えた。

 だがリーダーや指導者らしき少年は見当たらなかった。

 第一に試合の作戦自体が、とても小学生だけでは考えつかない高度なものであった。

 疑問に思った松田は少年の一人に声をかけた。


「このチームって、大人の指導者とかいるのか?」

 少年は嬉しそうに松田に答えた。

「うん。『名人』って読んでるおじいちゃんが教えてくれているんだ。足が悪いから師匠みたいに身振りを使った指導が出来ないのが難点だけど」


 そのとき一人の少年が草野球のメンバーに大声で知らせた。

「おーい!『名人』が来たぞー!」


 少年達は「わーい」といいながら、杖をついた老人のほうに走って行った。

 老人が松田に気づいた。松田はぺこりと会釈をした。

「こんにちは。俺、野球をしていたもんで。成り行きでついこいつらに野球を教えてました。あなたも野球をしていたのですか?」


 老人は、目を見張って驚いていた。そして松田に、こう問いかけた。

「東君、東君なのかい?」


 次は松田が驚いた。聞き覚えのある声、間違いない!


「あなたは…『佐渡茂男』さんですか!?」

 松田の質問に、老人は首を立てに降った。

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