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30章-2

 日内は松田に連行される形で阿修羅の本部に来ていた。

「なんか懐かしいっすねここに来るのも」

 日内がそういうと松田も返答をした。

「そうだな。それもちょっと前のことだがな」

 松田は打ち合わせようの席である上座のソファーに座り、対面に日内が座る形となった。

「じゃあ話してもらおうか。三島を助けるという計画を」

 松田は眼光鋭く、日内を睨みつけた。日内はただ静かにこう言った。

「俺たちの計画は『全てを洗いざらい世間に公表する』ことだ。もちろん俺の悪事もすべて公表する」

 その言葉に松田は

「マジか……」

 といい目を丸くした。

「お前、そんなことすれば高校を退学になるかもしれねえぞ。お前にとって何のメリットもねえ」

「メリットなら多いにあるさ」

 日内は澄んだ目でこう言った。

「俺は嘘で塗り固めた自分で生きていたくない。本当の自分を生きたいんだ。それは生易しいことじゃねえのは分かっている。でも俺、自分に嘘つきのまま死にたくねえんだよ」

 それを聞いた松田は生唾をゴクリと飲んだ。

「松田サン、アンタにも思い当たる節があるだろ」

 その場はしばらく沈黙となった。

 松田は少し瞬きをして落ち着かせると、意を決したようにこう話した。

「俺もそれは考えた。七瀬がいなくても世界はまわる。その事実を知った俺にとって、意地をはると言うのは意味がなくなったからな。でも三島の件は別だ。あいつの事件を公表するということは、あいつを絶対苦しめる」

 松田はキッと日内を睨んだ。その瞳は忠誠を誓った騎士のように、誰かを守る正義の炎で燃えていた。

 それを見た日内は、それに答えるように力強く、しかし静かな声でこう答えた。

「世間からの意地の悪い風評が心配なんだろ。それなら安心してくれ。俺たちがその声から三島を守ってやる」

「軽々しく言うなよそんな事。七瀬を見ればわかるだろ」

 松田は日内に反論した。

「俺は、三島に七瀬みたく無表情になって欲しくはない。あいつは俺の分まで心から笑って欲しい」

 懇願する形で頭を足れる松田を見て、日内は静かにこういった。

「何言っているんですか松田サン。三島だけ救うことはしないですって」

 松田は日内が三島を使って何か悪巧みをすると、一瞬だけ頭をよぎった。だが彼が予想もしないことを日内は言ったのだ。

「救うのは松田サン。あんたもだ」

 その言葉に、松田は目の前がカッと明るくなった。彼が顔を上げると、視界の中で日内は聖者のように柔らかく微笑んでいた。

「だから、もう意地張らないで、自分に正直に生きましょう。その道は険しいですが、俺たちには仲間がいます。だから俺は彼らを信じて歩いて行けるのです」

 松田は呆然と日内を見た。

「そこまで壮大なのかよ」

「そうだよ。須藤のじいさんなんか『山守の民を救う』ってスケールがでかすぎることを言ってやがるんだからな」

 そう笑う日内に一本の電話がかかってきた。日内は

「誰だ」

 といいながら携帯を取り出したが、それを松田が横から奪った。

「あっ」

「すまねえな日内。お前の言葉を丸々信じる訳にはいかねえんだ。なんたって俺は阿修羅の頭だからな」

 そう言って彼は日内の携帯に出た。

[日内君、いまどこにおる]

「俺は日内じゃねえ。阿修羅の頭の松田だ。お前、須藤っていうじいさんだろ」

[いかにも。ワシは須藤雪正だ。日内君は君の近くにいるのかね]

「ああ。お前の風紀に当てられて、俺を説得しに事務所まで来てるよ」

[そうか。ならついでだ。ワシの言葉をそこに居る全てのものに聞こえる様にして欲しい]

(このじいさんの戯れ言は、ここに居る部下には通用しないな)

 そう考えた松田は、携帯をスピーカーモードに設定して机の上に置いた。

「じいさん、要望どおりにしてやったぜ」

 松田はそう言うと、周りにいた部下の者に

「元正田組組長、須藤のお言葉だとよ」

 と小声で説明をした。

[なら言おう。山守の町、いやその近郊の者達も皆『赤い藤の花の毒』におかされておる。その毒は幻覚を見せ、人生を狂わせるのじゃ。治る道はただ一つ、『塩洸』を刻んで飲むことじゃ]

 それを聞いた日内は頭を垂れ納得をし、阿修羅の部下全員は大笑いしながらこういった。

「じいさんボケたんじゃないだろうな」

「赤い藤の花が『塩洸』の毒を癒すんじゃないのかよ」

「そうそう、医学の知識がねえ俺でも知ってるこった」

 だが松田は笑いもせず、納得もしなかった。

「じいさん、忠告はありがてえが、俺はそのことを信じねえ。なにしろ『塩洸』を飲んで死人が出た事実を知っているからな」

[それは解毒作用が強すぎた故に起こったことじゃ。『塩洸』の解毒は下手をすれば死に至ることもある。ワシは本当の事を伝えた。この情報をどう使うかは君たちにまかせよう]

 そこまで聞いた阿修羅の部下は、流石に笑うのを止めた。

「これって俺たちを『塩洸』の毒で殺そうという計画なのか」

 部下の一人がそう言ったとき、日内がそれに反論した。

「違うな。対象が阿修羅の連中だけならそれもあるが、俺もじいさんに『塩洸を飲め』と言われているんだぜ」

 仲間である日内を殺す訳がない。阿修羅の部下全員がそう思い至ったとき、松田がこう反論した。

「これは日内の命を消すことも考えた上での、俺たちの殺害計画かも知れない。だから俺は信じない。じゃあなじいさん」

 松田は携帯の通話を切り、須藤との話を終わらせた。

「どうする日内。それでも須藤のじいさんを信じるっていうのか」

 日内はしばらく考えた。そして大きく息整えてこう返した。

「俺はじいさんの事を信じる。それは信じるに値する実証を見たからだ。西宮真理子のアレルギー症状が金井サンの能力で全快したこと。この事実だけでじいさんの言葉を信じる価値はある」

 松田は大きくため息をもらすとこう言った。

「じゃあここで『塩洸』を飲め。その結果を見て俺たちも飲むかどうか考える」

 松田は部下に『塩洸』を持ってこさせ、それをナイフで削った。塩洸は強い力を入れずとも、ほろほろと粉上になって直ぐに粉薬の様な形状になっていった。

「さあ、これを飲め」

 日内はごくりと生唾をのんだ。

 だが意を決した彼は、松田に渡された『塩洸』の粉をつまみ、がばっと口の中に入れた。

「口の中がパサパサする、水ください」

 日内は松田の直属の部下から水を貰い、しばらくは何て事ないかの様に平然としていた。

「これだったら俺らも飲んでいいんじゃねえ?」

 阿修羅の部下の一人がそう言ったとき、突然日内が苦しみ出した。

「うがっ……ううっ」

 日内は床に転がり込むと同時に、彼の皮膚は火ぶくれのように赤くふくれあがっていった。そしてみるみるうちに顔や体全体に広がっていった。

「ううっううっ……ぎぎぎっ」

 苦しむ様子を松田は冷たく見下ろし、それ以外の部下達は、恐ろしげに遠くから眺めていた。

「やっぱり須藤のじいさんのデマだったか。おいお前ら二人は、ここで日内をみはっていろ。それ以外は俺についてこい。三島のところに向かうぞ」

 そう言うと松田はさっと出口の方に振り返り、そのまま阿修羅の本部を後にした。

 二人残された阿修羅の部下は、仕方なく日内の苦しむ姿を見る他なかった。

「俺たち、とんだ貧乏くじを引いちまったな」

 こうして一時間近く部下達は日内の様子をみていたが、苦しむ彼の様子が徐々に変わり始めた。

「おい、見ろよ。日内の顔の腫れが引いてくる」

 日内はみるみる内に顔の腫れが引いて行き、数十分もすれば腫れはすっかり引いていた。

 ぐったりして気を失っている彼を見て、阿修羅の部下である二人は顔を見合わせてこう言った。

「須藤が言っていた事は本当だ」

「ああ、日内を手みやげに、俺たちも須藤家に向かおう」

 こうして二人に引きずられる形で日内は阿修羅の本部を後にし、阿修羅の部下二人は日内を車に乗せて、須藤の家まで車を走らせた。



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