35章-2
彼の質問に東は笑って答えた。
「僕は自分のこと『人より人間に興味がある奴』と思っているけど、それだけじゃ佐渡さんは納得いかないだろうね。いいよ、僕が何者か教えてあげる」
東は付いておいでと皆に促してソファを離れると、そのままカフェを出て、目の前に停めてあるリムジンに乗るよう勧めた。運転席にはキリークが乗り込み、いつの間にかハイヤー姿の井出達になっていた。
皆がリムジンに乗り込むと、キリークの運転で車体はゆっくり動いていき、そのままなめらかな動きで、若葉が萌える街路樹がある道をすうっと走り抜けた。
リムジンの中は大きな机の周りにソファーのような席が配置され、机の上には氷が入った入れ物の中にシャンパンが添えられていた。タラークは自分が座った席の近くに置いてあったシャンパングラスを、東、佐渡、須藤の順番に渡していき、そこに栓を抜いたシャンパンを注いだ。タラークもまた、給仕係のような服装にいつの間にか変わっていた。
「ありがとう」
「どうも」
と須藤と佐渡は礼を言って、並木通りを過ぎ去っているのを見ながらシャンパンを口にした。
「そろそろ目的地に着くよ」
東がそういうと、リムジンはゆっくりとある場所に停まった。その場所を見た須藤は少し驚いた。
「ここは、ブルー・エアリス社の山守支社があった場所。そしてわしが地下で死んだビルだ」
「みんなついておいで」
東に案内されて皆はリムジンを下り、真新しくなったビルの中を入っていった。そしてそのまま地下室に行き、大きな部屋の中へと入っていった。部屋の中には色々な機械が置かれていた。時代的に見てそこそこ昔だろう。中には沢山の医者や看護婦がいる。彼らは東たちに気が付いておらず、せっせと機械を準備していた。
「わし等に気づいておらんのか」
須藤の言葉に東が答えた。
「これはこのビルの過去の思い出だよ。映画と同じようなものだね」
その時、若い妊婦が部屋の中に入ってきた。彼女は不安そうに周りを見渡した。
「彼女が僕の母さん。ここは産婦人科ってとこかな」
「産婦人科? ここがか。昔組の姉さんと一緒に入ったことはあるが、こんな大層な機械なぞ置いてなかったぞ」
須藤の言葉に東はそりゃそうだよといった。
「だってここは普通の産婦人科じゃない。特性のクローンを作る場所だよ」
「なんだと!」
須藤と佐渡は目を見開いて驚いた。
「僕は三十二番目の東瀬戸。僕の父、東中尉、すなわち三十一番目の東瀬戸によって作り出されたクローンだよ。東中尉は外国の赴任先で一緒になった人から、この山守のことを聞いて『ここならクローンを生める女性が沢山いる』と思ってやってきたんだ。ちなみに赴任先で一緒になった人の名前は『一ノ瀬』って言って、山守のシャーマン一族の最後の長の息子って言ってたな」
須藤は唖然としてその話を耳にした。佐渡に至っては東の言っている意味さえ理解できてない状態だった。
「東中尉、僕の父はもうそろそろ体の限界がきていて、次の自分を生んでくれる女性を探していたんだ。でも僕を生める人は限られていてね。血液とかいろんなモノが適合しないとダメなんだ。そんな時に会ったのが一ノ瀬曹長だよ。彼の匂いを嗅いだ父は、彼の親族の中に僕を生む能力がある女性がいると踏んだんだ。一ノ瀬曹長の血液型を調べたらビンゴ。正に僕を生むのに適した血液型が出たんだ。父は彼と仲良くなって彼の出生のことを聞き出した。そして本国に帰ると、真っ先に山守にやってきたんだ」
口の悪いタラークは
「まるで財宝の場所を嗅ぎつけた盗賊だな」
と悪態をついた。
「お前は父を盗賊というのかい。とんだ息子だな。まあいい、話を戻そう。山守に来た父は単刀直入に嫁を探しに来たと、村人に言った。最初は皆怪しんだが、一ノ瀬曹長から山守のことを聞いていた父は、シャーマン一族や、新しくできた霊の社の生活を褒めにほめたたえた。しまいには彼らに生活の教えを乞うほどにまでなっていた。ここまで褒められて嫌な人間はいない。山守の人々は段々父を信用するようになったんだ。そして山守の娘たちも、父の器量の良さと、中尉とはとても思えないほどの莫大な財産を目当てに、父に近づくようになっていったんだ。その中で一番僕を生むのに適していたのが、二条の分家の娘だよ。父は彼女にプロポーズして結婚にこぎつけることができたんだ。そして『僕たちの子どもが欲しい。最新の設備で子どもができやすくなる産婦人科があるからそこに行こう』などと言って、彼女をこの病院へ引き入れることに成功したんだ」
そこまで聞いた佐渡が口をわなわな震わせて東にきいた。
「東君、元の君は何者なんだ。大本はいつから存在するんだ」
東はしれっと答えた。
「大本の記憶なんて昔すぎて忘れたよ。バックアップはしているんだけど、記憶を取り出すのも億劫なくらいだよ。でもこれだけは言える。僕は人間を心の底から愛しているんだ。それはずっと変わらないよ。世界中の誰よりも人間を愛してる自信がある」
しばらく黙ったあと、東は悲しそうにこう話した。
「でも僕の母はそれを理解してくれなかった。彼女は僕にこう言ったよ。『誰とでも寝る淫らなところは父親と一緒! 汚い! お前なんて生まなければ良かった』って。終いにはヤクザを使って僕を殺そうとした。だから仕方なかった。僕は父の愛人だった女達に助けを求めて、彼女達は東家の人々、母、祖父、祖母を殺したんだよ。山守の人々も自分の娘が殺人をしたなんて知られたくないから彼女達を庇ったが、一番に知られたくないのは、娘や嫁が父と乱交してたことだよ。父も一度に何人もの女を抱いたからね。そっちの方が知られたら困る。だから必死になって隠そうとしたが、警察が嗅ぎまくってそうもいかない。痴態が知れ渡るよりかはと、粗暴が悪い彼らの親戚を突き出したんだ。出頭した親戚も、週刊誌で自分の妹や妻が痴女と騒がれた方がやっかいだからね」
それを聞いた佐渡は疑問を持った。
「東君はそんな痴態を犯さなかっただろ。僕が見た限り、野球が大好きな純粋な少年だったが……」
それを聞いた東は少し悲しそうにつぶやいた。
「佐渡さんは僕のお誘いを断ったじゃないか。それを忘れるなんて酷いな」
「それじゃあ『神へ捧げる儀式』とかいうのは」
固まる佐渡に東はにやりと笑った。
「僕が考えた遊びだよ。そこに集まった奴らは僕とやりたいから来たんだ。目的と建前が逆だったんだよ。僕にとって『ダム建設賛成派』とか『ダム建設反対派』とかどうでもいい。建前でもダム建設反対と言っておけば、おじい様の印象がいいからそうしたまでだ。僕は好きな時に来てくれる人と愛し合いたいだけだよ。でも佐渡さんは固い人だから、それなりに建前を作らないと誘いに乗ってくれないと思ったんだよ。よく考えてごらんよ。十六にもなる男を誘拐するなんて手が折れること誰がする」
それを聞いた佐渡は真っ青になった。それどころか須藤までもが顔を青くした。
「じゃあ、俺が思っていた東は幻だったのか。素直で大人に騙された東なんてこの世にいなかったのか」
そう言った須藤の姿は、十五六の姿に戻っていた。彼らを見た東はクスクス笑っていた。
「何故笑う」
ギロリと睨む須藤に、東は微笑んでこう答えた。
「だってさっきから君たち、僕を通じて『自己紹介』してたから」
それを聞いた須藤と佐渡は目を見開いた。
「須藤さんは自分の事を本当は『大人に騙された素直な少年』だと思ってたから、自分に似ていると思った僕に自己投影したんだよ。佐渡さんも一緒。かつて野球が好きだった純粋な少年だったから、野球をする僕の事を『野球が好きな純粋な少年』だと思ってたんだよ」
東は、これが本当のところの話だよ。と言ってくすっと笑ってみせた。
「それにね、僕はあの時死んでなんかいないよ。山守の山の上から身を投げたのは生きるため。正田組は僕を取り逃がしたんだ。でも彼らもメンツがあるから、周りに『僕を殺した』と言いふらしたんだよ。僕が死んだのは山守で相生七瀬君に会ってからだよ。僕の身体が維持できなくなって僕は死んだ」
そう言い終わったあと
「七瀬君との話、聞く?」
と無邪気に須藤と佐渡に聞いたが、二人とも
「自分の事がわかったからもういい」
と須藤は言い、佐渡も
「七瀬君のことに足を踏み入れるのは、なんだか失礼だから遠慮するよ」
と答えて二人ともビルを出て行った。それを見届けた東は
「話したかったのにな」
と残念そうに言った。それに対してタラークが
「しゃあねえな。俺は松田だったし、三島とも関係あることだろうから、一応聞いといてやるよ」
と答えた。東はにこりと笑ってありがとうと礼を述べた。