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31章-1

 七瀬は一人、山守ダムの頂上にある記念碑に来ていた。

 あたりは夕闇が近づいており、星がいくつか見えていた。

「今僕は、ここで決着をつける」

 そこに一人の人影が見えた。

「相生、いや七瀬、やはりここにいたか」

「萩彦君……」

 二人は対峙したままただ、お互いの姿を見ていた。

 徐々に訪れる闇、そことは反対にある僅かに残った青空に、小さな月が光っている。

 沈黙を破ったのは萩彦だった。

「お前が何を企んでいるのかはわからん。だが、勝利したのは確実に俺だ。『霊の社』は俺のものになり、国際部隊も俺の味方になったも同然。そして中沢は国際部隊により世界から『人権侵害』の弾を受ける。山守の警察も先の国際部隊との激突で大ダメージだ。今は誰もお前に味方をしてくれる者はいない」

「勝利って何」

 七瀬のこの言葉に、萩彦は顔をこわばらせた。

「何。なにか……はははっ。何も知らないのだな」

 萩彦は顔を右手で覆い隠し、笑った。

「俺は何もかも手にした。権力、富、美貌、天才投手という名の座をな! そうだ俺は手に入れたんだ、欲しくて欲しくてたまらなかった何もかもを。お前が持っていた富、権力、美貌、天才投手という名声。どうだ、全部奪ってやったぞ。お前にはもう何も無い。泣け、喚け、そして俺に跪け! どうだどうした、意地を張って能面のままか」

 七瀬の顔は能面ではなくほんの少し、憂えるような表情を見せていた。

「君も落ちたね」

 その言葉をきいた萩彦は、多いかぶさった右手の隙間から、ギロリと七瀬を睨みつけた。

「貴様、ここまできて俺を愚弄するのか。まあいい、そうやって余裕をかませるのも今のうちだ。おい、出て来い」

 萩彦がそういうと、記念碑の崖の反対側の森から、人がゾロゾロと何人も何十人も出て来た。彼らは萩彦の息のかかった『霊の社』の信者達と、松田の部下達であった。

 彼らは刃物や狩猟用の銃などの武器を持っており、皆ギラギラとした視線を七瀬に向けていた。

「七瀬が怪しい動きを見せたら、直ちに攻撃しろ」

 萩彦が冷たくそう言うと、銃を持った者達は七瀬に銃口を向け、刃物を持った者は攻撃の構えをとった。

 普通の人間ならビクリとなって顔色を青くするところだが、七瀬は違った。

 彼はふっと能面顔になり冷えきった視線を彼らに送った。

「君たち、そんな事をして何になる」

 銃口を向けたうちの一人がこう言った。

「お前は萩彦さんの秘密も知っている。そして俺の弟がお前を加害していることも、世間に言われては困る。お前には死んでもらわないと困るんだよ」

 その言葉を皮切りに、周囲の者達は

「七瀬死ね」

「死ねば皆喜ぶんだ」

「お前は俺たちの為に命を捧げろ」

 と野次を飛ばした。そして最後には

「シネ、死ねっ!」

 と全員がコールするようになった

 萩彦は笑いながらそのコールを聞き、冷笑を浮かべながら七瀬にこう言った。

「はははっ。聴けこのお前に対する死のコールを。お前は必要とされない人間の様だ」

「死ね」

「シネ」

「「死ねっ!」」

 コールは大きくなり、萩彦の部下と阿修羅の人間達は、段々と七瀬に近づき、気がつけば彼を取り囲む形になっていた。その前列の中心に萩彦はいた。

「そういう事だ。お前には死んでもらおう」

 冷たい夜風がふわっと吹いた。それに誘われるように空の雲が流れ、月の光を奪い隠した。周りが暗闇に囲まれたとき、低くつぶやく声があった。

「いい加減にしろ……」

 最初誰がそう言ったのか分からなかった。だが雲に隠れた月が現れた時、その正体はすぐに分かった。

「いい加減にしろよお前ら」

 そこには月光が反射された目ですごむ、七瀬の恐ろしい形相があった。

 七瀬が初めて表す『激怒』の表情だった。

 その表情に萩彦の部下だけではなく、阿修羅の者もギョッとなった。

「僕に危害を加え、その挙げ句抹消しようとしている。お前達はどこまで僕にすがっているんだ。甘ったれるのもいい加減にしろ!」

 七瀬は薄手のカーディガンを翻し、体に巻いているいくつもの手榴弾を皆に見せつけた。

 それを見た萩彦の部下と、阿修羅の者達は驚きふためき

「あわわわっ」

 といくつか声を出して、七瀬から数歩下がった。これにはさすがに萩彦も肝を冷やした。彼がどうやって七瀬から間を取ろうか考えている間に、七瀬の方が萩彦に詰め寄って来た。

「萩彦! お前は自分の足で歩こうともしない、甘ったれの無礼者だ」

 そう言うと七瀬は萩彦の顔面に思いっきり拳を入れた。拳を入れられた萩彦は、大きな体をぐらつかせた。七瀬に殴られた、いや七瀬が暴力を振るったのはこれで初めての事であったので、彼はしばし呆気にとられてしまった。

 しかし徐々に怒りが込み上げてきた萩彦は、殴って来た七瀬の胸ぐらを掴み、そのまま彼の顔に拳をお見舞いした。

「誰が甘ったれだって!」

 そういう萩彦の胸ぐらを今度は七瀬が掴み、またもや拳を振り上げた。

「お前だよ、権力とか名声とか気にしやがって。そんなもの他人の評価だろ! 自分を信じる勇気を持てっ!」

 ハッとなった萩彦に七瀬の二発目の拳が入った。またもやよろける萩彦に、胸ぐらを掴んだ七瀬が詰め寄った。

「言いたい事があるなら言い返せ、僕は、いやオレはもうお前から逃げない!」

 それを聴いた萩彦はぶわっと涙が込み上げた。彼は泣きそうな顔をして七瀬に二発目の拳を入れた。

「このクソ野郎! 俺たちの前から避けて逃げやがって、俺は不安だったんだ。いや、お前が一人皆に攻められるのに絶望しいた。俺もいつかああなるかも。それが怖くて怖くて仕方なかったんだよっ。俺を、一人にするなっ!」

「じゃあ何であのとき、オレの声を無視して去って行った。勝手な解釈をして、オレの話を聴こうともしない。そんなお前にこそ、オレは絶望したぞ!」

 七瀬は今度は萩彦の腹を殴りつけた。それに萩彦はくの字に腰を曲げて座り込み、

「ごほっ」

 と苦しそうに咳をした。

「うるさいっ、お前は俺の兄貴を奪いやがった、唯一俺を分かってくれそうな肉親を奪いやがった! なんで俺には野球を教えず、お前にばかり野球を教えた! 俺はいつも一人だ。何も無いひとりぼっちだった事ぐらい、本当は自分でもわかっていた……」

 こう言って萩彦は泣きじゃくって地面にしゃがみ込んだ。そこに七瀬が近づく。萩彦は今度こそ彼にとどめに一撃をもらうと覚悟した。だが現実はちがった。

 七瀬はぎゅっと萩彦を抱きしめたのだ。

「萩彦、お前は一人じゃない。オレがいる!」

 その言葉に萩彦は目を丸くして驚いた。

「助けるのが遅くなってすまない。オレは君の魂を助けるためにここに来た」

 そう七瀬が言った瞬間

「パンッ!」

 という大きな音があたりに響いた。萩彦は一瞬何が起こったのか訳が分からなかったが、ふと顔をあげて事の重大さがわかった。

 なんと七瀬が倒れていったのだ。彼の頭部には拳銃の弾らしき後があり、全てがスローモーションのようにゆっくりと見えた。

「七瀬っ!」

 バタリと倒れはて、もの言わぬ人形になった七瀬を見ながら、萩彦は叫んだ。

「なんでだ、嘘だろ、うそだろっ!」

 そんな彼の後ろで声がした。

「俺は機会を待っていた。お前が油断し殺せることになる事を。だがどうだ、七瀬の野郎がお前の味方になると言いやがった。もう我慢ならん、お前ら二人とも『霊の社』の邪魔者だ! 今こそ鈴木さんの恩に報いる時だ!」

 そう言ったのは『霊の社』の幹部である森だった。彼は萩彦が殺した『霊の社』の前代表、鈴木が引き取った孤児であった。そうした孤児は森だけではない。萩彦の味方に成り済ました幾人かの信者達が、彼に反旗を翻したのだった。

「反逆者、三島を殺せ!」

「そうはさせるか、三島さん早く逃げろっ!」

 こうして萩彦派と故鈴木派に分かれた戦いが勃発した。それを見た阿修羅側は、大慌てでボスである松田のいる所へと向かって逃げて行った。その道中、丁度松田がその場に現れ、部下は真っ青になって事が急変した事を告げた。

「なんだと、お前達は三島を庇わずに逃げたというのか!」

 松田は報告に来た部下を一発殴ると、慌てて萩彦のほうへと翔て行った。

 しばらく走ると、忠誠のある部下に取り巻かれる様に逃げていく萩彦の姿を見つけた。

「三島っ!」

「松田、七瀬を助けてくれ、あいつは銃で撃たれて重傷だ」

 部下に連れられ混乱から逃げた萩彦は、すっかり顔を青くさせ、懇願するように松田に助けを求めた。だが

「三島、すまねえ。今のこの現状じゃあ七瀬を助けることなど出来ねえ。お前の命さえ危ないんだ、ここから逃げるぞ!」

 そう言って松田は萩彦の手を引いたままその場を離れた。

 

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