27章-2
松田は稲月と美和、二人が死んだかどうか確かめる為に、部下を確認に出した。そして部下から死んだ確認を受けると、死体がある古い吊り橋へと向かった。
「女の死因は分かったか」
彼がそう尋ねた相手は、現場をよく観察していた部下だった。彼は検察官よりも現場の根拠を探すのが上手く、松田はよく頼りにしていた。
「多分、銃がイカレたことによる発砲ミスですね。証拠に女の手が全部飛んでやがる」
「そうか。資金ぶりに困っている正田組の一派から譲り受けたんだろうな。威力は強いが形式も古い銃だ。あの霧でいよいよ駄目になったんだろうな」
あれだけ濃かった霧は、稲月が死んだ時点ですっかり晴れた。まるで霧が二人の死を誘ったかのようだった。
「けどまさか、七瀬を捕まえるつもりが稲月を捕らえれることになるとはな」
実は松田は早朝、ここに七瀬がいると部下から連絡をうけたのだ。部下は気晴らしにと遠出した山守ダムのドライブで、七瀬がダム底にある家から出て行くのを発見したのだ。
「三島がダムの近くに七瀬が居るだろうと言ってたから、前々からここら辺張ってたけど、影も形も居なかったところに、急に現れたもんだな」
そう思いながら、朝早くこの場所にやって来たのだ。
松田は不思議そうに周りを見渡した。
一方リアの方はというと、少し時間がさかのぼるが、彼女は陽気にしゃべりながら、国際部隊のいる山守キャンプ場へと着いていた。
「それで、彼ったら恥ずかしがって私の目を見てくれないの」
ボーイフレンドののろけ話をしているのだろう、リアはプライベート話に花をさかせていた。
「隊長、だれとしゃべっているのです」
部下の疑問に、リアは嬉しそうに答えた。
「この町の証言者よ。青木美和さんと稲月健吾さん。この二人、もうすぐ結婚されるんですって」
それを聞いた部下は、なんとも言えない面持ちでリアにこう告げた。
「霧で分かりづらいかもしれませんが、あの人影は木です。貴女はずっと人影っぽくなっている木々にしゃべり続けていただけです」
リアは目を丸くした。
「うそ……ほんとだわ大変、二人を見失ったわ!」
リアが大慌てで来た道を振り返ると突然
パパパアアンッ!
という銃声が響いた。
それを聞いたリアと国際部隊は、慌てて銃声の場所へと翔て行った。
そういう経緯があったので、松田が見回していた丁度その時、リア達国際部隊の姿を遠くで確認した。
「国際部隊に見つかるとまずい。づらかるぞ!」
松田達は大慌てで橋を走り、そのまま山守の山を駆け下りていった。
それから少しして、リアと国際部隊たちが、美和と稲月の死体を確認した。
「どうしてこんな事に」
リアは大粒の涙をながし、その場に倒れ込んだ。そこに部下が申し訳なさそうに彼女にそっと近づいた。
「隊長、嘆いているところ申し訳ないのですが、仕事ですので報告します。青木美和は護身用の銃が壊れたのが原因で死亡し、稲月健吾は誰かに銃で撃たれて死んだもようです。たぶんサイレント銃で、それなりに手慣れた者の犯行でしょう」
彼は紳士の国の人間らしく、彼女にハンカチを手渡しながら報告した。それを手に取ったリアは礼をのべると、ゆっくりとその場を立ち上がった。
「ごめんなさいね。仕事中なのに取り乱してしまったわ。それに今回の件は完全に私のミスよ。人命が失われるなんてとんでもない失態だわ」
彼女は自分の失敗に、苦い顔をしていた。だが部下はそうとは思わなかったようだ。
「私は思うのですが、たとえ隊長が二人を見張ったとしても、別の事で二人は死んでたと思います。第一、あの二人はもう手遅れだったのです」
「分かってるわ、そんなこと。それでも、救えなかった事が悔しいの」
彼女の後悔の念に、部下はため息をもらした。
「その情に深いところは貴女の魅力ではありますが、今回ばかりはずっと引きずっていては身が持たないと思います。貴女の任務は『大国にこの国との正式な戦争理由を見つけ出す事』です。それさえ押さえれば」
「私の本当の仕事は『真実を見つけ出すこと』よ。大国とかブルー・エアリス社なんてどうでもいいのよ」
部下はたまげながらも、何か言い返そうとしたその時
ゴゴゴゴッ
と低い地響きが聞こえた気がした。
「今のは……みんな、今すぐ橋から逃げて!」
リアがそう叫んでしばらくすると、また小さな地響きがなり、その瞬間
ゴロゴロ!
と橋周辺に小さな地崩れが発生した。そこは丁度橋を支えていた柱のところで、橋は見る見るうちに崩れ、そのまま谷垣への川に落ちて行った。そして美和と稲月の遺体もそのまま落ちて行き、川の流れの一部となった。
二人の遺体は誰にも発見されずに、そのまま中流へと流れ着いた。
その中流の川沿いに一人、七瀬は高校野球地方大会の決勝へと行くべく、高校のグラウンドに向かって歩いて行っていた。
一瞬彼は、黒い二つの遺体を見た様な気がしたが。それも当然と言わんばかりに、慌てることなくそのまま目的地へと歩いて行った。
朝のまぶしい光とは裏腹に、これから不吉なことが起こるであろうことは、七瀬自身がよく知っていたのだ。