表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/161

33章-1

 地震から数日経った。

 松田は家の台所で新聞を読んでいた。

「山守の地震のニュースが、まだ大きく乗ってやがる。まあそれもそうだ。この地震のせいで、いままでの悪事がマスコミ通じて全部バレたもんな。この国の偉いさんは責任とるという形で辞任されるわ、中沢財閥ももうすぐ潰れるって話だからな」

 そしてコーヒーを啜ったあと、こうも付け加えた。

「この地震で山守は全滅。霊の社も、正田組も、新エネルギーの工場も全部壊れてなくなっちまった。特殊部隊も、そこにいた国際部隊も全滅だしな。みんななにもかも無くなっちまった」

 そこに

「おはよう」

 と声をかける人物がいた。

「おう三島。山守のユニフォーム着てどこ行くんだ」

 萩彦は食卓に出ていたパンをつまみながら、いそいそと朝の準備をしていた。

「何って、明日は高校野球の試合開始の日だろ。出場校の行進があるからそれに参加するため、野球部は学校に集まってバスで会場まで行くんだよ」

「そうだったな」

「そういえば松田、お前も朝早くから起きて何処かへ行くのか?」

「知り合いの佐渡さんに会いに行くんだ」

(佐渡ってだれだ?)

 と思いつつも時間がない萩彦は、そのまま仮住まいさせてもらっている松田の家を出て行った。

「行ってきます」

 萩彦は青い空の下、山守高校のグラウンド目指して歩いて行った。

 グラウンドに着くと、すでに大半の部員が集まっていた。

「おはようございます!」

 彼らは高校球児らしい、はきはきした大きな声で部長である萩彦に、深々と頭を下げて挨拶をした。

「これで全員そろったな。今からバスに乗って全国大会の球場まで向かう」

 監督はそういうと、部員をバスに乗るよう促し、最後に皆を見守る形で萩彦はバスに乗り込んだ。

 バスの中は和気あいあいとした部員の声が聞こえた。

「全国大会楽しみだな」

「有名な選手もいるかな」

 まるで遠足のような空気の中を、萩彦は窓の遠くの景色を眺めながら、会場に着くのを待った。

 会場近くの宿に着いた。そこに着いても萩彦は、なにかモヤモヤが晴れない気がした。

(何か大きなことを忘れているような……)

次の日、会場前に着いた一行は、全国で名をとどろかせている有名校の選手を見て、大騒ぎした。

「あれ、明格高校だ!」

「すごい、智健川島だ!」

 ザワザワした空気のなか、明格高校の選手の一人が、萩彦達を見てギョッとしていた。それが気になった萩彦は彼のほうをチラとみたが、彼はふいっと目をそらした。

 こうして全国の代表校の行進の時間が来た。そして萩彦達の地区の番が来た。ここでアナウンスが鳴った。

「東守地区代表、峰一高校の行進です」

 それを萩彦は呆然と聞いていた。

「この地区の代表は、オレ達山守高校だぞ! 何故峰一なんだ!」

 それを聞いたらしい峰一高校の選手、多田が冷たい目をして、萩彦の方を振り返った。

「君たちの代わりだよ。だって君たちはみんな、あの地震で死んだだろ」

 萩彦は目を見開いて驚いた。

「何を言っている、俺たちはここにいるだろ! 死んだってお前、でたらめを言うな!」

 萩彦の声に、他校の選手は皆ギョッとした。

「何でだ、死んだ山守の選手がいるぞ!」

「地震で全滅って新聞で見たぞ!」

「じゃああれは幽霊かよ!」

 会場はわあわあと大騒ぎになり、どの選手も皆取り乱していた。

「どういうことだ?」

 疑問に思う萩彦を横に、選手代表の宣誓が始まっていた。

 が、その代表選手を見たらしい他校の選手が、さらに大騒ぎをしていた。

「なんだ、なんであいつがいるんだ!」

「怖いよ、野球どころじゃねえ!」

 この頃には会場は大パニックを起こしており、泣きじゃくる者、腰を抜かす者、走って会場から逃げ出す選手もいた。

 そんなおり館内放送で大騒動は最高潮に達した。

「選手代表、相生七瀬君」

 選手たちは「ギャアアッ!」「幽霊だ!」と声を上げながら、会場を走り去った。その中を萩彦は顔を凍らせて立ち尽くしていた。

「七瀬……死んだはずでは」

 それを聴いた明格高校の選手は、萩彦にこう言った。

「そうだ、相生七瀬は去年の夏に死んだんだ!」

「去年だって?」

 事が理解できない萩彦に、明格高校の選手は目を見開いて驚いた。

「去年、お前たち全国大会で活躍して、優勝しただろ! その時活躍した相生七瀬が有名になったじゃねえか! で、山守に帰ったその夜の日、相生が死んだって、テレビであれだけ大騒ぎしたんだぞ! まさかそれを知らないとでも言うのか!」

 去年の夏……

 萩彦は思い出した。

「俺たちは、あいつを見殺しにした」

 七瀬は選手の宣言台から立って、じっと萩彦達を見つめた。

「そうだ。僕は山守の人たちに去年殺された。注目を集めた僕がマスコミに『山守の不正』を暴露しようとしたからね。学校での僕の虐め、部員たちによる僕への暴漢、その原因とも言うべき『霊の社での過去の儀式』を全て洗いざらい話そうとしたんだよ。でもそれに気づいた萩彦君、君に僕は眠り薬を飲まされて、マスコミの前に出ることも出来ず、山守に連れ帰られて、そこで皆に抹殺されたんだ。証拠は川崎本部長が持っていてくれたよ」

 七瀬は群がるマスコミに、証拠をバサッと投げ捨てた。

「これは、七瀬君が部員たちに襲われている写真だ!」

「相生君がぐるぐる巻きにされて、数人の男からリンチをくらっているぞ!」

「この書類は『相生七瀬殺人計画』だって!?」

 マスコミは餌に群がるように、証拠の書類や写真を奪い取った。

 その中で一つ、古い写真があった。

「これは? 相生君ともう一人襲われているのは……」

 この写真が『霊の社での儀式のもの』だと理解した萩彦は、サッと顔を青くさせた。

「やだ……戻りたくない、あの頃に戻りたくないっ!」

 萩彦は大声で叫んだ。

「思い出したんだね萩彦君。君がいじめられていたことを」

 七瀬は冷たい視線を萩彦に向けた。

 マスコミはというと、今は山守の部員たちに群がっていた。

「君、この写真の子だよね。なんで男の子の七瀬君を襲ってるの?」

「みんな男に興味があるのかな?」

「変態美少年集団か! うちの週刊誌にぴったりだな」

 大人たちの下種な笑いにさらされた部員たちは、止めてくれと懇願し、皆大泣きして謝罪の言葉を口にしていた。でも大人たちは容赦せず、食い散らかすように少年たちにマイクを向けてた。

「そう、俺は昔、あいつらみたいに下種な欲望の餌食になっていた。『霊の社での強姦儀式』が明るみにでた結果だ。俺は何度七瀬に『返ってきてくれ』と頼んだか」

萩彦は助けを求めるように、他校の選手の顔を見た。だが皆、白い目線を向ける。

「自業自得だろ」

「弱いお前が悪いんだ」

「気持ちわりいやつ」

「さっさと死ねよ」

 その言葉一つひとつが萩彦の心をえぐる。

「やめろやめろ、やめろやめろやめろ、言うなあっ!」

萩彦は顔を両手でふさいで泣き喚いた。

 いくらないただろう、気が付くと、目の前に七瀬が立っていた。

「これが僕と君が受けていた地獄だよ。そして美幸ちゃんが恐れていた地獄でもあるんだ。人って最低だね」

 そう言って冷く笑う七瀬は、萩彦の知らない七瀬だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ