33章-1
地震から数日経った。
松田は家の台所で新聞を読んでいた。
「山守の地震のニュースが、まだ大きく乗ってやがる。まあそれもそうだ。この地震のせいで、いままでの悪事がマスコミ通じて全部バレたもんな。この国の偉いさんは責任とるという形で辞任されるわ、中沢財閥ももうすぐ潰れるって話だからな」
そしてコーヒーを啜ったあと、こうも付け加えた。
「この地震で山守は全滅。霊の社も、正田組も、新エネルギーの工場も全部壊れてなくなっちまった。特殊部隊も、そこにいた国際部隊も全滅だしな。みんななにもかも無くなっちまった」
そこに
「おはよう」
と声をかける人物がいた。
「おう三島。山守のユニフォーム着てどこ行くんだ」
萩彦は食卓に出ていたパンをつまみながら、いそいそと朝の準備をしていた。
「何って、明日は高校野球の試合開始の日だろ。出場校の行進があるからそれに参加するため、野球部は学校に集まってバスで会場まで行くんだよ」
「そうだったな」
「そういえば松田、お前も朝早くから起きて何処かへ行くのか?」
「知り合いの佐渡さんに会いに行くんだ」
(佐渡ってだれだ?)
と思いつつも時間がない萩彦は、そのまま仮住まいさせてもらっている松田の家を出て行った。
「行ってきます」
萩彦は青い空の下、山守高校のグラウンド目指して歩いて行った。
グラウンドに着くと、すでに大半の部員が集まっていた。
「おはようございます!」
彼らは高校球児らしい、はきはきした大きな声で部長である萩彦に、深々と頭を下げて挨拶をした。
「これで全員そろったな。今からバスに乗って全国大会の球場まで向かう」
監督はそういうと、部員をバスに乗るよう促し、最後に皆を見守る形で萩彦はバスに乗り込んだ。
バスの中は和気あいあいとした部員の声が聞こえた。
「全国大会楽しみだな」
「有名な選手もいるかな」
まるで遠足のような空気の中を、萩彦は窓の遠くの景色を眺めながら、会場に着くのを待った。
会場近くの宿に着いた。そこに着いても萩彦は、なにかモヤモヤが晴れない気がした。
(何か大きなことを忘れているような……)
次の日、会場前に着いた一行は、全国で名をとどろかせている有名校の選手を見て、大騒ぎした。
「あれ、明格高校だ!」
「すごい、智健川島だ!」
ザワザワした空気のなか、明格高校の選手の一人が、萩彦達を見てギョッとしていた。それが気になった萩彦は彼のほうをチラとみたが、彼はふいっと目をそらした。
こうして全国の代表校の行進の時間が来た。そして萩彦達の地区の番が来た。ここでアナウンスが鳴った。
「東守地区代表、峰一高校の行進です」
それを萩彦は呆然と聞いていた。
「この地区の代表は、オレ達山守高校だぞ! 何故峰一なんだ!」
それを聞いたらしい峰一高校の選手、多田が冷たい目をして、萩彦の方を振り返った。
「君たちの代わりだよ。だって君たちはみんな、あの地震で死んだだろ」
萩彦は目を見開いて驚いた。
「何を言っている、俺たちはここにいるだろ! 死んだってお前、でたらめを言うな!」
萩彦の声に、他校の選手は皆ギョッとした。
「何でだ、死んだ山守の選手がいるぞ!」
「地震で全滅って新聞で見たぞ!」
「じゃああれは幽霊かよ!」
会場はわあわあと大騒ぎになり、どの選手も皆取り乱していた。
「どういうことだ?」
疑問に思う萩彦を横に、選手代表の宣誓が始まっていた。
が、その代表選手を見たらしい他校の選手が、さらに大騒ぎをしていた。
「なんだ、なんであいつがいるんだ!」
「怖いよ、野球どころじゃねえ!」
この頃には会場は大パニックを起こしており、泣きじゃくる者、腰を抜かす者、走って会場から逃げ出す選手もいた。
そんなおり館内放送で大騒動は最高潮に達した。
「選手代表、相生七瀬君」
選手たちは「ギャアアッ!」「幽霊だ!」と声を上げながら、会場を走り去った。その中を萩彦は顔を凍らせて立ち尽くしていた。
「七瀬……死んだはずでは」
それを聴いた明格高校の選手は、萩彦にこう言った。
「そうだ、相生七瀬は去年の夏に死んだんだ!」
「去年だって?」
事が理解できない萩彦に、明格高校の選手は目を見開いて驚いた。
「去年、お前たち全国大会で活躍して、優勝しただろ! その時活躍した相生七瀬が有名になったじゃねえか! で、山守に帰ったその夜の日、相生が死んだって、テレビであれだけ大騒ぎしたんだぞ! まさかそれを知らないとでも言うのか!」
去年の夏……
萩彦は思い出した。
「俺たちは、あいつを見殺しにした」
七瀬は選手の宣言台から立って、じっと萩彦達を見つめた。
「そうだ。僕は山守の人たちに去年殺された。注目を集めた僕がマスコミに『山守の不正』を暴露しようとしたからね。学校での僕の虐め、部員たちによる僕への暴漢、その原因とも言うべき『霊の社での過去の儀式』を全て洗いざらい話そうとしたんだよ。でもそれに気づいた萩彦君、君に僕は眠り薬を飲まされて、マスコミの前に出ることも出来ず、山守に連れ帰られて、そこで皆に抹殺されたんだ。証拠は川崎本部長が持っていてくれたよ」
七瀬は群がるマスコミに、証拠をバサッと投げ捨てた。
「これは、七瀬君が部員たちに襲われている写真だ!」
「相生君がぐるぐる巻きにされて、数人の男からリンチをくらっているぞ!」
「この書類は『相生七瀬殺人計画』だって!?」
マスコミは餌に群がるように、証拠の書類や写真を奪い取った。
その中で一つ、古い写真があった。
「これは? 相生君ともう一人襲われているのは……」
この写真が『霊の社での儀式のもの』だと理解した萩彦は、サッと顔を青くさせた。
「やだ……戻りたくない、あの頃に戻りたくないっ!」
萩彦は大声で叫んだ。
「思い出したんだね萩彦君。君がいじめられていたことを」
七瀬は冷たい視線を萩彦に向けた。
マスコミはというと、今は山守の部員たちに群がっていた。
「君、この写真の子だよね。なんで男の子の七瀬君を襲ってるの?」
「みんな男に興味があるのかな?」
「変態美少年集団か! うちの週刊誌にぴったりだな」
大人たちの下種な笑いにさらされた部員たちは、止めてくれと懇願し、皆大泣きして謝罪の言葉を口にしていた。でも大人たちは容赦せず、食い散らかすように少年たちにマイクを向けてた。
「そう、俺は昔、あいつらみたいに下種な欲望の餌食になっていた。『霊の社での強姦儀式』が明るみにでた結果だ。俺は何度七瀬に『返ってきてくれ』と頼んだか」
萩彦は助けを求めるように、他校の選手の顔を見た。だが皆、白い目線を向ける。
「自業自得だろ」
「弱いお前が悪いんだ」
「気持ちわりいやつ」
「さっさと死ねよ」
その言葉一つひとつが萩彦の心をえぐる。
「やめろやめろ、やめろやめろやめろ、言うなあっ!」
萩彦は顔を両手でふさいで泣き喚いた。
いくらないただろう、気が付くと、目の前に七瀬が立っていた。
「これが僕と君が受けていた地獄だよ。そして美幸ちゃんが恐れていた地獄でもあるんだ。人って最低だね」
そう言って冷く笑う七瀬は、萩彦の知らない七瀬だった。