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2章-1


 若葉萌える初夏のこの日、山守高校野球部と藤平高校野球部の練習試合がおこなわれた。


 序盤は藤平高校が若干優勢ではあった。

 しかし調子を上げて行った山守高校のピッチャー、相生七瀬の活躍により、最終的には山守高校の勝利に終わった。


「一同、礼!」

「ありがとうございました」


 試合終了の挨拶も終わり各々のチームが帰宅準備する中、七瀬に声をかけた人物がいた。

「よっ!相生君。おつかれ」


 七瀬は声の方を振り向く。


「君は、藤平のキャッチャーの・・・」


「おう。日内康平っていうんだ。

 君、ほんとウワサどおりのスゲー球投げるな。

 オレ、前から君と話してみたいと思ってたんだ」


「そうなんだ」

 七瀬は素っ気なく日内の返事に答えた。


「今、オレのこと疑ったでしょ。

 そりゃそうだよな。

 ライバル校の奴となんか話しづらいよな」


 七瀬は無表情のまま、日内がしゃべるのを見ていた。


「でもさ、オレ、今日勇気出して相生君に声かけたわけだし。ご慈悲でもいいからさ、今ちょっとだけ話いいかな?」


 日内は手を合わせて七瀬にお願いをした。


 七瀬の冷たい目線が日内を刺し、時が止まった様に静まり返った。

 その様子を見ただれもが、七瀬が日内にそっぽ向いて帰ってしまう…と想像した。

 当の日内でさえそう思ってしまった。


 だが七瀬の答えは意外であった。


「・・・いいよ」

「へ?」

 気の抜けた日内の返事に、七瀬が答える。


「手短かにお願いするよ」


 日内は慌てふためきながらも

「ええっと、じゃ、どっか座って話そう。球場の外のベンチでどう?」

 と、七瀬をさそい、球場外のベンチへ向かった。



 青い空の下、七瀬と日内は少し間を空けてベンチに座った。


「いやー。今日の試合、オレの戦略で勝んじゃね?

 と思ってたら、相生君が急に投球方を変えてきたじゃん。

 アレにはマジビビったわ。

 っていうか君、どんだけ投球マスターしてんの?」


 日内の質問に七瀬が答える。


「基本の投球パターンはすべてマスターして、自在にコントロール出来る様にはしている。

 あと、プロの投球方法もいくつか出来る」


 その答えに日内は眼を見張る。


「マジか?高校でそのレベル高すぎっしょ!

 しかも相生君って、間近で見ると人形みたいにすげー奇麗だよな。

 学校じゃめちゃくちゃモテるんじゃねぇの?」


「別に。そんな事無いよ」

 七瀬は素っ気なく答える。


 そんな彼を横に、日内は少しバツが悪そうに小首をかしげる。


「そういえばさ、この辺変質者が出るみたいだぜ。

 美人ばかり狙うらしいから、相生君も美女に間違われて狙われないか心配だよ。

 あっ。でも、野球のユニフォーム着ているから間違われないか」


 ははは。と笑いながら、日内は七瀬の顔をチラっとうかがった。



 七瀬の顔は少し曇り、ピリッとした空気が辺りを包んでいた。



「ごめん!今の冗談。本当悪かった」

 日内は手を顔の前に合わせて、七瀬に謝った。


「冗談か・・・。僕はそういうの苦手で、よくわからないんだ。

 日内君はそういう、人との会話が得意そうだね」


「う、うん、まぁ。得意っちゃ得意だな。

 キャッチャーはコミュニケーション取ってなんぼのポジションだし」

 ごまかし笑顔で答える日内に、七瀬はこう云った。


「じゃ、お願いがあるんだ。

 僕に人との話の仕方、教えてくれるかな。

 僕はそういう類いが苦手だから、アドバイスをくれると助かる」


 七瀬はじっと日内の眼を見てお願いした。


「おっおう、いいぜ!お近づきにアドレス交換しよう」

 一瞬日内は戸惑いながらも、七瀬にそう提案した。

 七瀬も

「いいよ」

 と承諾し、二人は互いにアドレスの交換をした。


「じゃ、オレ用事あるから。またな」

 と、日内はその場を去って行った。



 日内が去って行くのを見送る七瀬に、後ろから高橋と女子マネージャーがやってきた。

「相生君、あの人何か変な事いってなかった?」

「先輩、あいつ手を出したりしなかったですか?」


 二人の質問に七瀬は

「ううん。特には」

 とさらりと答えた。


 それを聞いた二人は、ほっと胸を撫で下ろした。


「でも、日内君には気をつけて。彼、卑怯者で有名だから」

「そうですよ。あの人、半グレ集団とも交流があるって噂です。気をつけてください」


 日内との交際を注意する二人に、七瀬はこう答えた。


「忠告はありがたいよ。

 でも、君たちの日内君の評価は、あくまでも僕以外の評価だ。

 僕は直接彼と話してみて、僕自身で彼の人柄を評価してみる」


 そう云うと七瀬は

「僕も用事があるから。じゃ、明日」

 と、高橋とマネージャーを残し、その場を去って行った。




「ふい~っ」

 気の抜けたため息をして、日内は自宅にほど近い、公園のベンチに腰をかけた。

「あ~っ疲れた。相生七瀬マジで怖ぇよ。

 全部完璧、顔も整い過ぎ。アンドロイドか宇宙人かよ」

 七瀬の事を毒づく日内の隣には、彼の幼なじみである那奈の姿があった。


「で?カマかけた結果はどうだったの?」


 那奈の問いに日内は「あ~あれね」と返事をしたあと、こう答えた。

「断定したわけじゃねぇけど、黒だな。あいつ男になんかされてんのは確かだわ。でも本当かよ?あの噂」

 日内は怪訝げに、那奈に尋ねた。


「尾ひれ腹ひれは付いてると思うけど、根本的には本当の事だと思う。

 三島君のリアクションからして、噂がまったくの作り話だとは考えられない」


 日内は七瀬に関する噂

 《七瀬は変態男で、男を誘惑してイヤラシい事をした。

  そのうちの一人である、担任の男先生に『親にバラすぞ』と脅されたから、

  彼を事故に見せかけて殺した》

 というのを、懐疑的に見ていた。


「でもよ。その話が本当だとするじゃん。

 それなら男が殺されたってことで、殺人事件として警察やマスコミが動くはずだろ。

 でもそんな話一度も聞いた事がないのが引っかかるんだよ。それはどう考えてんだ?」


 日内は疑問に思ったことを、素直に那奈に尋ねた。


「この事件は大きな『背景』があると思うの。

 その『背景』が事件の真相を隠してると思うんだよね。

 …で、ふっとひらめいたのよ。

 この事件の『証拠』を見つけ出す。

 それをダシに『背景』を脅して、金を巻き上げようって」


 那奈の大胆すぎる思惑に、日内は慌てふためいた。


「ちょっ、ちょっと待てよ!

 そんな権力持ってる奴らなら、オレたち二人で太刀打ちできねぇよ。

 もし噂が本当で、証拠を見つけてもだぞ。

 その『背景』とやらの手下にやられて、森や海の中に死体を捨てられるのがオチだぞ」


「何言ってんの。二人だけでやる訳ないでしょ。

 あんたのバックヤード使えばいいのよ」

 冷静に云ってのける那奈に、日内は度肝を抜いた。


「オレのバックって『阿修羅』の事かよ」


「そうよ。半グレ集団『阿修羅』を使うのよ。そこには藤平高校野球部のOBも何人かいるわよね。その中には相生君を目の敵にしている人もいるはずよ。そいつらを焚き付けて動かせばいいのよ」


 那奈の顔は夕日に逆光しており、悪魔のごとく暗く見えた。

 そんな那奈の顔を、恐ろしくも頼もしい思いで日内は見つめ返した。


「う~ん・・・。

 そういう事で焚き付けるなら、松田さんが適任だな。

 あの人ならやり方次第で、阿修羅の組織自体を手駒に出来ると思う」


 日内の提案に、那奈も賛同した。

「そうね。私もそう考えてた。作戦をもっと練っていけば、きっと上手くいくはずよ」

 二人の悪魔の会議は、使える作戦になるまで続いた。



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