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25章-1

「来たのか」

 そう言ったのは川崎誠だった。

 ここは川崎家のリビング。美雪が父の誠に襲われた場所。妻の加代子が愛人だった美咲と言い争った、悲しい場所でもあった。

「自分で言うのもなんだが上手いだろ」

 誠は、高校時代に描いた一枚の絵を手にしていた。その絵はかつて金賞を取った、美咲が描かれた絵であった。

「これは先日、七瀬君から高校に呼び出されて渡された絵なんだよ。はははっビックリしたよ。娘と同い年の子どもに自分の心を見透かされたようで、不安でギクリとなったもんだ」

 誠は自虐的な笑みを浮かべ『誰か』と話していた。

 外は夕方からだんだん夕闇へと変わってきており、風の音がびゅうびゅうと鋭く鳴ってきていた。

「私は……僕はただ、画家になりたかった。けど無理だった。言い訳かもしれないけど、絵が売れないまま餓死するのが怖かった。昔、父上にものすごく叱られて、丸二日食べ物をくれない上に、暗い納戸に押し込められた。暗い上にひもじい世界。それを思い出して、食べれない事がとても怖く思えてね。だから画家になる夢をあきらめたんだ」

「情けないだろう」

 そう言った誠の顔は、中年ではなく、小学生の低学年の頃の姿に戻っていた。

「そう、僕は幼いまま大人になった。そんな僕に美雪も、加代子も見限って離れていった。そして美咲も……」

 彼は小さくなった背中を『誰か』に向けたまま、頭を垂れた。

「だから美和には、せめて美和には苦労はさせまいと。だからあの男がいることを許した。あいつは僕にはない、苦境を乗り越える強さがある。僕に変わって美和……美咲を守って欲しかった」

 だがびゅうびゅうと強い風をならした『誰か』はその言葉さえも聞き入れなかった。

 リーン

 と遠くで鈴が鳴った。

 冷たく悲しい音が遠くへ響き、その音に乗ってきたかのように強く音の無い風が、誠の体に触れた。

 そして誠の一部を取り去って行くと、また風がびゅうびゅうと強く鳴った。


 そこには遺体となった誠の姿だけが残されていた。


 数十分後。

 リビング前の廊下を歩いていた執事長は、閉じられたリビングの扉にふと、違和感を感じた。

「旦那様?」

 扉を開けた執事長は、ここで初めて誠が死んだ事に気がついた。

「旦那様、だんなさまっ!」

 大きな屋敷に、執事長の声が響いた。

 周りは既に夜にかこまれており、黒い不穏な空気が、びゅうびゅうと、外で吹き荒れていた。

 青い月、吹き付ける山からの冷たい風。季節外れと言えるほど寒々しい、夏の日の夜だった。


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